神は、再び沈黙を守り賜うた 〜天空の要塞①〜
穏やかに波打つ、緑の草原。
その只中に、一人ポツリと立つルシファーが、風に乗せて小さな砂粒を空に舞い上げた。
高く、高く。遥か天空まで。
ルシファーも砂粒と共に、上昇する。
空に浮かぶ雲のそのまた先に見えてきたのは、クオーツの浮島、聖者達の楽園だった。
周りを舞い飛ぶ砂粒に、ルシファーは話しかける。
「おい、オメーら。分かってると思うが、俺は楽天には入れねえ。お前らと違って生きてるからな。神よりこの体を賜り、ルシファーという存在としてオレは生き返った。お前らみたいに、魔核に宿っている魂だけの存在じゃねーんだ。俺が導けるのは楽園の入り口まで。そっから先は、死者であるお前らでないと入れねぇ」
その言葉に、8粒の砂が煌めき、人型の幻影を浮かび上がらせた。
「……頼むぞ、ハデス、セブンス達」
「ーーーお任せください、ルシファー様。我等セブンス、ルシファー様の恩義に報いるよう仕えさせていただきますゆえ」
「そっすよッ! 俺だってやるときゃやるッスよ!! 踏ん反り返った聖者共全員、潰してやるッスよ!」
「恩義って……、まあいいか。……後なハデス。未だかつて、お前のヤった所を見た事が無いんだが……。負けんなよ? マジで」
「……え? ……まあ、マリア姐さんは確かに怖いスけど、何とかするッス!!」
ルシファーが一抹の不安を顕にすると、ハデスは引きつった笑いを浮かべながら、親指を立ててみせた。
亡者達についてだけど、ハデスは主に人間の亡者を従え、セブンスは魔物たちを主としたアンデッドを従えていた。
また、これまでに拾い上げられた聖獣達については、アンデットとなる事なく円環に還るか、楽園に昇っていってた。誇り高い聖獣達は、亡者となる事を良しとしなかったんだろう。
聖獣達はエデンで“神使”と呼ばれ、平穏に過ごしていた筈だった。
ルシファーは深く溜息を吐きながら、そんなハデスに言う。
「ーーー……まあ、ヤラれても何回だって復活させてやる。その為に魔核にする為の魔石も、いっぱい持ってきたからな。安心して潰れてこいっ!」
「ちょっ!? やられること前提っスカ!? パネェ!」
「それが亡者の強みだろう。聖者共は消えても復活はさせん。援護は完璧だ。負ける要因がねえな! ハッチャケてこいっ!」
ルシファーがそう言って笑った時だった。エデンから、翡翠色の輝きを放つ砂が降りてきた。
「……その魂の色。ヘルメスか」
ルシファーがそう呟いた時、光が姿を成した。
翼の付いたブーツを履き、グリーンの帽子をかぶった美青年。帽子からチラリと除く耳は長く尖っていて、何処かの吟遊詩人のように、手にはギターを持っている。
「フフ、流石ルシア様だ。凄いなあ。本当に色だけで、幾万の魂の判別が出来るのですか?」
「当たり前だろ。オレに拾われる奴らなんて、どいつもこいつも個性が強過ぎんだよ」
「フフフ、本当にそれだけでしょうか?」
「何が言いたい?」
「遠く離れた我々の事を、ずっと思ってらっしゃるんでしょう。“聖者の王ルシア様”?」
ーーー……ルシファーはこの世界が大好きだ。
だが、ふふふと笑う美青年ヘルメスに、ルシファーは素で返した。
「……意味わかんねえし。お前、キモいんだが?」
「……」
ピシリと固まったヘルメスをよそに、ハデスがヒソヒソとルシファーに尋ねる。
「……ルシファー様、あいつ誰っすか?」
「アレだよ。今の時代で、人間達の間で幅を利かせている“メルク盗賊団”ってあっただろ? あれの12代前の先祖だ。かなりナルシストなエルフ」
「全然知らねぇッス! でも見たまんまって感じっスね!」
「……」
あまりに端折られたその説明に、ヘルメスは言葉を失った。
……一応補足をしておくと、彼は始まりのエルフの一人シャンティの子孫に当たる。
シャンティの子孫は、代々森のエルフとして聖域を守っていたが、ヘルメスは奔放な精霊の血の方を著現させた。
始まりのエルフ“シャンティ”直結の血により、風の加護をその身に宿したヘルメスは、少年期に聖域を飛び出し、心のままに世界を駆け抜けた。
