神は少し、喋り賜うた 〜聖杯探索の旅路〜
《ガラフ視点》
『ーーーいいかい、もしパーシヴァル……否、シヴァが君達を撥ね退けた場合の話をしよう』
ポヨポヨしたあの男の声が、脳裏にこだました。
『ーーーアレはもはや、人を超えた力を持っている。シヴァ一人で、魔王や本来の勇者程度の力を貯めている上、奴が率いるのは、十数世紀を経て洗脳と強化をされた軍団だ。聖域内のSS級の魔物を出したところで、魔王やルシファーはその軍団を止める事だけで、おそらく他には手が回らなくなるだろう」
魔王やルシファー……、勇者をも凌駕すると言われる存在。俺からしてみれば、それはもう推し量る事なんざ出来ねえ、幻想の存在だった。
……それより上なんて言われたって、ピンとこねえよな。まあ、かなりヤバイって事は分かるがよ。
ポヨポヨの男は、ギャグにしか見えねえ顔の眉間を、更に寄せながら言う。
『しかも悪い事に、それをシヴァはきちんと理解している。否、寧ろそこまでの戦力を揃えるまで、動かなかったと言った方がいいかもしれない。シヴァの軍が魔王達を抑えているうちに、自身が単騎で聖域に乗り込むつもりなんだ。……言っちゃ悪いが、ハイエルフ達だけでシヴァは抑え込めない。出来て時間稼ぎだろうね。神獣様達はゼロス様と、アインス様の守りをされている。外との繋がりが薄いから、こちらの援護は望めない』
聞いているだけで、絶望的な状況だった。
……そう、何が何でも、俺達はパーシーと話をつけなけりゃいけなかった。
なのに、……あいつは変わってしまっていた。
2300年もたった一人で苦しんで、……俺なんかじゃ想像もできない程の力を手に入れて、今に至ってる。
そうだよな。呑気に流れに還ってた俺等の話なんて、……もう届かねえよな……。
『ーーーだけど、軍団を止められる力が1つだけあるんだ』
『なんだ? それは』
『君達なら知ってるはずだ。“聖杯”だよ。“真の騎士のみが見つけ出せ、それに触れた者が世を統べる王となる、世界樹の祝福を宿せし神が創り出した聖杯”』
『ああ、あの時の。それが何だってんだ?』
『それを君が見つけ出せ、ガラハッド。そして、この世を統べる王となり、神の与えた威光によって、全てを鎮圧しろ。シヴァはゼロス様の半身であるからその威光は届かないだろうけど、君が他の者を抑えてる間に、こちらの総戦力でシヴァを取り押さえ、封印する』
『ーーーいや待て、俺が王? ありえねぇ』
『そうだね、同感だ。だけどね、狂気には狂気で立ち向かわないといけないこともある。“あんたみたいな馬鹿騎士が王なんてあり得ない”。狂ったシヴァは、狂気の王がお似合いなんだよ』
『……しょうがねえってんならやるが、あいつが狂う筈無い』
『まぁ信じるだけなら自由だから、お好きにどうぞ? 聖杯へのダンジョンへの鍵は、ミスターキューブの本拠地とされる地下ダンジョンの何処かに居る“マリー”が持ってる。……ただし、この際だから言うけど、聖杯に触れた瞬間、君は虚無の亜空間に飛ばされるだろう』
『……なんだそりゃ?』
『うん、それは“この世に王なんて要らない”って言う、僕の考えに則った、あの狂気じみたアイテムを封じる為の対処法のはずだったんだ。……なのに……。だから、こんなことを頼むからには、きちんとリスクを話す! 現在もダンジョンは、キチンと稼働はしてるけど、今の僕はダンジョンを操れない。聖杯を入手し、この世の王になったら、君は虚無の空間に放り込まれ、僕がマスターコアでそれを解除するまで、絶対に出られない。……そしてもし、その間に世界が終わった場合、君は永遠にそこから出られない……。アインス様ですら恐れる、最悪の結末を迎える事になる』
……永遠の、“虚無”。
『それを踏まえて理解してもらった上で、僕は再度君に頼む』
『……』
あの時の、不遜な男が頭を下げていた。
元々身体が小さいとはいえ、その額が地につく程に。
『ーーー真の騎士よ。君達を信頼している。もし交渉が決裂した場合、聖杯を見つけ出してきてくれ。ーーー……どうか、頼む』
ーーーそして俺はクリスと共にパーシーの所に向かう間、ずっとあいつが狂ってねえ事を願ってた。
そして、あいつを信じてもいた。
だけど、止められなかった。……パーシーはもう止まらねえ。
あいつが止まらなきゃ、世界が滅びる。
世界が滅びりゃ、ーーー……俺は永遠の虚無の空間に閉じ込められる。
救いのない、永遠の闇の世界……。
ふと、俺の思考を遮るクリスの声がした。
「着きました、ガラフマーさん。この街の、“龍閣楼”と呼ばれる食事処の地下が、マスターキューブの本拠地入り口です。……だけどもしその実体が滅びれば、カーリーちゃんからのダメージと合わさり、核は砕けてしまうでしょう。ルーおじちゃんならまた戻してくれると思うけど……もう、時間が……」
「なっはっはっ! 心配すんなよ! サンキューな、クリス。行ってくら」
ーーー……んなもん、行くに決まってるだろ。
待ってろよ。今助けてやるからな、パーシー。
◆◆
「はあ? 龍閣楼に行きたいアルか? ……ならそこを曲がった突き当りアル。……アンタ、この国の者じゃないアルね?」
街角にたまたま居た女将に道を尋ねると、女将は眉をしかめながらも丁寧に教えてくれた。
「そうだが、この国の者じゃ無かったら何か不都合でもあるのか?」
「……」
なんだ? 女将はじっと無言で俺を見つめてくる。
そして俺はふと思い当たって、クリスに貰った小銭を女将に渡した。
……なるほど、こういう事か。
ーーーチャリン……
「龍閣楼に行きたいって事は、ミスターキューブのところに行きたいのダロ? よそ者は知らないだろうが龍閣楼の地下は、行けないアルヨ。何故なら、20年前に地下水脈に当たりでもしたのか、浸水し出したアル。地下二階以下は、もう、毒水塗れアルナ。……しかも、子供の啜り泣く声が、ドコからともなく聴こえるとか言う噂もあるアル。きっと、呪いか何かが掛けられてるアルよ!」
子供の啜り泣き? ……マリーか?
「……ありがとう、女将さん。助かったぜ」
「ここ迄聞いてまだ行くって言うアルか? 大馬鹿者アルネ」
俺は龍閣楼に向け、歩き出した。
◆
ーーーガチャ……ギィ
「ああん?」
俺が龍閣楼の扉を開くと、中には人相の悪い客と店員が合わせて6人。
『ーーー龍閣楼自体がもう既にダンジョンだ。地下への扉は2つあり、1つはダミー。そして、もう1つの本物の扉は店内の6人の男達を倒せば現れる』
……言われた通りだよ。マジで。
そのうちの一人の男が、本物としか思えない動きで席を立ち、ガンを垂れながら俺に近付いてきた。
「お? 何もんだてめえ。ココは素人が踏み入れていいとこじゃねえぞ! オラアぁ!! ……ヘブッ!?」
唾を飛ばしながらドスの効いた声で吠える男を、俺は容赦なく殴り飛ばした。
それを合図に他の男達も立ち上がり、俺に向かってナイフやら風月輪やらヌンチャクやらをふりまわしながら、襲いかかってきた。
俺は無言でそいつ等を絞め落として行った。
◆
全員を絞め落としたところで、店の奥のカウンターの床にボンヤリと光を放つ扉が現れた。
そこを降りた所にあったのは、まさに地下迷宮と呼ぶにふさわしい枝分かれした回廊だった。
回廊の奥から、細く、消えてしまいそうな小さな声で、すすり泣き声が聴こえた。
「……えっ……、ヒック……、何処? ……マスタぁー、どこぉ……。 ……ヒック……どこ……? うえぇ……」
間違いない、マリーの声だった。
俺はそちらに歩き出す。
『ーーー……ダンジョンに入ったら、マリーを探すんだ。だけど気をつけて。僕がダンジョンに現れなくなったことによって、防御システムが作動してるから』
泣き声を辿るように回廊を歩き、階段を降り、更に進んだ先に水没した回廊が見えた。
ただしその水は、タールの様な漆黒の、ドロドロとした水。
その縁に、小さな人影が蹲っていた。
俺は立ち止まり、その人影に声を掛けた。
「マリーか?」
「……マスター?」
「違う。だが、マリーのマスターに頼まれた」
マリーが振り向く。
……その目から、漆黒のドロドロとした涙が、とめどなく溢れ出していた。
「……マスター? どこ? マスター、マスターどこ?どこどこ、どこ? ドコ、ドコドコ? ド……」
『ーーーその、防御システムっていうのが、マリー自身なんだ。その心を、鎮めてあげて』
「っマスターをっっ!! 出せえぇぇぇえぇぇえぇぇえぇぇえぇぇえぇぇえぇぇえぇぇえぇぇ!!!」
俺は黒い涙を迸らせながら向かい来るマリーに、剣を構えた。
◇
一方、少し皆の気配が薄くなった静かな聖域の中で、ゼロスが無言で、一生懸命肉を捏ねていた。
……もしかして、静かにここで時を過ごすのに、飽きてしまったのかな?
俺はゼロスに尋ねてみた。
「何を創ってるの?」
「……」
「……内緒なの?」
無言のゼロスに追及してみると、ゼロスは首を横に振った。
「……じゃあ、答えたくないと言う事?」
「……違うよ。静かに過ごしてるんだよ。……ラムガルと約束してたからね。“勇者の受け皿を創る”って。僕はちゃんと、約束は守る。……たとえ世界が滅びてもね」
「そうなんだ」
にこにこと葉を揺らせながら、俺が答えると、ゼロスが突然何やら慌てた様子で、言って来た。
「……。あっ、勘違いしないでよ? 僕は滅っする時は、チャント滅するんだからねっ! 滅ぼす前に、約束をキッチリ果たしておこうと思っただけだし!?」
「……うん」
……何というツンデレなのだろうか。
ツンが世界崩壊で、デレが最高傑作のプレゼント創造。正に世界規模での“デッドオアアライブ”だ。
以前、マスターにもツンデレを感じたが、流石に神ともなると最早比べるべくも無い。
ーーー静かに世界樹の元で時を待ちながら、またとんでもない物を創るゼロスを、俺は褒めちぎる。
「ゼロスは優しいね。それに、絶対に約束を守るなんてとても偉いね」
「……」
ゼロスは少し照れた様に俯き、そのまま再び肉を捏ね始めた。




