神は、再び沈黙を守り賜うた 〜神殺しの一族①〜
今回の話と次話は、少し敵陣の紹介話になります。
……人によっては、ムナクソを感じるかもしれません……(汗)
《カーリー視点》
私はシヴァお兄達と一緒に、王都から程近い森の中に構えたキャンプに来ていた。
とは言え、シヴァお兄は王都の勇者のところに行ってて、ラクちゃんは「ちょっとお花摘みに……」とか言って出かけていった。……多分あれ、ルシファーを、潰しに行ったな。
私も行きたかったけど、シヴァお兄は待ってるようにって言ってたから我慢した。
ガルダおじさんは、やりかけの鍛冶の続きに戻って行って、他のみんなに関しては、何をしてるのか分からない。
だけど別に、皆がどこで何をしていようと、どうだっていい。
ーーー今はただ、なんだかイライラしていた。
うまく行かない。
せっかくルシファーを殺せるかと思ってワクワクしてたのに、ルシファーは来なかった。
代わりに来たのが、クリシュナとか言う馬鹿強いエルフ。
せっかく殺してもいいって、シヴァお兄に言ってもらったのに、殺せなかった。ーーー……イライラする。
みんな誤解してるけど、私は別に強さをひけらかしたい訳じゃないし、戦いだってそんなに好きでもない。私の本心は何時だって、ただ殺したいだけ。
だけど強い人を殺るためには、どうしても強さが必要だからしょうがないし、シヴァお兄の役に立てるからまあ鍛えはするんだけどね。
ーーーああ、苛つく。
ーーーヒュン……
私が眉間にシワを寄せながら、一人でナイフの素振りをしていると、背後に気配を感じ、腕に鳥肌が浮いた。
「や! どうしたのっ!? 膨れっ面のカーリーちゃんもカワイイね……」
ーーーガギンッ!!
思わず勢いで振り向きざまにナイフを振ったら、そのナイフはあっさりとヘンタイの……じゃなくて、ガルダおじさんのハンマーに受け止められた。
「……っ振り向きざまに、身内を殺しにかかるとは……」
「……」
頬を引き攣らせながらおじさんは大袈裟に言うけど、私はこれ迄におじさんに勝ったことがない。
正面から行っても、隙を突いても駄目だった。そしてその都度捕まって頬ずりされたから、もう今は敢えて奇襲をかけることもしない。
……そしたら、こうしてガルダおじさんから近づいて来る様になってしまった。
そんなおじさんを、ラクちゃん達は“ヘンタイ”と呼んでいる。
ガルダおじさんは、私の溜息に気付かず、目をキラキラさせながら両腕を広げた。
「僕ってホントにカーリーちゃんに愛されてるなぁ! 抱っこさせてっ」
「って、なんでやねん」
「っがは!」
私がうんざりと断りの言葉を言おうとしたら、背後から野太い声が上がり、同時にガルダおじさんが吹っ飛んで行った。
私は振り向き、その人の名を呼んだ。
「ガネシャ兄? 来てたの?」
「あらーん、カーリーちゃん久しぶやん! あ、また髪がはねてるで? 女の子がそんなんやったらアカンやん、もう! ーーー……ほ・ん・で・な、“兄”や無くて、“姉”やから。間違えんといて、な?」
「う、うん。ゴメンナサイ」
そこには独特の喋り方をするガネシャ姉が居た。ピンクの長いスカーフがトレードマークの、自称ポッチャリな私の従兄弟……じゃ無くて従姉妹だ。
私の家族達は気配を読まさずに、突然現れるからビビる。
そして私が詰め寄ってくるカネシャ姉の重厚感に気圧されてると、殴り飛ばされていたガルダおじさんが起きてきた。
「おい、デブ。何するんだよ」
「おん? デブ言うなや、ポッチャリや。全然違うからな? 変態が可愛いアタシのカーリーちゃんに危害加えようとしてたから、チョットいてこましただけやん。何怒ってんの?」
「はぁ? チョット? てゆーか、変態はお前だよね? じゃあ僕も ちょっとぶっ飛ばさせてもらおうかな」
「ええよ? 返り討ちにしたるわ。アタシのラブちゃんの餌食になりぃや」
二人はそう言って、ガルダおじさんはミョルニルを、ガネシャ姉はラブリュスの斧を構えた。
この二人はいつもこうだ。似たもの同時反りが合うのか合わないのか、顔を合わすと殺し合いを必ず始める。
そしてそんな二人に、私もいつもため息を吐きながら言う。
「止めてよ、ガルダおじさん、ガネシャ姉! 二人を殺すのは私なんだからねっ!」
「「……」」
二人が私を見る。そして、同時に弾けるように、私に飛びついてきた。
ギュウギュウと抱きつかれ、宙ぶらりんになりながら、私はまたため息を吐いた。
「んもぅ!! ホンマにカーリーはカワエエなぁっ! カーリーにやったら、殺されても本望やでぇ!」
「僕ね、カーリーに殺される為、この先何があっても死なないからねっ! 僕を殺して良いのはカーリーだけだよっ! だから早く強くなって、僕を殺すんだよ! ……出きれば後一年以内に……」
私は間近にあるおじさんの顔を、極力避けながら念を押した。
「頑張るけど、おじさんをヤるのはキモくて早く消えて欲しいからだからね!」
「いいっ! いいよぉ! もっと罵って!」
「「……」」
ハァハァと更に息を荒げてくるおじさんを、私は無視する事にした。
私はみんな、みんな殺す。
嫌いな奴は殺す。苦手な奴も殺す。友達も、大好きな人も殺す。
殺すことが、私の拒絶表現。そして、愛情表現なんだ。
ーーー殺しなさい、カーリー。
私が初めて殺したのは、飼っていたホーンラビットの幼体だった。
『お母さん、どうして? ご飯にしちゃうの?』
『違うわ。あなたが強くなる為よ』
『私は別に強くなりたくないよ』
私がそう言うと、お母さんの笑顔が消えた。
『いいえ、強くならなくては駄目よ。シヴァ様は今、力を必要とされているの』
『……チビが可哀想だよ』
『まあ! 可哀想と思ってあげられるのね。なんて優しい子なのかしら。ホーンラビットを飼わせて正解だったわ。……でも大丈夫よ。あなたが強くなる為にその命を奪われるのなら、その子にもちゃんと価値があったと言う事だもの。何かの為になる事が、それぞれの生きた証となるのよ』
……価値があれば、その死は尊い物になるのか。
『分かった』
ーーー私はそれから、強くなる為に殺し続けた。
『皆、ありがとう』
ーーーザシュ……
※
『……余計な事はしなくていいんだよ。シヴァ様の為に、ただ強くなりなさい、カーリー』
『はい』
『シヴァ様は我等の神なんだ。神の為に、全てを捧げようとするのは人として、当然の事なんだ』
……全ては神のために?
