神は、沈黙し賜うた
ゼロスがポツンと、俺の枝に足を伸ばして座っていた。
幹に背を預け目を閉じるその姿はまるで、眠っているようだった。
ーーーだけど俺は知っている。
ゼロスは決して寝ていない。何故なら、神だから!
……まあ、誰でも分かりそうな説明は置いておいて、俺はゼロスに声を掛けた。
「……スクウィーズ、どうだった?」
「ーーー……僕的には、まぁまぁだった。だけど流行った理由は分かったよ。あれはクセになる」
ゼロスは律儀に答えてくれた。
俺は微笑むように葉を揺らし、話題を変える。
「ゼロス、“天岩戸”って知ってる?」
「知ってるよ。太陽の女神が、弟の暴力行為を悲しんで、岩戸の内に隠れたって話でしょ。何度も聞いたよ。それが何?」
「うん。ゼロスに似てるな、と思って」
ゼロスがピクリと動き、薄っすらと目を開けた。
「似てないよ。女神と言うならレイスでしょ? 太陽を創ったのもレイスだし、そもそも僕は、何処にも隠れてない」
至極真面目なゼロスに、俺は笑いながら言う。
「そんな物理的に捉えないで。イメージだよ。だって、ゼロスはこの世界を照らす、太陽そのものだったから。そして自分の分身の行動に腹を立て、世界に闇を与えようとしてる」
「……僕は岩戸になんて入ってない」
「入ってるよ。固く、心を閉ざしてる」
「……。……じゃあ、これから始まる戦争が、僕の気を引く祭り囃子や踊りだとでも?」
ゼロスは吐き捨てるようなその言葉に、俺はゆっくりと、大切な思い出を手繰り寄せながら答えた。
「俺はね、思うんだ。ゼロスは戦争が嫌いだから、それはいくら激しく瞬こうと、ゼロスは興味を示さない。伸芳の戦いだって、戦いそのものじゃなく、金虎の美しさに声援を送ってたんだもの」
俺は、小さなゼロスが一生懸命応援している姿を思い浮かべ、クスリと笑った。
ゼロスは口を尖らせたまま言う。
「ーーー……じゃあ、仮にそうだったとして、ラムガル達は無駄な事をしているって訳だ。そんなもので、僕の心は動かないんだから。彼らの負けだね」
そう言って、少し悲しげで皮肉った様な笑みを口元に浮かべるゼロスに、俺は優しく葉を揺らした。
「そうかな? 勝ち負けで言うなら、ゼロスの負けだと俺は思う」
「僕の負け? なんで?」
「だってゼロス、スクウィーズが気になって見に行ったじゃない」
ゼロスの体がピクリと、固まった。そして顔を上げ、ジトリと俺を睨む。
「……それとコレとは話は別でしょ」
俺は枝を傾げなら言った。
「別かなあ? ねえ、ゼロス。俺はね、ずっと不思議に思っていたんだ、……マスターは、封印される刹那、何故他の姿じゃなく、あのポヨポヨマスターにしたのかなって」
「突然何? 時間が足りなかったんでしょ。急いで等身比率を間違えたとか?」
「その可能性もあるね。だけど、俺はこう考えてみたんだ。……多分、マスターは、封印される前に、パーシヴァルの正体に気付いて、ゼロスが悲しむかも知れない可能性にも気付いた。……マスターは、ゼロスとゼロスの創ったこの世界が大好きだから、ゼロスに悲しんでほしく無かった。壊して欲しくなかった。……笑って欲しかったんだよ」
ゼロスは眉間にシワを寄せながら、溜息をついた。
俺は続ける。
「もうね、マスターの捨て身の作戦で、岩戸の隙間は開かれてるんだよ。ラムガル達の戦いは、その岩戸を力ずくでこじ開け、ゼロスすら手の届かない所へ岩戸を投げ捨てるための戦いなんだ」
ゼロスはじっと遥か森の向こうを見つめ、首を振った。
「前向きに美化しすぎだよ。アインスのそういう所は、良くないと思う。……それにマスターは、“自分は滅びたくない”と言ってたでしょ」
「そうだね。……そしてマスターの生き甲斐は、この世界を守ること。……まあ、実際は生きてるというわけでも無いけど。マスターはね、なかなか素直な言い方をしないんだよね」
俺が愛しさ全開でマスターの話をすると、ゼロスに睨まれた。
「ーーー……そういう所は、気付いてあげないほうがいいと思うよ?」
俺は慌てて言い訳する。
「そ、そうだね。マスターのデレには、気付かないふりをしてあげるべきだった。ゼロスは本当に優しいね。マスターのことをよく分かってる」
ゼロスは大きなため息をついて、低く唸るような声で言った。
「……だけど僕は、言ったことはちゃんとやるよ。滅っする時は、ちゃんと滅っするからね」
その言葉に、俺は嬉しくなって枝を大きく揺すった。
「……ねえ、言った事をちゃんと守るゼロスは、どっちを応援するの?」
「……。……どっちも」
……。
ーーー……どっちもするんだ!?
