神は、再び沈黙を守り賜うた 〜天空の要塞③〜
美しかった空に輝く宝石“楽園”が、物々しい天空の要塞と変わり果てたその姿を見て、ルシファーが再び同じ言葉を呟く。
「なんだ? ……コレは」
「フフフなのデース! ナンダカンダと聞かれたら、答えてヤルノガ世のナサケ! コレぞ、ジャパニーズカルチャーの傑作“天空の城ラ・ピータン”なのデーーースッ!!」
……いや、ピータンは中国文化じゃなかったかな?
それは嬉しげに笑うターニャに、マリアは頭を抱えながら、溜息と共に言った。
「……言ったでしょう。楽園は今、混沌に陥っているのです。早く……早く助けてください……。もし駄目なら、もういっそ、全て滅びてしまえばいい……」
「……」
それは切実な願いだった。
「……す、すまん。だが滅ぼす訳にはいかねえんだよ」
「ーーーなら、死んでくださいっ!!」
マリアの悲痛な叫びに、ターニャが答えた。
「マリアサマ! 試し打ちイイデースか!?」
少しの沈黙の後、マリアはボソリと言った。
「……最低出力でお願いします」
「キャフゥーーーー!!! では、イクマスヨー! “天の怒り”最低出力!! ……ポチッとナ」
ーーーコォオオォォォォォ……カッ
「!! ーーー……ガァッ……」
ターニャ呑気な掛け声とは裏腹に、主砲では無い細い1つの砲口から凄まじいエネルギー波が放たれた。それは、白い光を放つ、美しさすら感じさせるエネルギーの奔流。
そして発射と同じ瞬間、ルシファーはその光に撃ち抜かれた。
その更に一拍後、地平線の向こうに着弾した光は、紅蓮の炎となり、大地を焼き、空を茜色に染めた。
「ハッハッハッハッハァ!! ミロデース! まるで、ゴミのようデースネェ!!」
ノリノリのターニャ。
マリアは小さなため息とともに、プスプスと煙を上げ焼け焦げながらも、まだ宙に留まるルシファーに淡々とした口調で声を掛けた。
「ーーー……今ので、最低出力です。あり得ないでしょう? ターニャの作り上げたこの“ラ・ピータン”は、この楽園の大地と完全に融合しています。この大地に眠る、神獣様にすら匹敵する無尽蔵のエネルギーを引き出し、射出させる事が出来るのです。……残念ですが、ルシア様に敵う代物ではありませんね」
「……くっ、またなんつーモンを……。だがな、内部に入り込んじまえば、外装なんて関係ねえだろ。ーーー行けっ! 亡者共っ!! オレのことは気にせず門を潜れっ!!」
「「「「はっ!!(ラジャッス!)」」」」
ルシファーの掛け声に、セブンスとハデスが一斉に動いた。
虹色に輝く砂の嵐が舞い昇る。
マリアはその様子を静かに見送り、ヘルメスに合図を送った。
ヘルメスは砂粒より速く楽園に飛び上がり、砂粒達と相対するかと思いきや、その門を大きく開いた。
「ーーー……え?」
開かれた扉に、ルシファーは目を見開き、その様子にマリアが微笑む。
「……穢れし魂達は、逃げ場のない籠の中でお相手しましょう。邪魔も入りませんし、始めからそのつもりだったのです。ーーーあ、ルシア様は一度死んでから出直してくださいね。では……」
マリアはそう言うとルシファーに小さく手を振り、亡者達の後を追って楽園の中に消えて行った。
一人ぽつんと残ったルシファーは、呆然とそれらを見送った。
「え……ちょっ、待て……」
まさか敵陣に招き入れられると言う、予想していなかったその展開に驚いているその時、ルシファーの身体に幾千の小さな影が、ものすごい勢いで襲い掛かってきた。
「なっ……」
ルシファーは幾千の小さい影に掴まれ、バランスを崩したまま抗う事も出来ず、大地へと引っ張られる。
「な、なんだ!?」
目を白黒させながらルシファーは、自分の胸を押すその影を見た。そして、そこに群がる1匹の影の名を呼んだ。
「……ヒューズ……?」
そこに居たのは、氷柱のような透き通った一対の羽を持つ、愛らしい少年の姿の妖精。
名前を呼ばれた妖精はその手を緩めることなく、顔を上げてルシファーに挨拶をする。
「あ、やあルシファー、こんにちは。調子どう?」
「な……え?」
ヒューズのテンションに戸惑うルシファー。
だがその体は、どんどん大地に向け突き落とされている。
「あのね。死者達の戦いの最中、ルシファーに冥界の亡者を復活させられないように、僕らがその相手をする事になったんだ。ーーーだって、片方だけ無尽蔵に復活するなんて、そんなずるいチートな戦いってないよね? フェアじゃないよ」
「……っ」
ずるいチートな戦いをしようとしていた、ルシファーの顔が引き攣った。そしてヒューズはふと思い出した様に付け加える。
「それにね、精霊王様がルシファーの相手をしたいんだって」
「へ? オレ? なんで……」
ーーーっドォオォォォーーーーーーーッン!!!
