神は、再び沈黙を守り賜うた 〜因縁の果てに①〜
VS魔王、開幕です!
ペガサスを駆る勇者が雄叫びを上げた。
「怯むなよっ! 深く、深く突き進めぇーー!!」
「グルァーーーーーーー!!!!」
「ブモォーーーーーーッッ」
そんな勇者の声は、すぐさま魔物達の声に掻き消される。
だが勇者を先頭とし、矢の如く陣形を組んだ人間達の軍は、魔物でできた肉壁に深く、深く突き刺さった。
ーーーガンッ ドンッ!!! ガガガゴッッ
更に空からも、魔物達の群れに向け、凄まじい攻撃が降り注ぐが、そちらは地上には届かない。
上空20メートルの位置に、聖域の外側の外周250Kmに渡り、結界魔法で作られた超硬度の軒が伸びているのだ。
聖域の周囲を囲う結界よりかは質は劣るものの、SS級の魔物達ですらおいそれと、壊せない程度の強靭さがある。
ーーーそう、天使対策の為だった。
透き通った光で出来た軒の上では、数多のドラゴン達が飛び交い、結界の屋根を破ろうと取り付く幾万の天使を喰らっている。
ひときわ大きな赤龍が吼えた。
『誇り高き竜達よ、我ら竜族の力、今こそ解き放てっ! 天使長とて容赦は要らぬっ、喰らい尽くせぇーーーー!!』
それを合図に、一斉に他のドラゴン達が咆哮を上げ応える。
ーーー天空でドラゴンが舞い泳ぐ中、地上では魔物の壁に刺さった鋭い矢を、受け止める者がいた。
ーーーギィーー……ンッ!!
虹色の聖なるオーラを立ち昇らせる、白い矢の切っ先を受け止めたのは、赤黒いオーラを立ち昇らせる異形の剣。
勇者と魔王が伝説の剣を交えていた。
剣を突き合わせる勇者と魔王が、まるで鏡のように同じ動きで同時に叫ぶ。
「「魔王(勇者)は、僕(余)が引き受けた! お前達は、雑魚を殲滅しろっ!!!」」
突出の勢いが弱まった隙に、魔物達は一斉に人間に襲い掛かった。
人間達もそれを見越していたようで、小さく分かれて少数の隊陣を組む。そして、誰かが口裏を合わせたわけでもなく、勇者と魔王の周りには、自然と大きな円の空間ができた。
ーーーみんな分かっているのだ。この二人の力と、そして“因縁”には誰も触れられないと。
ーーーギギィィーーンッッ、ーーーガンッ!!
金属を力任せにこすりつけ合う不況和音を奏でながら、白と黒の剣は再びぶつかった。
どちらも譲らぬせめぎ合いの中、勇者は笑った。この場に似つかわしくない、その嬉しそうな笑顔に、魔王の顔が不機嫌に歪む。
「……何が可笑しい?」
低く唸るようにそう言った魔王は、次の瞬間、勇者の口から出た言葉に思わず目を見開いた。
「ーーー……強く、なったでしょう? ガルム兄さん」
「ーーーっ!?」
ーーー……ガギンッッ!!
一瞬の動揺の隙を突かれ、ラムガルは魔剣を弾き上げられた。
そしてその勢いに重心を乗せ、勇者と距離を取る。
難なく着地したその場で、ラムガルは目を大きく見開きながら呟いた。
「……馬鹿な……。ーーー……アーサー、……なのか?」
アーサーは少し照れたように頭を掻くが、不気味なまでに隙は生まれない。
「覚えててくれたんだね」
阿鼻叫喚の響き渡る戦場に置いて、全く似つかわしくない親しげな笑顔を浮かべながら、アーサーは言った。
ラムガルは明らかに動揺を浮かべながら、魔剣を構え直す。
「……どういう事だ? なぜその記憶がある?」
「ーーーああ。友のシヴァにね、僕の中に眠る記憶を取り出してもらったんだ。そして神々の祝福も与えられ、ある程度の本来の力も出せるようになったんだよ」
「っ馬鹿な……、祝福ならばまだしも、記憶を呼び覚ませるなど……っ」
勇者の記憶のロックは、ゼロスが設定したものだった。それを外したと言い張る勇者に、ラムガルは驚愕に身を震わせる。
アーサーはからかうような口調で、その言葉を引き継いだ。
「ーーー出来たんだよ。彼は“神”だから。ガルム兄さんが剣を置いてくれるなら、ゆっくり事情も話せる。またシナモンバターのアーモンドガレットでも焼いてよ。あれ、好きなんだ」
「……、……っ……まさか本当に?」
瞬間ラムガルの脳裏に、かつての眩しい程に輝いた記憶が蘇る。
