神は沈黙を守り賜うた 〜ファーストインパクト④〜
その巨大な拳を押し返しながら、クリスはカーリーに怒鳴る。
「なっ、なんて事をするんですか!? この世界が……、普通に壊れてしまいますよ!」
「平気だよ。魔改造エルフが居るもの。あ、だけどその抑えてる手を離したら、壊れちゃうかも? ……世界を守りたいんでしょ? ……だったら、ティターンが消えるまで、脇がガラ空きってことだねっ!」
「ーーーっ!」
カーリーが突き出す短剣が、クリスの脇を正確に捕えた……
……筈だった。
ーーーバシュン……
そのナイフはクリスに届かず、代わりに1つの人影を切り裂き、消滅させた。
クリスは目を見開いたまま呟く。
「……ガラフさん? ……なんで……」
「あれっ? オカシイなあ。失敗失敗、もう一回……」
カーリーが首を傾げつつも、再びナイフを構えた時、ゆらりとガラフの実体が、クリスの前に浮かび上がった。
ガラフは言う。
「そのもう一回も俺にしろ、嬢ちゃん」
「!?」
クリスはガラフの後ろ姿に、泣き出しそうな顔で叫ぶ。
「なっ、何やってるんですか!? 実体を消して、隠れていてくださいっ! 大丈夫ですからっ……」
しかし、クリスの願いに反して、ジャンヌ迄がふわりとその実体を現した。
「……なんで……」
目に涙をためながら、問い詰めようとするクリスに、ガラフは振り向き困ったように頬を掻く。
「……なんでって……、戦うの嫌いなんだろ? 俺達を守る為に戦いながら、ずっと震えてたじゃねえか」
「……!?」
クリスが慌ててティターンの拳を押さえる細い手を見ると、それはプルプルと震えていた。手だけじゃない。足も、肩も、歯の奥も。
「コレは……違ってっ……」
「もういいんだ。あいつら言ってただろ。俺達を4回砕けば、案内してくれるって」
「駄目ですよっ! あの人たちの言う事が本当かどうかは分かりませんし、それに……。……私は、……強いのですから……っ!
なお言い募ろうとするクリスを、ジャンヌが優しく抱き締めた。
「ーーー……ありがとう。しかしシヴァは優しい男だ。そんな卑怯なことはしないよ。……それに、それほどの力を持ち、戦いを嫌う。それはこの世界に於いて、とても尊い事だ。私達は平気だ。だからどうか、今はその心を守ってくれないか?」
「ーーー……っ」
その時クリスは知った。
いくら力を得ようと、思い通りに行かない事があると。
いくら力を得ようと、決して自分は強く等なかったと。
ーーー守るはずが、守られてしまった。
ーーー守ることの難しさ。
ーーー成し遂げることの難しさ。
ーーーそして“本当の強さ”を、クリスは知ったのだった。
そしてジャンヌ達は気付かなかった。
その行動と言葉が、力の開放を厭わなくなったこの少女による、ひとつの世界の崩壊から世界を守ったことに。
成り行きを見守っていたガルダが口をひらいた。
「ーーー……君たち二人が、“客人”かな? 随分弱そうだけど、気構えだけは立派だね」
「そうだな。おめえ等みたいな化け物じみた強さはねえが、おめえ等みてえなガキ共にゃ負けねえよ。これ以上エルフのお嬢ちゃんを虐めるな」
「あっはっはっ、虐めてないよ。ーーー……だけどまあ、その子より話は通じそうだ。君達の名は?」
「俺はガラハ……」
「ガラフっ!!」
ガラフが名乗りあげようとした時、ジャンヌが慌ててそれを止めた。
“ーーー死者は名を名乗るな”
……ルシファーからの言葉を思い出したのだった。
二人は顔を見合わせ、言葉を詰まらせる。
「「………」」
「……なんだよ。名前を名乗れていっただけだろ? ガラハ? ガラフ?」
「……ガラフ……、……ま、あー……待て。待てよ? 違うからな?」
しどろもどろと目を逸らせながら言うガラフに、ガルダは首を傾げた。
「……ガラフマー? ……何を待つんだ?」
「あ、……うんそう。ガラフマーだ! 俺はガラフマーだ」
