神は、再び沈黙を守り賜うた 〜報告〜
魔王ラムガルは、聖域を取り囲むように魔物達を配備させた後、聖域の外側に張り巡らせる結界陣の視察に向かう。
今回魔物の中でも、役割分担がなされ、C級以下は戦力外通達が出され、飯炊き等の雑用担当になっていた。
防御力、殲滅力の強い者達が前に出て、端から全力で殲滅にかかる気まんまんだ。
そして、もしそれが破られた場合、砦として築かれているのが、聖域を360度球体に取り囲むその結界。
マスターの描き上げた設計図に従い、比較的知能指数の高い魔族達が、陣を組み上げていたのだった。
そこにラムガルが現れた事により、その現場は騒然となった。
「ラムガル様っ!」
「うむ。結界陣の方はどうだ?」
「順調にございます。現在、魔力を通すためのトラックを敷き終わり、設計図に従い陣を組んでいる所にございます」
ラムガルが頷くと、その隣から声が上がった。
「少し陣の訂正がある。図面を貸してくれ」
「は、ハイ」
「……ここだ。ここの分岐に弁を入れる。そうすれば万が一一部を壊されても……」
魔族達は、何故か微笑ましげな視線をラムガルに向ける。
ラムガルが訝しげに尋ねた。
「……何だ?」
「……いえ、どこかの主人公のようだなと」
「は?」
「世界を救うために立ち上がった勇士達。そのリーダーの肩には、実は凄い力を秘めたマスコットキャラクターが……」
「「……何を言ってるんだ?」」
「ルシファー様が以前、そんなファンタジーストーリーを話してくれたんです」
「そうそう、あの狸ロボットと共に時空を駆け回る奴、良かったな!」
「綿飴みたいな犬と幼児の、家族を巡る感動の物語も泣けた……」
「魔法少女になってくれってやつは?」
「アレはだめなマスコットだ。やっぱ王道はスライムとサーベルタイガーを仲間にするやつだろ!」
そしていつの間にか大盛り上がりを見せる魔族達を前に、ラムガルとポヨポヨマスターが同時にキレた。
「ホンっと、下らない話してるなっ! あの馬鹿はっ!!」
「おのれ、余計な事を! “魔眼、開眼”!!」
◆
その頃、遠く離れた魔窟の底で、ルシファーが片目を押さえ、膝を付いた。
「ど、どうしたんすか!?」
「っく……、なんでもねえ。ちょっと俺の左目が疼きやがっただけさ……」
「ヒャッハーー!! 流石ルシファー様っ! チョーカッケーーー!!!」
ルシファーのその仕草に、ノリノリで相槌を打つ亡者だが、その時若干ルシファーの顔が引きつった。
「……は? ええ、はい。申し訳……ございません。ーーー……え? ……はい。今後気をつけます……」
魔眼が開眼された時の、いつものノリとは違う、まるで業務的な対応に、亡者が訝しがる。
「……どうしたんスカ?」
「……いや、よくわからんが、魔王様に怒られた……。まあ良いや。ーーー……いいかよく聞け、クリフォトにセブンス、そして冥王とそれが率いる亡者共よ。……今この世界は黄昏に赤く染まりつつある。光を追う聖騎士は朧。それは彷徨う蜉蝣の如く儚い」
「「……(世界の危機が迫ってるって事か? 後はよく分からん)」」
皆の沈黙に、ルシファーは満足げにに頷きながら続ける。
「響く鎮魂歌は甘美なれど、まだ贈られるには時期尚早だ。聖騎士の輝きが失われた時、お前達は黒き矢となり天を撃て。……わかるな?」
「ウェーーーーイイ!! 相変わらず、何言ってるかサッパリわかんねっす!! もう一回、わかり易くお願いしまッス!!」
「「「……」」」
「……って、2回も言わねえよ、バカァァァーーーーーッ!!!」
「ッナブ!?」
顔を赤らめながら、ハデスをプレスするルシファー。
こちらも平常運転だった。
◆
魔王は、かつて聞いたことのあるセリフを言い放った。
「よいか、この者には一切関わるな。仲間、ましてや身内などと、間違っても思うなよっっ!!!」
「「「……はい!」」」
だが、かつて程の歓声は上がらず、何故かほっこりした返事が返ってきた。
マスターがイヤそうな顔で、魔族達に言う。
「あのさあ、魔物殲滅武器や、宝貝作ったの僕だよ? 馬鹿なの? 覚えてないの? 普通恨むでしょ?」
「いや、あの時はまあ敵だったけど、今は、仲間なんだろ?」
キョトンとした顔の魔族の言葉に、また二人の声が被った。
「「仲間じゃ(では)ないっ!!」」
「ーーーこの件だけだっ! これが終わった後は、金輪際顔を合わせることもないさ! 調子に乗るなよ!?」
「そうだ! 賢者の言うとおりだっ! 二度と顔等合わせぬ! 目が腐るわっ!!」
「魔眼でも邪眼でも腐眼でも好きにすれば!? こっちだって、あんたと知り合いなんて言ったら、誰にも知られたく無い程の汚点だし!!」
「全く以て同感だっ!!」
「「……」」
あまりにも息のあったその物言いに、魔族達はもう困惑するしか無かった。
……この二人、仲が悪すぎるんだね。
だけど互いにそっぽを向き合って、結局世界一周して見つめ合ってるとか、そんなヤツなのかも知れないね。
よし。今度、レイスにこのネタを教えてあげよう。また、素敵な歌が聴けるかもしれない。
ーーーその時、1本の光の矢が空から落ちて来て、大地に刺さった。
ーーーカッ、ドオォォォォォォォォォォォォン……
「!?」
「なんだっ!? 敵襲か!?」
慌てる魔族達を他所に、ラムガルとその肩にのったポヨポヨマスターはまだ土煙を上げるクレーターに走り寄る。
そしてマスターは、目を見開きながら叫んだ。
「クリス!! それにジャンヌ!!」
「すみませんっ! ほ、報告しますっ! 会談は失敗しました! ガラフマーさんをダンジョンに降ろし、私達はここに報告に戻りました!!」
その言葉に、ポヨポヨマスターが悔しげに唇を噛んだ。そして、顔を上げて言う。
「……いや、よくやってくれた。ならばガラハッドの探索が終わるまで、こちらはこちらで耐えるだけだ。ありがとう、下がってくれていい」
二人を労うポヨポヨマスターに、ジャンヌが懇願した。
「待ってくれ! た、確かにパーシヴァル殿は未だこちらを狙ってきている! ……しかし、パーシヴァル殿はまだかつてのままだった。話は聞いては貰えなかったが、通じる心はまだあった! 私はそう感じたんだ。どうか、封じると言うのは、もう少し待って貰えないだろうか!? アレは苦しんでいた。きっと、もう一度話せばっ……」
「ーーー出来ない。会談は失敗した。それが結果だ」
ジャンヌの言葉を最後まで聞かず、ポヨポヨマスターは静かに言った。
「ジャンヌ、……この状況で、君のその“感覚”に頼って動く事はできない。後手に回れば、瞬時に世界は滅ぶんだ。シヴァの手によってじゃない。神の手によってだ。それはもう容赦なく、僕らは何も感じず何も気づかず、一瞬の内に全てが欠片もなく消えるだろう。今はひとつたりとも間違えてはいけない状況なんだよ」
膝を突き、崩れ落ちるジャンヌ。
「……そんな……」
悔しげに地を見るジャンヌに、ラムガルが言い放った。
「聖者がひとり、ジャンヌよ。人は弱い。身体だけで無く心もだ。貴様の番は、もとを辿れば、ただの人だった。それが身に余る力を手に入れ狂った……そう、想像に難くない筈だ。チャンスは終わりだ。お前にとっても、シヴァにとってもな」
「……」
ーーーポヨン
ふと、ラムガルの肩からポヨポヨマスターが飛び降り、ジャンヌの前にたった。
「ーーー……そういう事だから、こちらは止まることはできない。……だけど、君単独で動く事には問題ない。何度でもシヴァに語りかければいい。それが出来るならね」
ポヨポヨマスターはそう言うと、ちらりとクリスを見た。
ジャンヌも目を見開きながらクリスを見る。そして言う。
「クリス! 頼む! 私はどうしても、もう一度パーシヴァル殿と話がしたい! 無礼は承知だ。私をもう一度、パーシヴァル殿の所へっ!」
ジャンヌの頼みに、クリスは深く頷いた。
「勿論です! 私も戦いは嫌いです。話し合いで済むならそれに越したことはありませんから」
「ーーー恩にきる!」
感極まった様子でジャンヌはクリスに抱きつき、その腕の中で、クリスはちょっとだけ嬉しそうに、モジモジとしていた。
◆
そして再び二人がシヴァの所へ飛び立った後、ラムガルはルシファーに再び魔眼を使って連絡を入れた。
森の中や平原へと、ダークエルフか走っていく。
そしてそれらを見送った後、ラムガルはポツリと、呟くように言った。
「ーーー……成功するとは思っておらんのだろう」
「うん、無理だね。一度交渉に失敗した時点でジャンヌの使い道はもうない。……ただ、何故かクリスが懐いていたからね」
「……“最強”を動かす為の捨て駒か。あの時頭を下げながら言い放った“信頼”が笑わせる」
「捨て駒なんて言わないであげてよ。“いいエサ”なんだよ。こうでもしないと、この世界の“最強”は、動いてくれないから。戦わないから勝ちはしないだろうけど、良い足止めになる」
そう言うポヨポヨマスターに、ラムガルは口を閉じた。
「……」
それを見てポヨポヨマスターは、嬉しそうに笑う。
「反吐が出る? それは僕にとって、この上ない褒め言葉だ。 僕は魔王となんて、本当に欠片も仲良くしたくないんだから」
「……ふん、下衆が。ーーー魔族共よっ! 結界を早く完成させろっ! 刻は迫っておるぞっ!!」
そこに流れた白々しい空気を打ち消すように、ラムガルは、声を響かせた。
「ねえ、マスター」
「なんですか?」
「前回の話“マスターの土下座”回でね……」
「なんですか、それ」
「うん。“マスターの土下座”回でね、総合ポイントが53ポイント増えたんだよ」
「いや言い直さなくていいですよ……って、嘘でしょ!?」
「いやホントに」
「……」
「もう一度やってくれないかな?」
「嫌ですよ。冗談はやめてください」
「本気だよ?」
「尚悪いわっ!!」
ーーー……本当に、ありがとうございます\(^o^)/!




