神は、沈黙を守り賜うた 〜ファーストインパクト⑤〜
「ーーー……だ。っお前達と別れて、2314年が経ったんだ……。ずっと……、会いたかった……」
声を震わせながら言うシヴァに、ガラフもその肩に腕を回した。
「……何でおめえ……何で……。一体お前に何が起こったんだよ?」
三人が、そのまま沈黙のうちで抱き合った後、シヴァは頬を伝う涙を拭きながら、二人を引き離し話し始めた。
「……俺にも始めはよく分からなかったのだ。例の聖杯の一件以来、俺は年を取らなくなった」
「……確かに、私が晩年を迎える頃には、パーシヴァル殿は仮面を外されず過ごされていましたね。……しかしそんな大事な事、何故私にも黙っていたのですか!」
「……すまない。その頃は、少し不思議な体質程度にしか考えていなかった。心配をかけたくなかったんだ。……だが、150年を過ぎた頃、流石におかしいと気付いた。そして俺はとうとう“死んだふり”をして、自分の屋敷を去ったのだ。……先祖の墓に列べないのは名残惜しくもあったが、死ねぬのであれば、化物と罵られる前に自分から死に場を探すしかなく、俺は独り旅に出た」
「「……」」
「ーーー……だけど死なない。自殺を図ろうと、2000年前に世に溢れ出した魔物達にその肉を齧られようと、俺は死ななかった」
そう。……シヴァはこれまで襲い来る死には、常に身を晒してきた。
そして、その度に死ぬことは無く、痛みに耐えながら自分の身体が復活される迄、じっと何かを考えていた。
シヴァは照れ臭そうに、思い出し笑いでもしているかの様に、小さく笑いながら言う。だけどそれは、身の引き裂かれそうな切ない微笑み。
「ーーー正直、気が狂いそうだったよ。……だけどふと、自領に戻ったとき、パールヴァティと言う名のジャンヌそっくりの俺の子孫が、冒険者になる為、家を飛び出そうとしている所に出くわしたんだ。俺は引き寄せられる様に、そのままパールを追いかけた。やがてパールは、俺に気付き共に旅をする仲間となった。ーーー……それ以来、俺はパールの子孫を見守り続けてきたんだ」
ジャンヌは、その話を聞き、申し訳なさそうにシヴァに告げた。
「……パーシヴァル殿。貴方のその原因について、私は知っています。それは多分パーシヴァル殿の中に、ゼロス神様の欠片が交ざっているから……」
「は?」
「知ってるよ、ジャンヌ」
話について来れていないガラフを無視して、シヴァはジャンヌの頭を撫でた。
「お前達が世を去って、およそ700年ほどだった頃、1匹の精霊が教えてくれた。ーーー……ゼロが、ゼロス神だったとな」
「!? ゼロが……主神ゼロス様!? そ、そんな馬鹿な!?」
「……ルシファーにその魂を復活させられたのだから、そのくらいは知ってるかと思っていたが……。ガラフ、お前また躍らされようとしてるんじゃないのか?」
「ま、また?」
「ああ。騎士を試すための聖杯、あれ自体が全て戯れだ。ゼロスは騎士などどうでも良かった。ある目的の為の、大掛かりな芝居だった。お前の求めた騎士道など、ゼロスにとってその程度だという事だ」
「パ……パーシヴァル殿、ゼロス様は……そんな……」
……ジャンヌは必死に言い募ろうとするが、この件では、残念ながらシヴァの言い分のほうが、真実には近かった。
シヴァはジャンヌを無視して、部屋の机の引き出しを引いた。
そしてそこから取り出した小箱に、ジャンヌの目が見開かれる。
「……オルゴール……。何故それを」
「ーーー顔色が変わったな、ジャンヌ。そう、これはお前の死後一年後まで、美しい音色を刻んでいたオルゴールだ。それ以降、ピクリともその音色は響く事はなくなった。……俺は愚かにも、コレのことを“薔薇のハート”と呼び、お前の形見として大切にしていた」
「ーーー……まさか……」
「コレのカラクリも、精霊たちから聞いた」
シヴァが憎々しげに、オルゴールを床に投げつけた。
ーーーガシャンッ …………♪……♪……
床にぶつかった衝撃で、オルゴールの蓋が開いた途端、そこから美しい音楽が流れ出した。
「お前の心に、ゼロスがいる時その音色がなるらしいな?」
「……」
「俺と共に過ごしている時も、子供達といる時も」
シヴァの声に、深い、憎しみと怒りが混ざる。
「ーーー……その音は、鳴り続けていたな」
ジャンヌはその仄暗いオーラに気圧され、一歩後ずさった。
シヴァは暗いオーラを立ち昇らせたまま微笑む。
「俺に懺悔しろ。そして、……もう一度、俺と共に来い」
「っ」
言葉を失うジャンヌに、シヴァは手を差し伸べた。まるでどこかのプリンセスを誘うように。
ーーーッパシィーー……
「……」
ジャンヌがその手を叩く音が、部屋に響いた。
シヴァがそれを睨む。
「ーーー……開き直るか?」
「開き直るも何も、何様だ!? パーシヴァル殿! ゼロと私は何も無かったし、ゼロス様をかのダンジョンで見送って以来、生涯どころか死してなお、その姿を拝むことは無かった!」
