神は、黄昏を見つめ賜うた 〜心の闇〜
ーーーどんなに敬虔に生きようと、その歴史の中には必ず闇が生まれる。
その闇を認め、生きる者。
その闇を隠し、生きる者。
その闇を抱え、誰しもがその闇と共に生きなくてはならないのだ。
必ず、歩まなくてはならないのだ。
しかしその闇をさらけ出した時、正面から向き合える者の、なんと少ない事か。
それも、お前達の一部だと言うのにーーー
ルドルフが頭を振り、嗤った。
「は、ダセェな」
「な……んだと?」
「いい事教えてやら、フラッフ。ーーー漢ってやつはな、見てくれなんざ関係ねえんだよ。自分の心がしっかりしてりゃ、そんな無様に地を這う事もねぇんだよ」
嗤うルドルフに、フラッフはよろめきながら首を起こし、吐き捨てた。
「レイス様の“お気に入り”が言ったって、締まらないんだよっ! 俺達には隠してるようだが、どうせ何かの“特別な力”でも貰っているんだろう! その力を使って勝ったところで……」
「ーーー……もらってるぜ」
「フン、ほらなっ……」
ルドルフの低い声に、フラッフはルドルフを嘲笑った。
だが、次に返ってきたその言葉に、フラッフは固まった。
「ーーー……お前は、ミジンコと話せて嬉しいか?」
「……は?」
……そう。ルドルフがレイスに貰った特別な力とは、“どんな生き物とも対話が出来る”と言う、戦闘能力には欠片も関係ない力だった。
ーーー聖獣外れにされるのなら、㈱サンタクロースの社員候補“森の仲間達”と、友達になれば良い、とでもレイスは考えたのかも知れない。
とは言え、この性格のルドルフが、ウサギさんやリスさん、小鳥さん達と戯れている所はいまいち想像ができない。……いや、待って。もしかしてあれかな? 喧嘩帰りの不良が、帰り道に捨て猫を見つけて、優しい微笑みを浮かべながら、文句を言いつつ連れ帰ると言う、……おっと、少し思考がそれてしまった。
ルドルフは自嘲気味に、フラッフに言う。
「俺がもらった能力は、この世のありとあらゆる“生き物”と話せる能力だ。だが一定の知能がある奴とは、んなもん使わなくても話せるし、役に立つのは知能の低い魔物や虫、動物、ミジンコ共だけだ。……要るか?」
ルドルフの言葉に、フラッフは困惑の顔を浮かべた。
「は? 要らねえよ。なんだよ、それ」
「そうだよな。レイス様は孤独な俺に“友ができればいい”なんて気軽な気持ちでこの力を与えてくださったんだろう。だが、この力はそんな、生易しいもんじゃねえ」
「ーーー……」
「1歩足を踏み出せば、足元から幾千の断末魔が聞こえる。息ひとつすれば、同じく歓声と恨みの呪詛が聞こえる。何度この力を返上しようとノイローゼになったか知れない」
OH……。
「……」
「だがこれは、俺の弱さのせいで賜った力だ。恨むなら、自分の弱さを恨むべきだった。それに、このおかげでダチになれたやつも居なくはねえ……。ま、そこで思ったわけだ。自分がもってる嫌いなもんも、好きなもんも、“俺にとって不要なもんはねえ”ってな」
潔くそう言って笑うルドルフの姿に、フラッフの目が見開かれた。
「お前は昔の俺と似てる。かつて俺もこの体の色を呪い、だがそのせいでレイス様と共に在れた。そしてこの力のせいで苦しみ、この力のおかげで唯一無二のダチを得た。この世界は上手くできてんだ。俺はもう二度とどんな不幸も苦境も恐れない。たとえレイス様が俺の前から去ったとしても、俺は俺を貫くぜ」
ルドルフはそう言って不敵に笑った。
ーーー俺は感慨深く思う。
変わり移ろいゆくこの世界の中で、彼の心は変わらなかった。
真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐ。そしていつの間にかその心は、レイスの支えなくしても、倒れないほどに太く頑丈になっていたんだ。
フラッフはゆっくりと静かに立ち上がり、無言でルドルフを見つめた。
そしてその視線から逃げるようにうつむくと、吐き捨てるように言った。
「ーーー……カッコイイじゃねえかよ、バカのくせに……」
ルドルフがフっと笑ったとき、二人に少女の声がかけられた。
少し低く、独特の起伏のない音程。
「“ーーー……何をしている? フラッフ”」
ルドルフの目が、見開かれ、声の主を見た。
琵琶のような楽器を抱えた10歳くらいの少女。
少女は白い絹のマントを頭までかぶり、顔には仮面をつけているため、髪の色や顔は見えない。
だけどその声には、聞き覚えがあった。
いや、間違える筈がない。
「ーーー……レイス……様?」
ルドルフは、身体を震わせながら言った。
少女はルドルフを仮面越しに見つめ、レイスの声で言った。
「“……ゼロスに棄てられた聖獣、ルドルフか”」
「っ」
ーーー頭では、分かっていた。
これは、“レイス様”では無い。
だけどレイスの声は、ルドルフの心を波立たせる。
レイスの声で、自分が創造主より見切られた存在だと突き付けてくる。
「“なる程。まるで魔物のような姿。捨てられる理由が伺い知れる。フラッフ、回復してあげるから頑張れ。ルドルフを潰せ”」
「はい、サラスヴァティ様」
レイスの声の声援を受け、フラッフの目に再び闘志が宿る。
変わって、ルドルフは一歩後ずさった。その言葉から逃れるように。
「“ルドルフ、お前はもういらない。ーーー消えろ”」
◇
黒いドレスを纏った精霊が、クスリと妖艶に嗤う。
その前には、ルシファーが膝を突きうずくまっていた。
全身を震わせ、消え入りそうな声で必死に懇願をしている。
「……もう、……やめろ……。やめてくれ、頼む……オレが、悪かった……、頼む……やめ……」
完全に心をおられたルシファーは、震えながら地をにらみ、小さく呻く。
精霊王は勝ち誇ったように嘲笑い、ルシファーを見下ろした。
「ーーー……いいザマだ。どうだ? 私の気持ち、少しは分かったか?」
ルシファーは力なく頷く。
「ーーー……」
「クッ……ハッハッハッハァーーー!! 素直でいいぞ! ヴォイス、次は2685章“歌姫からの福音”だ」
「はい」
「や……、ッヤメロォォォォォォォォーーーーーー!!!!」
ーーー精霊は、ルシファーの闇に囁きかける。葬り去った筈の、過去の記憶を。
『ーーー……く、オレの左目が疼きやがる……』
『……幻肢痛。その痛みこそ、聖域からの英雄の魂の呼び声』
(ゼロス様から聖者の回収のお知らせですか?)
