神は、沈黙を守り賜うた 〜ファーストインパクト②〜
少し今回長いです。
5000文字くらいあります。
《クリス視点》
ーーー私が、お守りしましょうか。
気付けば私は森の中で、そう声を上げていた。
直後、私を責めるようにお祖母ちゃんの言葉が、私の頭を過ぎる。
ーーーその力を以て、あなたはこの世界に干渉してはなりません。それは、貴方の“仕事”のために与えられた力なのだから。
その頃は、意味のわからなかった言葉も、今では流石に分かるようになった。お祖母ちゃんは、“職権乱用”は社会人として相応しくないと言ってたんだ。
ある時からお祖母ちゃんの許しを貰って、森で一人暮らしを始めた。
するとレイス様が、ちょくちょく私の様子を見に来てくださる様になって、そしてその都度、レイス様はいつも私に優しくして下さり、私にいろんな力や能力を下さる。
その力はいつしか私の一部となり、私自身となって行き、やがて私はレイス様とゼロス様以外の人達を、誰も怖いとか、凄いとか思わなくなっていった。
……だから私は、この世界に何が起こっても手を出さなかった、……ううん、出せなかった。
私が何かをしたいと思って触れれば、きっと全部私の思い通りに行く。同時に、誰も自分の願いや想いを、叶えられなくなる。
……そしてそれは、逃げ出したくなる程につまらない、孤独な世界。ナイトメアが、いつか夢で私にそう教えてくれた。
私は、この力を使わないよう、細心の注意を払いつつ生きる。
私は満たされてるから、望む必要はない。望んではいけない。
何にも、誰にも、触れないように、壊さない様に、崩さない様に。
ーーーだけどアインス様の前で、かつて見たことのない様な、険しいお顔のゼロス様は仰った。
“しょうがないね”
……。
……この世界が、滅ぶ?
私まだ、まだなにもしてない。やるべき仕事も、まだ始まってない。……まだ何もしてないのに?
ふと、幼い子供の泣き声が聞こえた気がした。
ーーーどこ行っちゃったの? ……待って! おいていかないでぇ!! パパァーーー……
それはずっとずっと前に、何も言わずに消えてしまった優しいパパを呼ぶ、幼い頃の無力な私の声。
そしてそれは、この力を授かるずっと前に、泣き叫びながら望んだ私の願い。
私はその時初めてこの禁断の力を私の意思で、私の願いの為に解き放とうと思った。
そして心の中でそっと、今はもう居ないお祖母ちゃんに謝る。
ごめんなさい、お祖母ちゃん。
私、またパパに会いたいの。
ーーー……だからこの世界を、絶対に終わらせはしない!!
◆◆
クリスは焦った。
突然目の前に現れた、ガムの様に粘つき伸びる糸に体を絡め取られたからだ。
そして、それから逃れようと足掻くより先に、クリスは叫んだ。
「二人とも、実体を消してっ……」
ーーーバシュッ……
しかしその叫びで、二人が行動を起こすまえに、鈍い空気を切り裂く音と共に、ジャンヌとガラフの胴体が離れた。
「なっ……?」
突然の出来事に、二人は目を見開いたまま、その姿を消滅させた。
二人を切り裂いた影が、楽しそうな声で言った。
「1回、しぼーーーっ!」
「くっ……、良いですか、二人共。出てきてはいけませんよ」
クリスはそっと、懐に仕舞われた2つの魔核に囁きかけた。そして、自分を捕らえる蜘蛛の糸を引きちぎる為、細く引き伸ばしながら、二人を切り裂いた少女を睨む。
「……あなたっ、確かカーリーちゃんとか言いましたよね? 突然なんて酷い事をするんですか!? 親の顔が見てみたい程の蛮行ですよ!」
カーリーは、粘着性のない、縦糸に掴まり笑った。
「あ、残念! お父さんとお母さんはね、もうこの腕しかないの。私が殺しちゃったからさ。ねえ?」
カーリーがそう言うと同時に、二本の腕を高らかに掲げながら跳び上がると、他の手に持ったナイフを突き出した。
ーーーヒュォん…… ……ブチッ!
