神は、回収をし賜うた
「あ、あの!」
皆が担当の話をしていると、突然割って入るように緊張した少女の声が上がった。
みんなは一斉に、そちらを見る。
「ーーーも、もしその方達がお話をしている間、守るだけで良いいのなら、……私がお守りしましょうか?」
それは見た目12歳位の、茶色いふわふわとした癖っ毛を持つエルフの美少女。グリーンの動きやすそうなドレスを纏い、俺の根の影からぴょこりと頭を覗かせていた。
少女の登場で、ルシファーとポヨポヨマスターの顔が引き攣った。
「「っ……」」
ハイエルフ達は嬉しそうに少女を見やり、ガラフとジャンヌは首を傾げる。
「クリス!」
「……誰だ?」
「わからない……幼い少女としか……」
顔を見合わせヒソヒソと話す二人に、ルシファーがボソリと言った。
「……この世界の、創世神を除く“最強”の存在だ」
「……はぁ?」
更に首を傾げるガラフ。
クリスはおずおずと、申し訳なさ気に言った。
「あ、あのっ、私は戦うのとか、みんなを傷付けるのなんて怖くて出来ないけど、……守るだけなら私にも手伝えるかなって……」
クリスはもともと、好奇心旺盛だが、引っ込み思案な少女だ。
レイスの前では仕事モードで、祖母のシェリフェディーダの真似をしているが、離れた途端この通り普通の少女に戻ってしまう。
ハイエルフが少し眉をひそめ、クリスに尋ねる。
「しかしクリス、良いのですか? あなたの祖母から、貴方は聖夜以外この世界に干渉してはいけない、そう教えられたのでは?」
「でも滅びちゃったら、聖夜も無いんでしょ? ちょっとさっき様子を見てきたけどあの人、ルーおじちゃんより強いよ。ルーおじちゃん、絶対負けるよ!」
「……」
ルーおじちゃんとは、ルシファーの事だ。
絶対負けると言い切られたルシファーの顔から、生気の様なものがフシュッと抜けた。
それに気づかず、クリスはジャンヌとガラフに念を押す。
「お姉さん達、あまりルーおじちゃんを頼らないであげて。……ルーおじちゃん、強ぶってるだけで本当は本当に弱いの! 人間の抜け殻の亡者さん達ならともかく、サキュバスさん達よりは遥かに弱いし、願い事を叶えようとする悪魔さん達には、欠片も叶わないんだからっ! ……みんな優しいし、ルーおじちゃんが大好きだから、部下になってるけど」
「「「……」」」
ルシファーはとどめを刺され地に膝をつき、ジャンヌとガラフは無言でそれを見つめる。
無邪気なクリスの暴言は止まらない。
「それに魔王のおじちゃんも、小リスのラティーと同じ位しか強くないし、魔物達の指揮もしないといけないから、忙しそうだし……。なら、私が行った方がいいと思うの! ね?」
ラティーとは、ラタトスクの事だ。……因みにラタトスクは先程から、俺を守ると言いながらやる気満々に鼻を鳴らしていて、出陣の気配はない。
欠片の悪意もなく、小リス程度と言い切るクリスに、魔王の表情からもフシュッと何かが抜け落ちた。
それらに気づかない……ふりをしたハイエルフの一人が、クリスの頭を撫でながら言う。
「そうですね。貴方が行ってくれるのであれば、安心です」
そう微笑むハイエルフに、クリスは嬉しそうに頷いた。そしてふと、ポヨポヨマスターに目を向ける。
「……マー君は、私と一緒に来る?」
「い、いや。僕は本体をパーシヴァルに封じられてるくらいだ。行っても、あいつの神経を逆なでするだけだろう」
クリスは残念そうに俯くと、再び顔を上げ花のような笑顔で言った。
「そっか。じゃあ、魔王のおじちゃんと仲良くね!」
……。
「え"……?」
「なんとっ!?」
長い沈黙の後に発せられた二人の驚愕の声に、クリスは首を傾げる。
「……だって、ルーおじちゃん弱いし、多分マー君の事守ってる余裕なんてないよ? マー君今、ダンジョン出せないんでしょ?」
ポヨポヨマスターの顔が引きつり、魔王の顔に焦りが浮かぶ。
「……なっ……」
「っき、貴様、賢者だろうが!? 何かものを申せっ……何か策はないのか!?」
「だ、だって! ーーー……くっ、……っルシファー!? 僕のことは死んでも守るとか言わないわけ!?」
……。
「…………オレ、弱いし……」
咄嗟にプライドも外聞も捨てて叫んだポヨポヨマスターだったが、ルシファーはいじけ過ぎて、もはや虫の息だった。
ラムガルとポヨポヨマスターは、必死の形相でハイエルフ達に同時に振り返った。
「……構いませんが、我等は森から出られませぬゆえ、前線には出られませんが」
「っ」
