神は、黄昏を見つめ賜うた 〜個の確立③〜
“個の確立”は④まで続きます!
空に輝く太陽が沈み、茜色の残照だけが、ひっそりと辺りを緋色に浮かび上がらせる。
遠く離れたある土地では、賢者の描いた結界が呆気なく破られ、また別の遠く離れた地では、最強と最凶のぶつかり合いが始まった。
そしてこの静かな森の奥深くでは、一閃の白刃が瞬いた。
ーーーガギンッ……
金属と金属の擦れ合う、背筋が凍るような音が響く。
続いて鈴の音のように美しい声が、蹲る男にかけられた。但しその声音は、心底呆れ果てた様子で。
「何をやっておるのじゃ? ルシファーよ」
蹲る男を見下ろすのは、黄金の髪をたなびかせる少女。
少女は手に持つ、白い三日月を象った巨大な両刃の大鎌の腹で、ラクシュミの鎌を受け止めていた。
神具と呼ばれるラクシュミの鎌をいとも簡単に受け止めるそのありえない現実と、美麗な少女の影に、ラクシュミと精霊王は思わず目を見開く。
そんな二人を気にもとめず、少女は力なく蹲る男、ルシファーを白い目で見降ろし……いや、見下しながら言う。
「もう一度聞く。何をやっておるのじゃ、このボケナスが」
「……エルか……。……すまん、オレはもう……」
ルシファーは消え入りそうな声で、ヴァンパイアのエルに言う。
「……ふん」
ーーー……ジャキンッ、ザクッ!!
次の瞬間、ラクシュミの鎌をエルは跳ね上げ、軌道を返しルシファーの双翼を斬り落とした。
「「!?」」
目の前の光景に、理解が追いつかないラクシュミと精霊王は、ただ驚愕に目を見開く。そしてあまりの衝撃的な出来事に、思わずルシファーは上体を起こし、悲鳴をあげた。
「ーーー……な!? オレのツバサっ……」
「その翼……、常々目障りだと思っておったのじゃ。それが丁度いい具合にさらされておったので、ついな……」
「ついじゃねえよ! こんな時にふざけんな!!」
涙目で食ってかかるルシファーに、エルは王たる風格を漂わせながら、キッパリと言った。
「お前が言うな」
……エルは決して、シヴァ側では無い。
しかし出会い頭にまず、仲間の翼を斬り落とす。そこに罪悪感や悪意は欠片もない。
その潔さ、もはやこの場の中で、一番の“悪”は彼女で間違いなかった。
鎌を弾き上げられたラクシュミが、一歩下がりながらエルを睨む。
「貴方は? ……私達の味方、と言うわけでもなさそうですが?」
「当然じゃ。人間なぞ、妾にとって単なる餌でしかない」
「……ではやはりルシファーの仲間……(……にも見えませんが)?」
エルは呆然と自分を見るルシファーを、チラリと見やると面倒臭そうにため息をついた。
「ルシファーの様な雑魚、仲間などではない。妾と同格の存在などおるわけ無かろう。……まあただ、昔のとある誼での、“友達”とやらになったのだ」
「……何を言ってるの?」
ルシファーの翼を問答無用で切り落とし、まさかの“友達”と言い切るエルに、ラクシュミは困惑した。
対するエルも、何故か首を傾げる。
「さあ? 妾にもよく分からん。妾の仲間が言っとっただけじゃからの。……それによれば、“友”と言うものは、くだらん事で笑い合い、辛い時は助け合うそうじゃ。その絆に利害は無く、“仲間”よりよっぽど下らぬ絆。だが、その相手はアホだろうが聡明だろうが、強かろが弱かろが、そんなモン関係ないんじゃよ」
「って、あなた今ルシファーを攻撃したでしょう!? 何を言ってるの!?」
「……ふ、“闇の挨拶”と言うやつだ。そもそも、常々ルシファーと言う存在がウザいと思っておった」
「お前ほんとに顔合わすたびに羽切り落とすのヤメロよっ!悪い冗談が過ぎるんだよぉぉ!!」
「友達なのにウザいの!? 分からない! 分からないわっ!」
「所詮人の子、理解が遅いの。そもそもこんなウザい、きもい、弱い奴、頼まれたって仲間なぞにするか。ーーーほれ立て、ルシファー。左目も抉り出されたいか?」
「ちょっ、ヤメて!? マジで!!」
とうとう、ルシファーは立ち上がった。