そしてその力と美貌で、“風の大怪盗”として、世界を沸き立たせたのであった。
しかもヘルメスのその行い全てが、義に基づいた窃盗だったため“正義の使者ヘルメス”は、各地に伝説としてのこされている。
ヘルメスは、顔を引きつらせながら、小さな咳払いをした。
「……コホン。ルシア様は良い風を吹かせる。だがその風には、残念にも多くのゴミが混じっているようだ」
ヘルメスがそう言ってひらりと翼のついた脚を回した。途端、風に乗っていた亡者達の魔核が風からすり抜け、地に向かって落下を始めた。
「あっ、テメェっ……」
ルシファーが慌てて振り返ると同時に、セブンスの1が号令をかけた。
「アンデッドドラゴンよっ!! 砂を拾い集めよ! 1つたりともこぼすな!」
それを合図に、幾粒かの砂が羽の生えたドラゴンを形造り、空を舞いながら砂を拾い上げていく。
それを見ながら、ヘルメスは面白くなさそうに呟いた。
「……フン、なんて耳障りな羽ばたき音だ。風が泣いている」
「そうか? カッコイイと思うが……」
ルシファーがポツリと感想を述べると、それをヘルメスがキっと睨んだ。
「どこが!? 力でエアを捻じ曲げる、とんでも無く酷い風だ!! それに、ルシア様だってそうだ! 貴方は聖人がごとき魂と心を持っておられる! なのに神から与えられたその身体……、その翼! もはや魔物のソレだ! 我らの王がなぜそんな姿なんだ!?」
瞬間、ルシファーがキレた。
「ーーー……は?」
「風も掴めぬそのみすぼらしい翼を、神が創った? その姿を見れば我らの信じる“神”も底が知れる……」
ーーーヒュン……
「……」
ルシファーの放った風が、風の加護を受けた者の髪を、ハラリと斬り裂いた。
「ーーー……無駄のない、いい風です」
「屁理屈が。……神は、関係ねーよなぁ? ーーー青二才のクソガキが、自分の価値観を人に押し付けてんじゃねえぞ、コラあぁぁ!!」
ルシファーがそう怒鳴りながら、次の手を放とうとヘルメスに手をかざした時、澄んだ女性の声が響いた。
「おやめなさい、ヘルメス」
ルシファーの動きが止まる。
そして見上げた先には、慈愛に満ちた優しげな微笑みを浮かべる少女、“聖母マリア”が居た。
「よぉ、マリア。ガキ共の躾、手を抜いてるんじゃねえのか? 危うくオレが殴り飛ばしそうになったぞ」
「申し訳ございません」
まるで今起こっている諍いが嘘のように、穏やかな声でマリアは言う。
思わずルシファーは肩の力を抜き、振り上げていた腕を降ろした。
マリアは困った様に微笑みながら、ヘルメスを嗜める。
「ヘルメス、ルシア様の翼の件には触れてはいけないと、何度も言って聞かせたでしょう……」
「マリア様……すみません」
マリアの微笑みに、顔を引き攣らせるヘルメス。
マリアは再びルシファーに向き直り、淡々と言った。
「すみません、ヘルメスはただの案内役。皆様をお迎えに行かせただけなのです。気を悪くさせてしまい、失礼いたしましたわ」
その言葉に、ピクリとルシファーの表情が動く。
「……って、どこに案内させる気だ? いいかマリア、よく聞け。これが最後の警告だ。シヴァから今すぐ離れろ。シヴァはゼロス様ではない。付いていくべきではない。このままじゃ、ーーー……このままじゃ、世界が滅びるんだぞっ」
ーーーどうか、踏みとどまってくれ。
そんな悲痛なルシファーの言葉に、マリアは目を閉じ、何かを思い出しながら言った。
「シヴァ様は、仰っておりました。この世界の歪を正し、新たな新世界を創ると」
「っ歪なんて何処にもないだろ!? 何を言ってるんだ!」
困惑するルシファーに、マリアは溜息を吐きながら、真っ直ぐルシファーを指さし、ハッキリと言い放った。
「ーーー目の前にあるじゃないですか。何故、貴方が我々の王なのですか? 穢れた魂を持つ“亡者の王”よ」
「……は? オレ? 何言ってんだ……?」
ルシファーは、その言葉に、ただ困惑した。
次回、土曜更新予定です!