ポヨポヨマスターの顔が悔しげに歪み、魔王の顔が恐怖に引き攣った。
「……やめろっ……言うな! それだけは言ってはならん! ヤメロォーーーーーー」
「はぁー……この際仕方ない。僕を同行させてください。魔王」
「っっうがぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
ラムガルにとっては“バルス”と同じくらいのダメージがあったようだ。
クリスは花が咲いたような笑顔のまま言った。
「魔王のおじちゃんも大人になるんだよ! じゃ無いと、プレゼントを枕元においちゃうからね! じゃあ、……えーっとジャンヌさんとガラフさんですよね。アインス様から聞いています。私はクリスです。よろしくお願いします」
「あ、ああ、こちらこそ宜しく」
「なっはっは! よろしくなクリス! “さん”はいらねえぞ。俺たちゃ今後仲間なんだからな。喋り方も気楽にしてくれ」
「はい!」
そして早速行こうとする三人に、虫の息だったルシファーが、慌てて待ったをかける。
「あ、待て! お前ら、ひとつ忠告だ」
「「?」」
「パーシヴァル以外の者に、正体をバラすな。余計な混乱を起こしたくないならな。死者の魂達に、俺が定めたルールだ」
「? 一体何でぇ……」
訝しがるガラフに、ルシファーが重い口調で言った。
「……例えば……。……例えばの話な、俺がな? ……昔“ガルシア”って人間だとしたらどうする?」
「……え?」
「ガルシアって……あの魔人の?」
目を見開く二人に、ルシファーは溜息を吐きながら言った。
「例えばの話だ。信じるな。……で、そこの今はポヨポヨになってるダンジョンの主だが、……“賢者”だったとか言われたら?」
「……賢者レイル?」
「ば……馬鹿な? あの性格の悪い村人Aが……?」
ポヨポヨマスターが、ジトリとルシファーを睨んだ。
「……」
ルシファーはその視線から逃げるように手を上げた。
「真面目に聞くな。“例えば”だって」
それから二人を真っ直ぐと二人に鋭い視線を向けると、低い声で言う。
「ーーー……そして、お前らの主や旦那が神殺しだったりする。……余計な混乱を起こしたくなきゃ、お前らも黙っとけ」
ルシファーの忠告に、二人はコクコクと頷いた。
「おお……」
「……わ、分かった。別の名を名乗ることにする」
ジャンヌと、ガラフは各々に頷いた。
そんな二人に、続いてポヨポヨマスターも声をかける。
「……君達には、必ず交渉を成功させて欲しい。だけどもし失敗した時は、こちらも力ずくで対処せざるを得ない。僕らは、二人の交渉が破れ次第、即座に軍を動かすだろう。ーーーそうなった場合、二人の動きをこれから話す。よく聞いてくれ」
それからマスターは少し二人と話をして、クリスを含む三人を見送ったのだった。
◆
クリスに核を預け、空を高速で漂いながら、ガラフがポツリという。
「しかし、創世神様に、魔王に、魔人に、獣王に、賢者に、森の番人……更にはそれを“おじちゃん”呼ばわりするエルフの子供……。……“聖域”と言うか、なんつーか“魔境”だったな」
「“入らずの森”と呼ばれる理由が、伺い知れたな……」
深くうなずくジャンヌに、クリスが人差し指をビシッと立てながら言った。
「でも、一番凄いのは世界樹様だよ。おふた柱が、何より大切にされてるんだモン。この世界すら厭わない程にね」
……。
……いやいや、厭ってるよ。
特にゼロスは今も苦しんでる。レイスは厭ってないけど……、それは俺に関係なくだし。
そんな言い方をしたら、きっと誤解されてしまうよ。
何度も言うけど、俺はただの“樹”なんだ。
……最近の子は随分と大袈裟な言い方をするから、本当に吃驚してしまう。
◆
「……あ、……あの!」
クリス達が聖域を去ったあと、ふいにまた、緊張気味の少女の声が上がった。
みんなは一斉にその声の方を振り向き、固まった。
「「「「!!?」」」」
「……もし戦力に困っていると言うのなら、……レイスが戦おうか?」
……。
ーーーガシッ
突然その背に伸びる翼のような白木が、無表情のゼロスに掴まれる。
そしてそのままレイスは、ズルズルと俺の枝の影に引っ張って行かれた。
「ーーーッス! ゼロス! レイスもっ! レイスも戦いをしたい!!」
「今はだめでしょ!? 終わったら僕が戦ってあげるから、ちょっと我慢してっ!」
「「「「……」」」」
俺の木陰からコソコソと聴こえる、更なる絶望の予感に、皆は閉口したのだった。




