神は沈黙を守り賜うた 〜ファーストインパクト①〜
やがて再び神々が沈黙し、森に静寂が戻った頃、各々の役割が決まった。
ハイエルフは聖域を守り、ルドルフが魔獣を率い聖獣を抑え、ルシファーは亡者を率い、楽園の聖者達と対峙する事となった。
そして勇者を始め八百万の神々の祝福を受けた人間や、天使達を迎え撃つのは当然ながら“魔物を統べる王”ラムガルだった。
「では僕は魔王と共に行く。状況を把握しつつ、ダークエルフ様と伝令指示を纏める」
順序よく名乗りを上げ、着々と纏まりつつあったその場で、ふいに不協和音が混じった。
「……嫌だ」
ラムガルだった。
ポヨポヨマスターは、慌ててラムガルに抗議の声を上げた。
「!? ここに来て、一体どう云うつもりだ!? 魔王!」
「よいか? 余はまだ貴様の言葉に頷いてはおらぬ! 誰が貴様となぞっ……」
「「「「……」」」」
青筋を立てながら吠えるラムガルに、皆の無言の視線が注がれる。
“ーーー……何わがまま言ってんだ、このオッサン。いい大人の癖に……”
そんな視線だった。
無言の視線に晒され言葉を失う魔王に、かつての賢者は静かに言い放った。
「……最早ここまでだ。魔王よ、覚悟しろ」
「くっ、貴様正気か!?」
「……僕だって、こんな結果は望むところではない。だが、僕はこの世界のためなら、己を犠牲とする覚悟はとうに出来ているのだ!」
「馬鹿なっ……くっ、賢者ごときがっ……!! まだだ。まだ余は諦めぬっ。貴様を……貴様を、余の前から消滅させてくれるわぁーーーーーーっ!!」
ーーーこうして、ラムガルはポヨポヨマスターを無視することに決めたそうだ。
ラムガルは、憎々しげに独り言を吐く。
「……フン。居ない者が余の肩に、ゴミの如く絡まっていたとしても、何の不具合も不都合もないわ!」
ポヨポヨマスターは肩をすくめながら、ため息をつく。
「……つまり、僕にその肩にでもたかっとけってこと? ……保護結界でも出してくれた方が、距離が保てて良いと思うんだけどね」
「冗談を抜かすな。誰が貴様なんぞを守るために……。いいか? 余が貴様を守るなど、世界が滅びようと絶対にあり得んわっ。消えたく無ければ、おのれが余から離れぬ事だな。死にものぐるいでしがみついているがいいわ!!」
ツーンとそっぽを向きつつ言うラムガルは、プライドの為に自分の首を締める道を選んだんだ。
そしてラムガルの肩にポヨポヨマスターがよじ登ると、誰が言うでも無く皆が深く頷き、それぞれがそれぞれの準備の為に、一斉に散って行った。
◇
ーーーとある小島の山中にて。
ーーーザンッッ
白刃が一閃した。
正確には、その一閃の間に、8度の剣戟が繰り出されていた。そして最後に美しい大剣エクスカリバーが振り抜かれた瞬間、大地が抉れ、爪を振り上げていた鬼の頬から、一滴の血潮が飛んだ。
「かっかっかっ!! なぁ、風神よ! 久し振りに骨のある奴だぞ!」
「ふ、かすり傷を貰うとは、耄碌したものだな。雷神よ」
静かに目の前の戦いを眺め笑う風神に、雷神がそれは楽しそうに解説をする。
「いや、油断ではないぞ? こいつ、面白い力を使ってくる上、剣技もなかなかに上手く使う。剣に主神様の加護が籠もっているな。俺の爪を剣で受けてくるぞ」
「ほう? ならば次はわしにも相手をさせろ。死なせん内に変わってくれ」
この上なく楽しげに話をする鬼達に、もう己の血で血塗れとなっている相対者は、焦った様に声をかける。
「ま、待て。ーーー攻略の、羽織を手に入れる為の条件を聞いてもいいか?」