「ふん、妾はついさっきまで寝ておったから、状況がよく分からん。闇のエルフからの通達も要点を得なんだしの。アレ等を滅ぼせばいいのか?」
エルはそう言うと、顎でラクシュミと精霊王を指した。
「はぁー……、エルはホントに相変わらずだなぁ、もぉぉ! ……あーあ、オレの羽……」
ルシファーはひと通りエルに抗議の言葉を吐いた後、とても悲しそうな顔で、切り落とされた翼を大切そうに収納空間に仕舞った。
実はルシファーのこの翼、元々取り外し可能だ。今まで累計5度、エルとその仲間達にこの翼を傷付けられてきた。そしてその度、ルシファーは泣きながら地の底でせっせと補修をしていた。
収納空間の口を閉じるとルシファーはキッと顔を上げ、精霊王とラクシュミを睨んだ。
「概ねそれで良い。本音は殺したくないが、この際しょうがねえ」
「ーーー……そうか。……くく、デスサイズよ。暴れていいぞ、存分にな」
エルがにやりと嗤い、大鎌に話しかけた。
精霊王が拳を握りしめながら叫ぶ。
「……ルシファーの友だと? ならば、その友にお前の醜態を……」
「効かねーよ」
精霊王の言葉の途中、ルシファーが低い声で嗤う。
「何?」
ルシファーの言葉に精霊王は顔をしかめ、エルは目を閉じ頷いた。
「コヤツのアホは重々承知しておる。今更どんな醜態を見ようが驚かんわ」
「それにな、このお方は本物の“闇の覇王”。ーーー悪意なくして、悪意全開! “残酷なる闇のテーゼ”と書いて、“鮮血の女帝エル”と読む。オレ如きの戯言なんか目じゃないくらい、全てが本物、紛う事なき“漆黒なる闇”の存在なのだ!」
それは嬉しそうに言うルシファーを、エルは冷ややかな視線を贈りながらボソリと呟いた。
「……次は微塵切りじゃな」
「!? え、なにを!? なにを!!?」
「さあの?」
エルはルシファーの質問を無視して、ラクシュミに視線を戻した。
「さて、ではやるかの。妾は女の血は好まん。惜しみなく八つ裂きにしてやるわ」
「ーーー……どんな魔物が来ようと、その首、刈り取ってみせますわ」
「草刈り鎌でか? おかしなことを言うの、人間は」
エルはおかしそうに咲いながら、自身の大鎌を掲げる。
「妾の武器こそ魂すら刈り取る、断罪の断頭台“死神の鎌”よ。貴様らなぞ瞬きの間すらなく、滅ぼしてくれるわ」
ルシファーが嬉しそうに同意した。
「見たか! これこそが真の闇! 頑張らなくても、考えなくても、存在そのものがこのクオリティ!」
「……。ルシファーよ、あ奴らの次は貴様を滅ぼしてくれる」
「!? なんで!?」
「ウザいのじゃ。消えよ」
「……ちょ、ちょっと精霊王様、オレもそっちに行っていいですか!?」
「ならば真っ先に消す」
「じ、ジョークに決まってんだろ! マジで鎌を向けるなっ!」
ブラックジョークで戯れる魔物達に、ラクシュミは唇を噛んだ。
「ーーー……しかし、ヴァンパイアの始祖相手ではたしかに分が悪い。精霊王様、ガンガーに救援を!」
「いいだろう」
精霊王がそう言って静かに目を閉じた時、二人の頭上から眠そうな声がかかった。
「もう居るけど」
そこには太い木の枝に、だらりとしなだれかかる少女ガンガーがいた。
ラクシュミが目を丸くして叫ぶ。
「ガンガー!?」
「……ラクちゃん、もう限界。布団を敷いて。後、揚げ芋とジュースも」
「自分でなさい……と、言いたい所ですが、あの魔物達を倒したら布団でも何でも敷いてあげますよ」
「えー……もう、動けないのに……」
ガンガーは面倒臭げにため息を吐くと、静かに言った。
「奔流の神ガンジス。全部、全部押し流して」
低い地鳴りが聴こえた。
直後、その場に立つ者達は、封印を施された傍観者を除いた、最強の力を持つネ申の力を目の当たりにしたのだった。
ヴァンパイアの始祖エルちゃんは、別の話で書きかけの“Crescent Of Twilight”の主人公です。
今執筆休止中ですが、そのうちまた書きますので(汗)(`;ω;´)




