番外編 〜聖女と勇者の小さな恋の物語⑤〜
《イム視点》
やばい。詰んだ。
これは死んだ。
私はそう結論付けた。
あぁ。諦めたらだんだん落ち着いてきた。
なんかあの首振りダンス、見てたらムカついてきたなぁ。
こっちは泣きそうなほどビビってんのに、なんか今にも『Hey!』とか『Hoo!』とか『Yo!』とか『チェケラッチョ!』とか叫び出しそうなんだもん。
これに食べられるのは、なんか嫌だなぁ。
伝説によると【魔物】は【邪神】と【魔王】が創ったと伝えられてる。
邪神は何でこんなの創ったの?
煽りたかったの? マジで腹立つンだけど。
―――ドンッ!!
いてぇ!
足がすくんでどうせ動けないし、出来る事も無いと諦めていたら、突然アデルに突き飛ばされた。
何も突き飛ばすこと無いだろうに……。
「将軍様! ここは俺が引き受けます! どうか聖女様を安全な所へ!」
あ。違った。
突き飛ばされたのではなく、腰の抜けた私を将軍に少し乱暴に引き渡したのか。
あー……臭い嗅いでおけば良かった。将軍なんてもう加齢臭しかしないのに。
内心諦めた私を他所に、二人は至って大真面目だ。
何とか助かる道を……否、私を助ける道を切り開こうとしている。
「分かった! お前、名は?」
「皮職人ソドニスの息子、アデル」
「うむ。勇敢な息子を持って、父君も誇りに思うだろう」
アデルは【キラー・ビート】から視線を逸らさず、ただ口元だけで笑いそれを返事とした。
……って、ちょっと待って。アデルも将軍も何当たり前みたいに、私を助けてアデルが死ぬみたいな言い方してんの?
「アデル! あなたも早く逃げて!」
私が叫んだと同時に【キラー・ビート】の鎌首が唸りを上げてアデルに迫った。
「――――――アッ……」
あでる。
それを言葉に出来ない程の速さだった。
その光景に、私の目の時間が止まる。
アデルっ
――――――ガンッッ!
だけど私の幻視した、最悪の現実は起こらなかった。
アデルは手に構えた剣を、バッティングよろしくフルスイングして【キラー・ビート】の嘴を頭部ごと弾き上げたのだ。
……剣ってそういう使い方する物なの?
「早く!!」
再びアデルが叫ぶ。
将軍が私を抱え、梯子を落下する勢いで降り始める。
ちょっと待ってアデルが。
私があっと思ったその直後だ、凄まじい音を立てて櫓が崩れ始めた。
足場が砕け、私は将軍の腕からすり抜け、空を舞う。
【キラー・ビート】が飛び上がったのだ。
体は動かずどうする事もできないけど、目に映る光景だけは、とてもゆっくりと動いていた。
支えを無くした私の体は、くるくると回転しながら、地面に引き寄せられていく。
【キラー・ビート】に屋根を蹴られ、勢いづいて落下していく櫓の舞台が、私のすぐ横を通り抜けて行く。
私は必死に、そこにアデルの姿を探した。
だけど私がアデルを見つけるより早く、アデルは私を見つけていた。
「―――アデル」
アデルは落下する舞台を走り抜け、空中を崩れ落ちる骨組みの木材を足場に、私の元に駆けてくる。
すげーな。何もんだよあんた。
私は自分が落下する現実より、現実離れしたその軽業に思わず見惚れた。
そして、とうとうアデルが私の腕を掴んだ。
アデルは頭を寄せ、私の耳元でそっと囁く。
「カンナ、やっとお前を守れた」
――――――え?
ちょ、意味がわからな……今私の事、名前で呼んだ!?
私は混乱してアデルをじっと見つめた。
だけどその混乱が収まり切る前に、私は物凄い勢いで、今度こそアデルに投げ飛ばされた。
「ガッっ!!!」
投げ飛ばされた先は地上から四メートル程の、まだ崩れず残っていた梯子の踊り場。
腹と肘を強打し、私は思わず呻いた。
だけど、そのまま蹲っているつもりは無い。
恐怖と痛みで手放したくなる意識を気力でつなぎ留め、必死に身を起こす。
「アデル!!」
私はアデルを探した。
アデルは櫓の柱を掴む事が出来なかったようで、まだ空中にいた。
こちらに向かって微笑んでいる。
まるで今にも手でも振ってくれそうな程、穏やかな表情だ。
私はホッとした。
――――――パキャッ……
その小さな音は、櫓が崩れ落ちる轟音の中で嫌に響いた。
そして、何が起こったのかを頭が理解する前に、私の背筋は凍りつく。
地上に着いて、大の字で寝ているような格好のアデルの頭部から、じわりと赤い液体が大地に滲み出す。
―――嘘だ。
シミ広がる液体は、どんどん流れ出し、止まらない。
―――嘘だ、うそだ、ウソだ、ウソダ……
私の全身の血の気が引き、取り返しのつかない事が起こってしまったと、頭の中でガンガン警告音が鳴り響く。
全身にこれっぽっちも力は入らないけど、引き寄せられるように私はその場から飛び降り、アデルの方に這っていった。
「アデル……嘘でしょう?」
頭から血が滲み出している以外外傷はない。
目はうっすらと開き、口元は優しげに微笑んでいる。
私はマナをアデルに込める。
まるで入っていかない。
血は流れ続けている。
ウソだ。嫌だ。
最後のあの言葉、何だったの??
わからないよ。
おしえてよ!
―――おねがいよ……あでる。
私の目から、涙が溢れた。
もう何年泣いてなかっただろう?
聖女になった頃は泣きっぱなしだった。
今となっては誰が死のうと、どんな悲劇が起ころうと、心動かされる事は無かった。
なのに、なんで……
まぶたの裏に浮かぶのは、幼いアディーの優しい笑顔。
そして目に映るのは優しい微笑みを湛え、温もりさえまだ残したままの抜け殻。
私の涙がアデルの頬に落ちた。
一粒。二粒。
とめどなく。
突然、そのひと粒が不思議な輝きを放ち始めた。
とても優しい、白い光。
その不思議な涙はアデルの上で雫として弾けることなく、吸い込まれていった。
ふと、黒い影が私達の背後から伸びた。
私は振り返る。
そこには巨大な黒い怪鳥が、私達を見下ろしながら長い首を愉し気に動かしていた。
私はまたアデルの亡骸に視線を落とすと、それを優しく腕の中に抱きしめ、そっと目を閉じた。
一緒にいるよ。
大好きな、アデル。