ゼロスはここに来ても、愛に溢れているらしい。
「どっちもしないって意味だからね!?」
……。
……まるで読心術でも使ったかの様に俺に注釈を入れると、ゼロスは溜息を吐き、再び目を閉じた。
◆
「ふぇっくしょっ!!」
俺の根元で、小さなクシャミが放たれ、ルシファーが目を丸くしながら声を掛けた。
「大丈夫か? って言うか、人形のくせに随分バラエティー豊かなんだな……」
呆れたように見るルシファーに、マスターは鼻をすすりながら暗い面持ちで答えた。
「いや、こんな反応は込めてない。……多分、この世界に異変が起こり始めてるんだ」
……違うと思う。
ーーー……賢者も稀に、間違う事はあるようだ。
ルシファーから事情を聞いたガラフが、目を見開きながら呆然と呟いた。
「パーシーが……? 嘘だろ」
「はあ……、嘘だったらどんなにいい事か……」
大きなため息をついたルシファーに、ジャンヌが身を乗り出して言う。
「パーシーヴァル殿は、優しき方でした! 私が話します! もしそれが本当だとしても、必ず思い留まる筈です!!」
ルシファーが頷いた。
「始めっからそのつもりだ。思い留まってもらわなきゃ困る。ーーーだが奴等は強力で、いち聖者程度しか力の無いお前らじゃ、下手すりゃ、パーシヴァルに届く前に消されるだろうな」
「……そんな……」
言葉をつまらせるジャンヌに、ルシファーがニッと笑った。
「ーーー大丈夫だ。オレが、死んでもお前らを守ってやる。オレも同行させてもらうぜ!」
「……ルシファー殿……」
「はぁーーーー……。ーーー……あのさ、ルシファー。ふざけてんの?」
ホッとするジャンヌと微笑むルシファーに、ものすごく嫌そうな深い溜息が放たれた。当然の如く、ポヨポヨマスターからだ。
ルシファーが眉をしかめながら、その小さな姿を見る。
「ん?」
「……これ迄にゼロス様とジャンヌでひと悶着した。そしてジャンヌとパーシヴァルでひと悶着して、更にジャンヌとルシファーでひと悶着起こさせる気? 最悪の3角関係が完成するよ!? 見境なく落とそうとするのはやめてくれる? あー、もうっ! ホントにアンタって人はさぁ!!」
「って、してねえよ!? 何言ってんだお前は!!」
青筋を立てながら本気でブチ切れてるポヨポヨマスターに、ワタワタと全力で否定しながら、言い訳をしようとするルシファー。もうグダグダだ。
その時ひとりのハイエルフが、凛とした声でそれにストップをかけた。
「ーーー……痴話喧嘩は後になさってください。今はそれどころではありません!」
「「っ痴話じゃねえし!!」」
二人の男の声が、それはそれはとてもキレイにハモった。
……。
ーーー……ハイエルフも稀に、冗談を言う事はあるようだ。
彼らは事態を重く捉えつつも、意外と沈みはしなさそうだ。
俺は愛しい彼らに、そっと祝福の言葉を送った。
「ーーー皆、頑張ってね。幸運を」
今後暫く、下々の者共の話になるかと思います。
(´・ω・`)