神とかよく分からない。だけど、シヴァお兄は大好きだ。
私もシヴァお兄の為だったら、なんだってするよ。
『はい、お父さんお母さん』
※
『カーリー! ただいま! ナイフの練習は捗っているかな?』
お母さんとお父さんは、最近よく出かける。ダンジョンって所に行ってるらしい。
ダンジョンで手に入れた道具を使いこなせるようになったら、“シヴァの一族”に加えてもらえるらしくて、お父さんとお母さんは頑張っているそうだ。
私はその間、一人でナイフを振るって、手当たり次第に魔物や動物を殺し続けた。
一人ポッチは寂しいけど、その分帰ってきた時にいっぱい褒めてもらって、ギュってしてもらうんだ。
私はお父さんとお母さんに駆け寄って、跳びついた。
『お父さんっ、お母さん! おかえりなさいっ、私ね、ロックベアを一撃で仕留められるようになったよっ!』
『その年で、もうロックベアを……、お前は天才だなっ! そんなお前に、素敵なプレゼントだ』
『わーい! なーに?』
『お父さんとお母さんが、今回ダンジョンで手に入れた“アゾットの短剣”と言うナイフだ』
そう、お父さんが自慢げに差し出してくれたのは、なんの変哲も無い鈍色のナイフ。
切れ味はまあ良いけど、うまく研げは他のナイフだって、この位にはなる。
私は困惑しながらお父さんに聞いた。
『……。……ありがとう。だけど別に普通のナイフだよ?』
『今のままじゃあそうだな。……なあカーリー。カーリーの一番大好きな人は誰だ?』
『? んーーー……。シヴァお兄も好きだけど、一番はお父さんとお母さん!』
私がそう言うと、お父さんとお母さんは嬉しそうに笑って、わたしをギュっと抱きしめてくれた。
『『ーーー……ありがとう、カーリー。私達も大好きだよ』』
ーーー大好き。
※
私は、赤い血の海に立っていた。そして、私の前にはお父さんとお母さんが倒れている。
ーーーお父さん、お母さん。ありがとう。
その時、後ろから久しぶりに聞く、シヴァお兄の声がした。
『ーーー……これは、カーリーがやったのか?』
『あ、シヴァお兄、久しぶり! そうだよ。私が殺したの。お父さんとお母さんがね、私を強くするために殺しなさいって言ったんだ。それがお父さんとお母さんからの“アイ”なんだって』
『……ドゥルガ達がそんな事を? ……カーリーはそれで良かったのか? ……悲しく無いのか?』
『悲しい? 何で? もう会えないのは寂しいけど、コレが“アイ”なんでしょ? 私はお父さん達の事が大好きだった。それに父さん達は、私の為に身を捧げてくれたんだよ。それを悲しいなんて思ったら、お父さん達に悪いでしょ?』
私がそう言うと、何故かシヴァお兄が眉を寄せながら、ギュっとしてくれた。
『ーーー……すまない、カーリー。お前は愛する者の死に、涙一つこぼせないのか。……お前を一族に迎え入れよう。一緒においで、カーリー。皆一緒だから、寂しくはないだろう』
※
私はシヴァお兄と一緒に旅をして、みんなの所に行った。
初めて見た皆の前で、私は恥ずかしくてシヴァお兄の後ろに隠れていた。
『皆、紹介する。新たな“神具”を持つ一族“カーリー”だ。ーーー……この子は“殺す事”を、“愛”と同義に捉えている』
シヴァお兄が私を皆に紹介してくれると、タプタプしたお肉のオジサン(?)が、私を見ながら呟く。
『……そらまたなんちゅうか、エライぶっ飛んでるやん……』
『だがお前達も知っている通り、俺はこの子の感性も個性も、全てありのままを認める。お前達もこの子と仲良くする程に、この子からその命を狙われる事になると認識をしておけ』
シヴァお兄の言葉に、皆んなは頷いた。そして、ひとりの男の人が進み出てきて私に言った。
『カーリーちゃん、僕はガルダだよ。よろしくね。これからは“ガルダお兄ちゃん”と呼んでくれ。ちょっと抱っこしていい?』
……どう見てもおじさんだ。
私は一歩下がりながら、首を横に振った。本能で、この人には近づいてはいけないと悟った。