「その心にいつまでも残っていただろうが! オルゴールの音が何よりの証拠だ!」
「オルゴールは、ゼロとして共に過ごしたときに交わした約束を、律儀にも果たしてくれたに過ぎない。そもそも、パーシヴァル殿や子供達も、美しい曲だと言って、共に楽しんでいたではないですか!」
「そんな曰く付きだと知らなかったからだ。常識的に考えておかしいだろう!? 夫や子供の前で、元カレからのプレゼントをひけらかすか!?」
「元カレでは無い!! おかしいのはそちらだ! そもそも私の中で、ゼロス様に対しての未練など、欠片も無かった。ただの過去の記憶、良き思い出として心にしまっていただけ。生涯パーシヴァル殿に良き伴侶として仕えた自負はある! それ程までに貴方を愛し、共にいた。これ以上……貴方はどこまで私を束縛したいのだ? この女々しい束縛男がぁっ!!」
「女々しいのはお前だろう! 未だにオルゴールがなっている! 何千年ゼロスに縋るつもりだ!? アバズレ女めっ!」
「縋ってない! それに残念だが私はもともと女だっ、このっ……」
最終的に、ただの罵り合いになってきた所で、ガラフがドン引き気味に進み出て言った。
「……なあ二人共、痴話喧嘩は後にしねえか? 今はそれどころじゃなくて……」
……そう、これが“痴話喧嘩”という言葉の正しい使い方だ。
二人は肩をいからせたまま、睨むようにガラフを見た。
ガラフは更に引きながら、話を戻す。
「……、……パーシー。俺らがここに来たのはアレだ。お前がなんか、世界樹を狙ってんだってな? それを知った主神ゼロス様が怒って、世界諸共お前を消そうとしてるんだ。ーーー……なぁ、今すぐやめてくれ。そうしたら、ゼロス様が思いとどまってくれるかも知れねえんだと」
シヴァはその言葉に目を丸くした。
「……ゼロスが、そう言ったのか?」
「いや、又聞きではあるんだが、間違いねえ。魔王や魔……じゃ無くて、ルシファーや、森の番人達が、すごい形相で俺達に頼んできた。お前を止めろって」
「……パーシヴァル殿。私のかつての行いで、勘違いと嫌な思いをさせてしまったのなら、この通り謝る。ーーー……だからどうか、軍を引いて欲しい。そして、……共にゼロス様と、世界樹様に謝ろう。きっと聞き届けてくださる筈だから」
「……」
沈黙するシヴァの顔が歪む。
ーーーあはははははっ、あははは、はははははははははははは……。
「「!?」」
突然、弾ける様に響いたシヴァの咲い声に、ジャンヌとガラフは目を丸くした。
「な、……何が可笑しい?」
ガラフが、もはや恐怖を感じつつ尋ねると、シヴァはあまりの笑い過ぎにより目尻から溢れた涙を拭いながら答える。
「はは、あはは、いや何。……ゼロスがとうとう怒ったかと思うと、可笑しくてな」
「……パーシー、お前……」
「すまんがガラフ、俺は止めない。折角、やっとここまで来たのだからな。ーーー……なあガラフ。お前は俺に忠誠を誓っただろう。俺と来い。俺という存在を、最後まで見届けるがいい。それに、その程度で滅びる世界なら、始めから無ければよかったと言う事だ」
ガラフは、じっとシヴァを見つめた。
そして重い口調で、唸るように言う。
「そうだな。パーシー、お前の言う通り俺は騎士だ。騎士は主の為ならその命を厭わず、何処までも付いてってやる。それが騎士の誇りだ」
その言葉に、満足げに微笑むシヴァを、ガラフは睨み言った。
「ーーー……だけどな、騎士の戒律に一つ“注意書き”があるんだぜ。ーーー“騎士は主に忠誠を誓う。その主が、天道を踏み外さぬ限りは”ってな。信仰のない今のお前に、俺はその忠誠ってやつを尽くさなくていいんだってよ」
「……。……俺の中にゼロスがいる。俺は今や“シヴァ”と言う皮を被った神だ。……違うか?」
「違うね。それとも、神に成り代わりたいとでも思ってんのか? パーシヴァル、今のお前は狂ってる。自分を思い出せ」
ガラフはシヴァを真っ直ぐ睨み、言い放った。
シヴァは、ジャンヌに目を向ける。
その視線を受け、ジャンヌは無言で首を振った。
「そうか。……なら、力ずくというわけだ」
シヴァは大きなため息を吐き踵を返すと、二人に背を向けテントの幕の外に向かって言った。
「聞いたか? また遊んでいいぞ、カーリー」
ーーーミシ……
ーーーバギンッ!!!
部屋が……否、テントが崩壊した。
同時に二人の少女の声が被る。
「あっはーーーーーーっっ!!! やったっ!! ブッ殺すっ!!!!」
「交渉失敗! 退却します! ガラフさんっ、ジャンヌさん、捕まって!! えぇーーいっ、もうっ! 来ないでっ!!」
ーーードッ……
弾ける光の中で、シヴァが叫んだ。
「ジャンヌ、ガラフ、絶対に逃さんぞ! ここで逃れようと、俺は必ずお前達を捕まえてやるっーーー待っていろ!!!」
それはまるで、勇者が決戦を前に立てる“誓い”の如き力強さを放つ叫び。
ーーーそしてその時、海に浮かぶ小島から、島を半壊させながら緑の光が飛び上がり、流れ星のように、彼方へと飛び去って行ったのだった。