……。
「……。もう一人の君は?」
「ゔ……」
ジャンヌもジャンヌで考えていなかったらしく、蚊の鳴くような声で言う
「いゃ……ジ……ンヌ」
「ゔィジヌ? ……聞こえないけど」
「そ、そう! 私はヴィジヌ!」
……。
ーーー……こうして二人は後に、シヴァに並ぶ神格“ガラフマー”と“ヴィジヌ”として認知される事となっていく。
「そう、いい覚悟だね。カーリー、消していいよ。ガラフマーは2回、ヴィジヌは3回。数え間違えないようにね」
ガルダの言葉に、カーリーは嬉しそうに笑った。
◇◇
小さな島の山の麓の小さなテントに、小さな明かりが灯っていた。
ガルダがそのテントの幕を、押し開けながら声をかける。
「シヴァ、連れてきたぜ」
続いて、ガラフとジャンヌ、そしてクリスが幕をくぐった。
「言ってた客人、ガラフマーと、ヴィジヌ、それからオマケのクリシュナだ」
……クリスは、ガルダ達に名乗った時に自分の名前を噛んでしまった。
『ーーーックリシュな……のデス……』
かつてその力を諸現させたことの無いクリスは、神々の中でも名は知られておらず、そのまま彼らに定着してしまった。
ガルダの言葉に、シヴァがテントの影になっていた場所から、笑いながら姿を現す。
「……ふ、ルシファーの入れ知恵か。ガラフマーと、ヴィジヌ?」
「「っ!?」」
その男の姿を目にした二人は、目を見開いた。
二人の記憶にあるパーシヴァルの姿は、ブラウンゴールドの短く整えられた髪の美男子だった。
しかしそこに居たのは、色を失った灰色の髪を膝裏まで伸ばした、体中に生々しい大きな傷跡を刻んだ男だった。
二人の驚愕にふと気付き、シヴァは頭を掻いた。
「……この傷か? ちょっとダンジョンを攻略に行ってたんだが、失敗してな。気にするな、すぐ治る」
その言葉に、ジャンヌ達ではない驚愕の声が上がった。
「えーー!? シヴァお兄失敗したの!?」
「トラップにハマったとか!? ださいなぁ!」
「はは、違う違う。単純に力不足だった。俺は戦神には認められなかったというだけだ」
笑いながら答えるシヴァに、カーリーが頬を膨らませた。
「お兄で、駄目とか絶対無理じゃん。クリシュナも強かったけど、戦う気のない腰抜けだもん!」
「そう言うな。人には、得手不得手があるんだ。カーリーだって椎茸が嫌いだろう?」
「……ゔ……」
言葉をつまらせたカーリーに、シヴァは優しく頭を撫でながら言った。
「そして、当然得意な事もあるんだ。もっとクリシュナと遊びたかったんだな。よく我慢して連れてきてくれたな」
カーリーがまるで子猫のように満足げに笑った。
そしてシヴァはその手を離すと、ガルダ達三人に申し訳なさげに言った。
「……みんな、すまないが少し席を外してくれ。俺の大事な客なんだ。何かあれば、直ぐに声を掛ける」
シヴァの一言で、一族の面々は素直に退室して行った。
それを見届け、ジャンヌもクリスに声をかけた。
「クリス、ここ迄連れてきてくれてありがとう。すまないが、クリスも少し席を外して貰えないだろうか? ……3人だけで、話がしたいんだ」
クリスは少し考えこむように沈黙した後、頷いた。
「……何かあれば、直ぐに来ます。では、後ほど」
クリスも去りテントの幕が降りると、シヴァはジャンヌとガラフに向き直り、その変わり果てた姿で、二人にとって記憶通りの笑顔を浮かべながら言った。
「久し振りだな。ジャンヌ、ガラフ」
「お久しぶりです。パーシヴァル殿」
「俺らにとっちゃ、一年ぶりだがな。エデンで一年観光して、流れに還ったから……」
ーーーガシ
ガラフの言葉を遮り、シヴァは吸い込まれるように、二人の肩を抱き締めた。
ジャンヌが、目を白黒させながら、その名を呼ぶ。
「……っパ、パーシヴァル殿?」
「……っ会い……た……、かったっ。……本当にっ…」
ーーー二人の生涯記憶の中に無い、男の泣き顔がそこにあった。




