表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
188/582

神は、回収をし賜うた

「あ、あの!」


 皆が担当の話をしていると、突然割って入るように緊張した少女の声が上がった。

 みんなは一斉に、そちらを見る。


「ーーーも、もしその方達がお話をしている間、守るだけで良いいのなら、……私がお守りしましょうか?」


 それは見た目12歳位の、茶色いふわふわとした癖っ毛を持つエルフの美少女。グリーンの動きやすそうなドレスを纏い、俺の根の影からぴょこりと頭を覗かせていた。

 少女の登場で、ルシファーとポヨポヨマスターの顔が引き攣った。


「「っ……」」


 ハイエルフ達は嬉しそうに少女を見やり、ガラフとジャンヌは首を傾げる。


「クリス!」


「……誰だ?」


「わからない……幼い少女としか……」


 顔を見合わせヒソヒソと話す二人に、ルシファーがボソリと言った。


「……この世界の、創世神を除く“最強”の存在だ」


「……はぁ?」


 更に首を傾げるガラフ。

 クリスはおずおずと、申し訳なさ気に言った。


「あ、あのっ、私は戦うのとか、みんなを傷付けるのなんて怖くて出来ないけど、……守るだけなら私にも手伝えるかなって……」


 クリスはもともと、好奇心旺盛だが、引っ込み思案な少女だ。

 レイスの前では仕事モードで、祖母のシェリフェディーダの真似をしているが、離れた途端この通り普通の少女に戻ってしまう。


 ハイエルフが少し眉をひそめ、クリスに尋ねる。


「しかしクリス、良いのですか? あなたの祖母から、貴方は聖夜以外この世界に干渉してはいけない、そう教えられたのでは?」


「でも滅びちゃったら、聖夜も無いんでしょ? ちょっとさっき様子を見てきたけどあの人、ルーおじちゃんより強いよ。ルーおじちゃん、絶対負けるよ!」


「……」


 ルーおじちゃんとは、ルシファーの事だ。

 絶対負けると言い切られたルシファーの顔から、生気の様なものがフシュッと抜けた。

 それに気づかず、クリスはジャンヌとガラフに念を押す。


「お姉さん達、あまりルーおじちゃんを頼らないであげて。……ルーおじちゃん、強ぶってるだけで本当は本当に弱いの! 人間の抜け殻の亡者さん達ならともかく、サキュバスさん達よりは遥かに弱いし、願い事を叶えようとする悪魔さん達には、欠片も叶わないんだからっ! ……みんな優しいし、ルーおじちゃんが大好きだから、部下になってるけど」


「「「……」」」


 ルシファーはとどめを刺され地に膝をつき、ジャンヌとガラフは無言でそれを見つめる。

 無邪気なクリスの暴言は止まらない。


「それに魔王のおじちゃんも、小リスのラティーと同じ位しか強くないし、魔物達の指揮もしないといけないから、忙しそうだし……。なら、私が行った方がいいと思うの! ね?」


 ラティーとは、ラタトスクの事だ。……因みにラタトスクは先程から、俺を守ると言いながらやる気満々に鼻を鳴らしていて、出陣の気配はない。


 欠片の悪意もなく、小リス程度と言い切るクリスに、魔王の表情からもフシュッと何かが抜け落ちた。


 それらに気づかない……ふりをしたハイエルフの一人が、クリスの頭を撫でながら言う。


「そうですね。貴方が行ってくれるのであれば、安心です」


 そう微笑むハイエルフに、クリスは嬉しそうに頷いた。そしてふと、ポヨポヨマスターに目を向ける。


「……マー君は、私と一緒に来る?」


「い、いや。僕は本体をパーシヴァルに封じられてるくらいだ。行っても、あいつの神経を逆なでするだけだろう」


 クリスは残念そうに俯くと、再び顔を上げ花のような笑顔で言った。


「そっか。じゃあ、魔王のおじちゃんと仲良くね!」




 ……。





「え"……?」


「なんとっ!?」


 長い沈黙の後に発せられた二人の驚愕の声に、クリスは首を傾げる。


「……だって、ルーおじちゃん弱いし、多分マー君の事守ってる余裕なんてないよ? マー君今、ダンジョン出せないんでしょ?」


 ポヨポヨマスターの顔が引きつり、魔王の顔に焦りが浮かぶ。


「……なっ……」


「っき、貴様、賢者だろうが!? 何かものを申せっ……何か策はないのか!?」


「だ、だって! ーーー……くっ、……っルシファー!? 僕のことは死んでも守るとか言わないわけ!?」


 ……。


「…………オレ、弱いし……」


 咄嗟にプライドも外聞も捨てて叫んだポヨポヨマスターだったが、ルシファーはいじけ過ぎて、もはや虫の息だった。

 ラムガルとポヨポヨマスターは、必死の形相でハイエルフ達に同時に振り返った。


「……構いませんが、我等は森から出られませぬゆえ、前線には出られませんが」


「っ」


 ポヨポヨマスターの顔が悔しげに歪み、魔王の顔が恐怖に引き攣った。


「……やめろっ……言うな! それだけは言ってはならん! ヤメロォーーーーーー」


「はぁー……この際仕方ない。僕を同行させてください。魔王」


「っっうがぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 ラムガルにとっては“バルス”と同じくらいのダメージがあったようだ。