とうとうルシファーが、大地に叩きつけられた。
「ーーー……っイテえ……」
土煙の中で、地面が窪むほど強く背中を打ち付けたルシファーが呻く。
受け身も取れず叩きつけられた衝撃で、地で身を攀じるルシファーに、凛とした青年の声が掛けられた。
「……この時を、どれ程待ち望んでいた事だろうかな。極悪非道なる悪魔の王よ」
ムクリと身を起こしたルシファーが、その姿を睨む。
「精霊王様。……なんのつもりですか? オレが悪魔? 何を言ってるか、全く分かんないんですがっ」
「ーーー確かに君は“デモン”では無い。しかし、私からして見れば、君は正しく悪魔だ。ーーーこの私から、声を……そして自由を奪った事、忘れたとは言わせないっ!!」
ーーー……ルシファーは、精霊王の言葉に、はてと考え込んだ。
「……」
「……」
……流れる沈黙。
そして随分長い沈黙の後、ルシファーがポンと手を打った。
「……あ、もしかして魔剣の件を、レイス様に漏らしたアレ……? ……えー……、はい。その件はすみませんでした……」
ルシファーは深々と頭を下げ、精霊王はブチ切れた。
「っそんな謝罪だけで許されるはずが無いだろう!? 私の1万2千年にも及ぶこの恨み、今ここで晴らしてくれる! 私はもっと様々な事を語りたかった! それをっ、お前のせいでーーーーっ!!」
ーーー……そう。アレはルシファーがまだ、人の子であった頃。
幼い8歳の少年が、清い泉の中で不用意に放ったたった一言により、精霊王はレイスの不興を買い、戒めの茨の冠を戴く事になったんだ。
以来精霊王は、沈黙を守ってきた。
「ちょっと、待ってくださいっ……悪気は無かったんですっ! それにそんな昔の事でっ……」
精霊王から放たれる魔法を躱しながら、ルシファーは必死にそれを鎮めようと試みる。
だが精霊王は激しい怒りを顕に、それらの言葉を斬り捨てた。
「昔の事だと? フン、時が過ぎるほどにこの恨みは更に募って行った。そしてお前が“ルシファー”となり蘇った時、私は神に感謝すらしたな。必ず復讐を遂げると、そう誓ったのだ。ーーー私は私がそうされたように、お前から“声”を奪ってやる。どんな手段を使ってでもっ!」
ハイエルフ達にすら、その技術を説く程の洗練された魔法が、ルシファーに襲いかかる。
ルシファーはそれを受けながら、届く筈のない願いを、遥か天空に向かい叫んだ。
「っヤロー共っ! すまんが、復活させてやれる余裕がねえ! なんとか自分達でヤリ切ってくれっ!!」
「最早彼等に声は届かない。 そうそう、それと君が再び楽園に近付こうものなら、今度こそラ・ピータンの餌食になるだろうな」
「ーーー……クッソ!」
ーーーこうして、ここにもまた天と地を股にかけた、愛憎の戦いが開幕されたのだった。