それはパーシヴァル、いや、シヴァであった。
鬼達は、ふと顔を上げシヴァを見ると、声を揃えて言った。
「「わし(俺)等を同時に相手にして、倒した場合だが?」」
「……やめだ」
鬼達の答えに、男は目を閉じ、構えていた剣を降ろした。
「? 待て、まだ試合は終わっておらぬだろう?」
「試合の為に来たのではない。“戦神の羽織”を取りに来ただけだ」
「ならば、次はわしと戦え」
「戦わないよ。俺では力不足だ。……全く、祝福の存在を隠していたというのに、一体どれほど頑丈に守っているのか……。入手させるつもりが無かったとしか考えられんな」
……いや、それはマスターの設定ではなく、レイスの提案によるものだね。
男はため息を吐き、剣を拭くと鞘に収めた。
鬼達はつまらなそうに、シヴァを見下ろす。
「……終わり、なのか?」
「ああ、割に合わん。ここまでやってやっとかすり傷1つ。それを同時に2体相手に完勝しろなど、……“ふざけるな”と言いたいな」
「ふざけてなぞない。この高みこそが、我らの生き様よ」
鬼達の物言いを、シヴァは鼻で笑う。
「……ふん、守るものが無くていいな、お前達は。せいぜいその高みとやらで、誰にも相手にされず、忘れられてゆくが良い」
「なんじゃ、その物言い。まるで忘れられぬ為に、必死で守るべき者にしがみついている風にも聞こえるぞ?」
「……」
無言で睨み返すシヴァに、鬼は言った。
「お主の事は何一つとして知らぬ。だがその“全てを超越しようとする目”を見て思う。……惨めだな」
ーーーザッ……
シヴァは、黙って踵を返した。
鬼達は興味を無くしたようで、シヴァを追う事はせず、七輪に火をかけ、松茸を炙りながら酒を飲み始めた。
◇
とある荒野で、少女と女性がのんびりと座ってお茶を飲んでいた。
少女と女性の肩からは、それぞれ四本の腕が伸びている。そう、カーリーとラクシュミだった。
ラクシュミは30歳手前……では無く、20代後半の女性で、カーリーの叔母にあたる。青味の強い紫の長い髪が美しく、この人が怒ることなどあり得るのだろうかと思う程に、穏やかな微笑みを崩す事なく、いつもたたえていた。
ラクシュミが、カーリーのカップに再び茶を注ごうとしたとき、カーリーが空を見上げ叫んだ。
「ラクちゃん! 来た!! 結構早いけど捕まるかな?」
その言葉に、ラクシュミも空を見上げる。
「……大丈夫でしょう。たった今精霊に言霊をとばさせましたので、ガルダが5分で来ます。それまで持ち堪えさせましょう。カウント、お願いします」
「ガルダおじさんかぁー。苦手なんだよね……。あ、来る! 7、6、5、4……」
ラクシュミは、並べていたティーセットを素早く仕舞うと、翡翠のジョーロを取り出した。
……あの美しい彫り物には、見覚えがある。俺の“初代ジョーロ”だ!
ラクシュミが手の中から、手品のようにパラリと小さな種を撒き、ジョーロで水を掛ける。
「3、2、1……」
ーーードッ……
途端、種から凄まじい勢いで、天に向かって蔓が伸び、信じられない勢いでそれは成長すると、……アレだ。
ジャックと豆の木の“豆の木”が出来上がり、その先端が遥か上空の雲の上で花火の様に拡がると、まるで蜘蛛の巣のような、巨大な花を咲かせた。
ラクシュミと、カーリーの声が被る。
「蜘蛛の種。おくらいあそばせ」
「ーーー……0」
次の瞬間、その糸に負荷がかかった。蜘蛛の糸は、緑色の小さな獲物を捕らえたのだった。
……敵側の方が真面目すぎて!
次回投稿は、日曜の午前辺りになります。