『否、黒き女神から創世記への導き。失われた浄化。帳の彼方に浮かぶは新星、……星屑へのゲートの果て。刹那の瞬きが南十字星への運命へと繋ぐ』
(いや、レイス様から。聖者は関係ないな。新しい魔物を創ったから、見せてくれるらしい。ゲートを開けるから暇だったら、すぐ来いって)
『闇の空に響く鼓動の残響……。それは阿鼻叫喚の響く蝕の中での狂宴』
(新しい魔物……。レイス様の自信作と言うのであれば、危険でしてよ)
『それでもオレは往く。闇がオレを呼ぶのだ。地獄の回顧録。蒼穹に輝く昴も獄炎からの聖転化。回顧録はやがて叙事詩へと移り行くだろう。……ならばオレは歓喜の内にそれを見届けよう。ーーーそれが福音の中で果てる、生贄!』
(まあ大丈夫だよ。それに伝説の始まりを目撃出来るかもしんねーんだ。何が何でも行っとかなきゃ損だしな)
『……流石は傲慢の王の名を冠する者。その運命に歌姫より、福音が奏でるられることでしょう』
(ホントにルシファー様は……。まあ、気をつけて)
『ありがとう、オレのディーヴァヴォイス……、否虚無の歌姫よ……』
(サンキュー、行ってくる)
◆
「ーーー……っ」
まるで懺悔でもしているかの様に、地に伏すルシファー。
精霊王はその姿を、愉快そうに見下ろし闇を抉る。
「そう言えば、悪魔長達の“クリフォト”や、亡者達の呼び名“七つの大罪”、“ゲヘナ”なんかも、お前が名付けたんだったな」
「っ」
最早虫の息であるルシファーに、精霊王はとどめをさした。
「“鎮魂祭”でリーナにも教えてやろう」
無慈悲なる精霊の言葉に、……とうとうルシファーは破滅を願った。
「ーーー……ホントに、やめてくれ……、もう、……もう……マジで死にたい……。……消えてしまいたい……」
精霊王は残酷に微笑みながら言う。
「良いだろう。だが、例え死して魂だけの存在になった所で、私は忘れ無い。いつだって私のかわいいヴォイスが、お前の闇をえぐり続ける!」
「ーーー……もう、二度と言いません。調子に乗って、本当にスミマセンでした……」
精霊王は勝ち誇った笑みを浮かべた。
ーーー全ては、計画通りだった。
精霊王がヴォイスを作ったその時から、全ての計画は始まっていたのだ。
ヴォイスをルシファーの好きそうな“ゴスロリ系”にしたのも、手伝いの名目で、ヴォイスを地獄へ潜り込ませた事も、全ては今この時の為。
そしてとうとう、精霊王は、一万二千年の時を経てルシファーから“声”を奪うことに成功したのだった。
ーーーその時、精霊王の後ろからスッと一人の女性が進み出てきた。
「精霊王様、望みは果たされまして?」
精霊王は振り返らず、その女性に声をかけた。
「シヴァの一族のラクシュミか。今、決着したところだ」
「ではその首、刈らせて頂いてもよろしいですわね?」
「勿論だ。聖者達もさぞや喜ぶだろう」
ラクシュミは微笑み、手に持った鎌を高々と掲げた。
ルシファーは蹲ったまま動かない。……いや、破滅を望む彼に、動く理由など無かった。
「ーーー……逝ってらっしゃいませ」
ーーーフォンッ……
鎌は寸分狂わず、晒されたルシファーの後ろ首に振り下ろされた。
賢者は語る。
「ーーー……始めから言っていたはずだ。アレはバカ以外の何者でもない」
誤字報告の神が降臨されました! 本当に、ありがとうございます!!(>ω<)
最近めっきり寒くなったせいで、更新が遅くなりました。布団に入ると、布団が気持ちよすぎて執筆する間もなく寝てました(ノ∀`)アチャー
これがいわゆる“ウィンターマジック”と言うやつですね。