身の毛のよだつ様な切り裂き音を響かせ振り払われたナイフを、クリスは身を捩って避けた。その拍子に、クリスを捕まえていた糸が切れた。
糸から抜け出し、素早く身構えるクリスを見たカーリーが、ハタと動きをとめる。
「え!? 転移者が魔改造した“蜘蛛の巣の植物”から抜け出した!? ……て、あれ? ルシファーじゃない。……あなた誰?」
「え?」
目を丸め、不思議そうにクリスを見るカーリー。
「シヴァお兄が言ってた。その内、ルシファーが“オキャク”を連れてやってくるから、聖域との直線上で張っておけって……。ついでにルシファーは、そのまま殺しちゃって良いからって言われてたから、楽しみにしてたんだけど」
「な……っ」
あまりに残忍なその言葉に、クリスは言葉をつまらせた。
そしてその時、新たな植物の蔓に掴まったラクシュミが、溜め息を吐きながら姿を現した。
「もう、カーリーったら本当に殺すことが好きなんだから……。殺そうとする前に、その対象かどうか位確認をなさいな」
「はーい……。……ちぇ、まだ生きてるんだからいいじゃん」
「カーリー? その方が魔王以上クラスだから、生き残ってるのですよ! ちゃんと反省なさい!」
「はいはい! 反省してますぅ、ゴメンナサイ!」
口を尖らせて答えるカーリーに、ラクシュミは困ったように顔をしかめながら、クリスに向き直ると、穏やかな声でクリスに話しかけた。
「……あなた方が、シヴァ様の“客人”ですか?」
「……多分そうです。だったらどうしますか? あなた達じゃ私は倒せませんよ」
緊張した面持ちで尋ねるクリスに、ラクシュミは微笑んだ。
「シヴァ様の所に、ご案内しますわ」
「え、本当!?」
「但し、条件がありますわ」
「?」
思いもよらなかった返答に、クリスは首を傾げた。
ラクシュミは微笑みを称えたまま言う。
「その聖者の映し身の実体を、後三度ほど滅ぼさせて下さい」
「!? 駄目ですよ! そんな事をしたら核が砕けてしまうのですから!」
聖者達は、その核に込められたマナを一気に使い果たすと、その身が砕け、ふたたび流れの中に還ってしまう。
ジャンヌやガラフはその姿を実体化をさせるのに、かなりのマナエネルギーを使っている。
マスタークラスになると映し身の実体を、その右手に集中させて後の身体はダミーなどという小技を器用に使って、省エネ仕様で実体維持も出来ていたが、ジャンヌやガラフのような新参聖者にはまだ無理だろう。
……因みに、俺はマスターの右手の実体を“ミギー”と呼んでいた。まあ、皆には内緒だけど。
とは言え、実体は作っておかないと本体である核を守ることも出来ないし、話すこともままならないから、大抵みんな実体を作り出している。
そして、ジャンヌ達のような一般的な聖者達が、自身のマナで本体を作り直せる回数は、大体5回ほどが限界だった。
ラクシュミは肩をすくめながら言う
「砕けはしないでしょう? 先程の1回を合わせても4回。後が無くなるだけですわ。人間は普通、一度死ねばそれで終わり。同じ条件、同じ立場で話し合いましょうというだけの事ですわ。それが私達が聖者に提示する“フェア”となるための条件です」
「っ何がフェアなものですか! こんなか弱い聖者に、ダンジョンに封印されていた武器をひけらかしてっ! それ、アゾットの短剣に、転移者に魔改造された植物達でしょう! そんな条件呑めませんからね。そもそも、私はシヴァの居場所を知っていますから、案内は不要です」
クリスがそう言って、2つの小さな核をそっと両手で抑えた。
……一応フォローをしておくと、、ジャンヌは生前“剣聖”の称号を得て、ガラフは生前“真の騎士”の二つ名を持っていた。そして、当時の人類“最高”の一角として、名を馳せては居たんだよ。
カーリーがボソリと呟く。
「……邪神に魔改造されたエルフがよく言う……」
「っな!? レイス様は邪神なんかじゃ……」
否定しようとするクリスを無視して、カーリーはラクシュミを見上げて言った。
「ラクちゃん。こっちの事ばっかり悪者にしようとするエルフがウザい。殺っていい?」
「良いですけど、カーリーじゃ敵わな……いえ、良いでしょう。殺すつもりで足止めしてください」
「オッケー! やった! めんどくさい話してるより、そっちの方が絶対楽だよっ!」
カーリーが楽しそうにそう笑った瞬間、その姿が消えた。
ーーーガシッ……!