 クリスは花が咲いたような笑顔のまま言った。


「魔王のおじちゃんも大人になるんだよ! じゃ無いと、プレゼントを枕元においちゃうからね! じゃあ、……えーっとジャンヌさんとガラフさんですよね。アインス様から聞いています。私はクリスです。よろしくお願いします」


「あ、ああ、こちらこそ宜しく」


「なっはっは! よろしくなクリス! “さん”はいらねえぞ。俺たちゃ今後仲間なんだからな。喋り方も気楽にしてくれ」


「はい!」


 そして早速行こうとする三人に、虫の息だったルシファーが、慌てて待ったをかける。


「あ、待て! お前ら、ひとつ忠告だ」


「「?」」


「パーシヴァル以外の者に、正体をバラすな。余計な混乱を起こしたくないならな。死者の魂達に、俺が定めたルールだ」


「? 一体何でぇ……」


 訝しがるガラフに、ルシファーが重い口調で言った。


「……例えば……。……例えばの話な、俺がな? ……昔“ガルシア”って人間だとしたらどうする?」


「……え?」


「ガルシアって……あの魔人の?」


 目を見開く二人に、ルシファーは溜息を吐きながら言った。


「例えばの話だ。信じるな。……で、そこの今はポヨポヨになってるダンジョンの主だが、……“賢者”だったとか言われたら?」


「……賢者レイル?」


「ば……馬鹿な? あの性格の悪い村人Aが……?」


 ポヨポヨマスターが、ジトリとルシファーを睨んだ。


「……」


 ルシファーはその視線から逃げるように手を上げた。


「真面目に聞くな。“例えば”だって」


 それから二人を真っ直ぐと二人に鋭い視線を向けると、低い声で言う。


「ーーー……そして、お前らの主や旦那が神殺しだったりする。……余計な混乱を起こしたくなきゃ、お前らも黙っとけ」


 ルシファーの忠告に、二人はコクコクと頷いた。


「おお……」


「……わ、分かった。別の名を名乗ることにする」


 ジャンヌと、ガラフは各々に頷いた。

 そんな二人に、続いてポヨポヨマスターも声をかける。


「……君達には、必ず交渉を成功させて欲しい。だけどもし失敗した時は、こちらも力ずくで対処せざるを得ない。僕らは、二人の交渉が破れ次第、即座に軍を動かすだろう。ーーーそうなった場合、二人の動きをこれから話す。よく聞いてくれ」


 それからマスターは少し二人と話をして、クリスを含む三人を見送ったのだった。




 ◆




 クリスに核を預け、空を高速で漂いながら、ガラフがポツリという。


「しかし、創世神様に、魔王に、魔人に、獣王に、賢者に、森の番人……更にはそれを“おじちゃん”呼ばわりするエルフの子供……。……“聖域”と言うか、なんつーか“魔境”だったな」


「“入らずの森”と呼ばれる理由が、伺い知れたな……」


 深くうなずくジャンヌに、クリスが人差し指をビシッと立てながら言った。


「でも、一番凄いのは世界樹(アインス)様だよ。おふた柱が、何より大切にされてるんだモン。この世界すら厭わない程にね」


 ……。


 ……いやいや、厭ってるよ。

 特にゼロスは今も苦しんでる。レイスは厭ってないけど……、それは俺に関係なくだし。

 そんな言い方をしたら、きっと誤解されてしまうよ。

 何度も言うけど、俺はただの“樹”なんだ。

 ……最近の子は随分と大袈裟な言い方をするから、本当に吃驚してしまう。



 ◆



「……あ、……あの!」


 クリス達が聖域を去ったあと、ふいにまた、緊張気味の少女の声が上がった。


 みんなは一斉にその声の方を振り向き、固まった。


「「「「!!?」」」」



「……もし戦力に困っていると言うのなら、……レイスが戦おうか?」


 ……。


 ーーーガシッ


 突然その背に伸びる翼のような白木が、無表情のゼロスに掴まれる。

 そしてそのままレイスは、ズルズルと俺の枝の影に引っ張って行かれた。


「ーーーッス! ゼロス! レイスもっ! レイスも戦いをしたい!!」


「今はだめでしょ!? 終わったら僕が戦ってあげるから、ちょっと我慢してっ!」



「「「「……」」」」


 俺の木陰からコソコソと聴こえる、更なる絶望の予感に、皆は閉口したのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