共に過ごした学園で、肩を叩きながら笑い合った記憶。そして、最後の瞬間まで、自分を倒したくないと泣き叫んでいたアーサー。……その気持ちが、ただ嬉しかった。
ーーーだが、その時耳元から上がった声に、その幻影は砕かれ現実へと引き戻された。
「騙されちゃだめだよ、魔王!」
それはラムガルの肩にしがみつく、ポヨポヨマスター。
「シヴァにそんな事が出来る筈ない。……おそらく古い文献を紐解いた情報を、勇者に言わせてるだけだ。もし仮に出来たとしても、それはシヴァにとって都合のいい部分だけが抽出された記憶。あの勇者は“アーサー王”じゃないっ!」
そう断言するポヨポヨマスターに、ラムガルは頷き、アーサーは苦笑をこぼした。
「……その通りだっ」
「えー、酷いなあ……。これは正真正銘、僕の記憶なのに……ーーーあ、ねえ。そのスカーフ、もしかして僕があげたヤツじゃないの?」
「……」
そう言って、ラムガルの首に巻かれた黒いスカーフを指差すアーサーから、ラムガルは少し気恥ずかしそうに視線を反らせた。
その様子にポヨポヨマスターは、三白眼を向けながら静かに感想を述べる。
「……そうなの? めちゃくちゃ物持ちイイね」
「……手入れの仕方だ」
「……」
ーーーラムガルはいつの間にか、“主夫”として、一種のチートを手に入れていたようだ。
ポヨポヨマスターはもはやそれに深くは追及せず、ただ頷いた。
「……。……そう」
「そうだ」
……そう。それは、かつて賢者と呼ばれ、世に存在する文献すべてを読み尽くした男の知り得ない情報。噂好きの精霊達ですら、気にも留め無かった記憶。ーーーそして、ふたりにとっては忘れ得ぬ、決別の瞬間の記憶。
この勇者の記憶情報の出処を、二人はそれ以上追及する事を止めた。
ありえない結論を、出してしまわないように。
アーサーは真っ直ぐな視線で、ラムガルを射抜く。
「ガルム兄さん。僕はずっと貴方を追いかけていた。ずっと、その隣に並び立ちたかった。でもそれは、決して“勇者”と“魔王”なんかじゃない。その為の道を、僕は探し続けた。そのために僕は自分を殺し、神に定められた摂理を曲げようと、足掻いて、足掻いてっ」
アーサーが、その苦難の道程を思い出しながら強く、固く柄を握り剣を構える。ラムガルは、静かに言い放った。
「そんな事は、どうでもいい」
「……」
「お前が何を思おうが望もうが、全ては世界があってこそ。神に楯突いたその先に、救い等無いわ。 ーーーかつて“共存”などと言う絵空事をほざいて居た時は、無害と捨て置いた。……だがこれは、最早見過ごせぬ程に愚かな世迷事だ!」
ラムガルの怒鳴り声に、アーサーの瞳に燃える闘志の光が灯る。
「ーーー……ああそうだね。“共存”なんていう生温い方法では、この運命は変わらないと、僕は思い知った。だからこの因縁を断ち切る為、僕は魔物という魔物を殲滅させ、神が貴方を繋ぎ止める因縁の鎖を断ち切る事を選んだっ! ……僕は、……僕は、強くなった! 今こそ、貴方を悲しい連鎖の鎖から解放させる!!」
アーサーが踏み込み、刹那に剣が交わる。
だが白い光を受け止めるラムガルの目に、もう迷いは無かった。
「ふん、余計な事だ。……なぜ、貴様が“アーサー”の振りしているのかは知らん。だが、本当に魂の記憶を全て思い出したなら、その様な事魂が裂けても言わぬであろうな。ーーー良いだろう、勇者よ。その様な愚かな志も希望も、余が全て打ち砕いてくれるわ」
「振りじゃない! その神に洗脳された石頭には、口論ももはや不要! 覚悟しろっ、魔王!」
ーーードッッッ!!!
互いのせめぎ合う威圧で、大地が窪む。
しかし赤と白の光を眩しく放ちながらぶつかる、人智を超えたその様を、誰も気にもとめない。
ーーー心配ないさ。勇者は強い。
ーーー大丈夫さ。魔王様は強い。
ーーーだから、自分は自分に集中すればいい。
ーーー俺だって、この世界を守る“英雄”の一人なんだ。
この場にいる全ての者が、自分のリーダーと、そして自分自身を信じていた。
皆がそれぞれに固い決心を持ち、己の信念を通そうとするが故、この戦いはもう誰にも止められなかった。ーーーいや。誰も、止めようとはしなかった。
ランキングに“天使軍団”と、“契約無し悪魔”を追記しました。