カーリーの突き出したナイフを、クリスが片手でその手首を掴み、受け止めていた。
「……おかしいな、16200柱の神様達に祝福してもらってるのに、何でそんなに簡単に受け止められちゃうの?」
「私はその神様達全ての、始まりの神様に愛されてますので。ーーー……格が違うことを理解して下さい!」
ーーーガガガガガガガガガガガガガガッ
凄まじい突きを繰り出しながら、カーリーが言う。
「ずるいなぁー。何それ、チート? 狂ってるね。一発も当たんないなんて、ヅルツヨ過ぎだよ!」
クリスはその全てを、片腕で受け流しながら言い返した。
「貴方がソレを言いますか!? アゾットの短剣を、そこまで使いこなせている貴方が! それは呪われた短剣ですよ!」
ーーー……アゾットの短剣。
それはかつて、レイスがノリと勢いで創り上げた短剣だ。
常時ではただの切れ味が凄まじいナイフだが、ある条件をみたせば大地をも砕く、破滅の力を発揮する。
その条件とは、“心から愛する者の胸をその剣で突き、刺殺する事”だ。
『……レイスはゼロスの兄妹だから、声をなくしたゼロスに、いつかレイスはこれを渡す事になる気がする』
以前言葉を失ったゼロスが、聖杯戦争に出掛けている時、レイスがそんな事を呟いていた。多分“人魚姫”からインスピレーションを得たんだろう。
レイスは本当に、童話が好きだ。
そして、いつも仄暗い部分に着目する。
カーリーは、後ろめたさの欠片もない笑顔で頷いた。
「うん。私はお父さんとお母さんが大好きだったんだ。だから、殺したんだ。そしたら、凄い力が出るようになったんだよ!」
「……っ狂ってる! あなたは一体何故……」
その狂気に、クリスが声を上げようとした時、突然空から燃え盛る“炎の壁”が落ちてきた。
「っ!?」
クリスが真空の障壁を作り出し、その炎を凌ぐと、軽快な響きを持つ男の声が掛けられた。
「やあラクシュミ、それが“客人”なの? どう見ても、ルシファーには見えないケド」
ラクシュミは上空に向かって頷いた。
「やっと来ましたか、ガルダ。そう、どうやらルシファーより厄介なのが来てるみたいですが、客人に間違いはなさそうです」
「へえ、そうなんだ」
上空に静止する30才位の男が、じっとクリスを見下ろした。
神の鎚ミョルニルを肩に掲げ、その背に一対の炎の翼をはやした男。ドワーフの血を感じさせない、高身長のガルダが居た。
ーーー……因みにミョルニルは、ゼロスが神々の住む星を創っている際、片手間にノリと勢いで創り上げた鎚だ。
ラクシュミは自慢げに、カーリーに言う。
「カーリー、難しい話をゆっくりするのも悪くないでしょう? 良い時間稼ぎになりましたでしょう」
「……。本当は、おじちゃんが来る前に終わらせておきたかったんだけどね。……おじちゃん怖いし……」
そう、ボソリと言うカーリーに、ガルダは笑った。
「そう言うなよ、僕の可愛い姪っ子ちゃん。そうだ! 瞬速で終わらせて、高い高いをしてあげるからね」
「ーーー……ヤダよぉ」
片目をバチコンと閉じてウインクを決めるガルダに、カーリーがゲッソリとため息を吐いた。
ラクシュミは、そんなガルダに低い声で言う。
「ガルダ、油断はなさらないで下さいね。結構……いえ、かなり強いですよ」
ガルダの口元が歪んだ。
「はっ、勘違いしないでよ。僕は、いくら可愛くても、油断も手加減もしない。ーーーアイツはもう……終わってるからね!」
「ま、まだ終わっては無いですよっ!」
クリスが逃げようと脚に力を込めたと同時に、ガルダは鎚を掲げ、振り下ろした。
※注釈。
クリスは最強ですが、攻撃はしないと誓いを立てています。
この攻防は、夏の沼地で蚊から逃げる人間をメージして頂ければ嬉しいです。(※勿論、蚊を叩き潰してはいけません)(;・∀・) *~




