神は、黄昏を見つめ賜うた 〜個の確立②〜
眉を寄せながら上を向く少女に、シヴァは困った様に笑いながら、優しい口調で言う。
「すまない、カーリー。退屈だったな」
そしてシヴァがその頭を優しく撫でると、カーリーは目を閉じて嬉しそうに笑った。
以前とんでもない力でクリスと戦っていた少女が、まるで子猫のようにシヴァに撫でられている姿を見て、ジャンヌは尋ねた。
「その子は?」
「この子はカーリー。お前の108代後の子孫だよ」
「……私の……、どんな教育をしたらあんな凶暴になるんだ?」
自分の子孫と言われて、若干ショックを受けるジャンヌ。
「……俺は放任主義だ。教育などしていない。俺はありのままのこの子を認めている」
「ねえ、シヴァお兄。飽きたよ。皆もう行っちゃったよ。私達も早く行こうよ!」
カーリーの言葉に、ジャンヌが眉間を寄せる。
「“行く”とは?」
「ああ、開戦から20日経過した。そろそろ続く戦闘で、両陣営共に消耗して来ただろうから、後援に一族の者達を向かわせたんだ。……そして俺達も聖域に向かう所だった」
さらりと言うシヴァに、クリスとジャンヌは身構えた。
「行かせませんよ」
「……頼む。お前達とは戦いたくないんだ。家族だろう?」
懇願するジャンヌに、シヴァは苦笑を返す。
「ならば、尚の事戦わなくてはならないな。カーリーは家族を殺したがる。愛する者を殺したがるんだ」
シヴァの答えに、ジャンヌの表情が固まった。
「……は?」
「個性的な子だろ? ーーー……そして、俺はどんな個性も否定はしない」
驚愕するジャンヌに、シヴァはキッパリとそう告げる。
ジャンヌは暫し唖然と二人を見つめた後、震える程に激しくシヴァを睨んだ。
「ーーー……シヴァ、貴方は自分が何を言ってるか分かってるのか?」
「ああ、俺はゼロスの様に教えは説かない。“個”のありのままを受け入れるんだ」
ジャンヌはその言葉に、オーラすら立ち昇るほどの怒気を込めてシヴァを睨み、低く言った。
「なる程な。私は貴方が狂ってなどいないと、今の今まで信じていた。……だが、残念ながら彼らの言っていたように、お前は狂ってるようだ。……とはいえ、彼らの言うような、そんな大それた部分が狂ってるわけでもない」
「……何を言ってる?」
そのあまりの怒りを受け、眉をひそめるシヴァに、ジャンヌはキッパリと言った。
「何を言ってるとは、こちらが聞きたい。何が神のようにだ? 自身の教典でも作るつもりか? 馬鹿馬鹿しいにもほどがある! いいか、シヴァ! 世の中で、お前の行いをなんと言うか? そんな物っ“育児放棄”以外の何物でもない!」
「!!?」
……それは、“流石七人の子供を育て上げた母の意見”としか、言い表せない怒りだった。
「子が勘違いをしていれば、正してやるのは親の務め。危険が及ばぬ様ルールを定めてやる。社会の秩序を守れるよう、先人の意志や知識を教えてやるのは神云々の前に、“親の義務”だろうがぁ!」
母の怒りは恐ろしい。
ジャンヌは興奮のあまり過呼吸になりそうになりつつも、大きく息を吐いて呼吸を整えると、言葉を続けた。
「……それに、思い出してもみろ。かつてゼロス様と旅をした時、私達はゼロス様からなにか教えを説かれたか? 私達の行動をなにか禁止したか? いいや、なに1つ止められなかった! ただ私達を静かに眺められていただけだった。唯一手を出された一件とて、私を辱めようとした国からの使者に対して、ちょっとした嫌がらせをなされた程度だ。これこそが護られた秩序の中で、お前の言う“個”を尊重されていたことでは無いのか? 多少の過ちも赦し、自由に生きよと静かに見守られていた事こそ、“個”の尊重なのだ」
……そんなに深くは無いかもしれない。
ともかく、母の怒りに触れ、シヴァはたじろぎつつ言った。
「……ゼ、ゼロスの、肩入れをするということか! やはり……」
シヴァの必死の弁論にも、お母さんは聞く耳を持ってくれない。
「肩入れではない。ただ父としての務めも果たせていない貴方が、神のマネ事など冗談も休み休みにしろと言いたいだけだ! いいか? その子が私の子孫と言うなら、一言言わせてもらうぞ! 話はそれからだっ! まず、二人共そこに直れっ!」
「あわわっ……」
祖母からしごき上げられていたクリスは、ジャンヌの様子に思わず震え上がった。
そして、危うく母ちゃんの空気に呑み込まれかけたシヴァが、大きく深呼吸をしてから言った。
「……ふん、ガミガミと喧しい所は相変わらずだな。それにいつも言っていただろう。子供はのびのびと育てろと」
「ええ、そこだけはいつも対立していましたね。子供の為には厳しさも必要なのです。今だから言うが、長期休暇に連れ出してやる程度で、いい父親ぶって教育方針に口出しをしないで欲しかった!」
「なっ、俺にはそのくらいしか時間が無かっただろう!?」
「“ぶる”のが問題です。そんな事“当たり前”なのですから!」
もはや完全に、ただの真面目な夫婦の会話だ。
シヴァは聞く耳を持とうとしないジャンヌの剣幕に、肩を落とすと大きなため息を吐いた。
そして、再び顔を上げると、おかしそうに満面の笑みを浮かべながら、ジャンヌに言った。
「ーーー……もう良い。知っているか? ヴィジヌ。世界の歴史において、真など不要だ。いつの世も、勝った方が“正義”で“真実”となるんだ」
「またそのように、話を大きくする……。確かに貴方はシヴァとなり、狂った……。もう一度、自分を思い出すがいい! シヴァよ!!」
「カーリー! 難しい話は終わりだ。あいつ等をぶちのめせ! エルフは殺していいが、ヴィジヌの核は砕くなよ!」
「はぁーーいっ!」
「クリスっ! 頼む、あいつ等を殴りたい! いや、殴らなければならない! あいつ等に一発くれてやる為の力を、どうか貸してくれ!」
「分かりました!! 私は殴れませんが、守りは任せてくださいっ!」
ーーー……こうしてここに、創世史上類を見ない程に激しく凄惨な“夫婦喧嘩”が勃発したのだった。
◆◆
ーーーその頃聖域付近での抗争の、最後尾辺りの上空で、炎の翼を拡げたガルダが、遠く聖域との境目を見つめながら精霊に尋ねた。
「ガネシャとカーマの遊撃隊は?」
『予定のポイントについたよ。結界が壊れれば、すぐに内部に入れる』
精霊の囁きに、ガルダの口角が吊り上がる。
「そうか。ーーー……じゃ、先ずは火の神、火力を上げて高度を上げてくれ」
ガルダの要望に合わせ、途端に背中から揺らめき立つ炎の翼が燃え上がった。
ガルダは一族の中で、最も多くのネ申から愛された者だった。
“鍛冶”という技を極める為、それに関するありとあらゆる研究に没頭した。ーーー全ては、敬愛する女神ブリキッドの為。しかし、その一線を画する凄まじい執念のせいで、それに関わり深いネ申々の愛すら、その手に収めてしまったのだった。
ガルダは慣れた様子で、次々とネ申々に呼びかけていく。
「鉱石の女神ストリオよ。大地を均し、その懐に砲身を受け止めろ」
アメジストの結晶で出来た長い紫の髪を持つ、表情の固い女神が現れた。……なぜ表情が固いのか? それは当然、石だからだろう。
「キッド、渾身の力を今こそ込めてくれ」
「任せて、ガルダ。ーーー電磁放射砲7万基生成」
空間が歪み、メカメカしい砲台が溢れ出し、次々とストリオによって成形された石の砲台に、設置されていく。
「狩猟の女神、照準を合わせろ」
金の髪の凛々しい女神が、聖域をすっと指さした。途端、ただの鉄塊である砲身が、まるで生きているかのように、各々が自ら一点を指した。
◆
ラムガルが、勇者との打ち合いの中で、ふいに凄まじいマナの動きを感じ顔を上げた。
途端、勇者からの猛烈な打ち込みを喰らう。
「っ」
辛うじてそれらを躱しながら、ラムガルはそのマナの動きの正体を探った。
ーーーそこに見えたのは、地平線を埋め尽くす程に、ずらりと並んだ巨大な重機。
それがなにか? という疑問の答えを出す前に、ラムガルはその重機を破壊しようと魔法を放った。
ーーーあれはきっと、良くないものだ。
見た事はないが、かつてトラベラーが作り出した、“武器”に似ている。
だがラムガルの放った魔法は、数万並ぶ重機の一基すら壊せない内に、大地から突如として伸びでた“赤い壁”によって弾き消された。
◆
「あはっ、そんな距離から、届かないよ。ーーーグレイプニルの壁!」
ブリキッドが、魔王の攻撃を弾き返しながら笑う。
ガルダも一緒になって笑った。
それはガルダとブリキッドが共に協力し合い、完成させた技術の集大成なのだ。
それを解放するこの時に、胸踊らないはずが無い。
「あはははははは! さぁ、お待ちかねっ! レールガン、いっくよーーーっっ!」
重機が発砲のための起動音を上げ始める。
聖域との距離、約200キロ。ラムガルが勇者を振り切って届く距離では無かった。
ラムガルの顔に、焦りが浮かぶ。
「馬鹿なっ! いかんっ、者共! ブリキッドに、あれを撃たせるな!!」
聞こえるはずの無いその言葉に、ブリキッドは楽しげに答えた。
「もう遅いよ、ラムガル様。あははっ! いっけぇーーーーー!!」
ーーーイィィィィィィィィ……ドッ!!!
◆
バーーーーンと言う大きな音と共に結界が破れ、風の化身リリマリスがフワリと舞い上がると、黄金の翼を俺の前で羽ばたかせた。
衝撃風がリリマリスの羽ばたきで相殺され、優しい風だけが俺の葉をサワリと揺らせる。
俺の枝に座るゼロスは、そちらにチラリと目を向けたあと、何も言わず、静かに目を閉じた。
その姿はまるで、なにかに黙祷を捧げてでもいるようだった。
ここでやっと、ドワーフを創った時の伏線回収です!




