神は、破壊の女神を憐れみ賜うた
「ーーー……ラムガルよ。時は来た」
レイスが仮面と髪飾りをつけ、魔剣アロンダイトを天にかざし、厳かな口調で言う。
「今こそ、世界を闇に沈めるのだ」
「仰せのままに、我が黒き女神よ」
魔王が跪いた。
そして盛り上がる二人に、ゼロスが静かに言う。
「ーーー……やめてくれる? 今そんな気分じゃないんだ」
「「!」」
その悩まし気な溜息に、レイスとラムガルは目を見開いた。
そしてレイスがゼロスにふわりと近づき言う。
「だけどゼロス。ゼロスを裏切ったこんな世界なんて、もう滅ぼしてしまえば良い」
「……」
「レイスはこの世界には未練は無い! また、アインスと、ゼロスと3人でやり直せばいい!」
「……っなんと!?」
レイスの新世界計画に含まれなかったラムガルが、驚愕の声を上げた。
ゼロスは、またひとつ溜息をつく。
「……僕はみんなを愛してる。リセットなんてしないよ」
「皆ゼロスを無視するのに? 趣味で創った“飾り物”は、キレイと思えなくなれば、棄てるべき」
「……」
レイスの飾りの無い言葉に、ゼロスは言葉を詰まらせ、悲しげに空を仰いた。
「そうだね。……僕の好きなものを、僕は創ったんだ。今は……確かに、目を背けたくなる」
「レイス、創るときも手伝った。壊す時も手伝う!」
元気付けるようにそう言うレイスに、ゼロスは首を振った。
「いや、壊さない。だってそれでも、僕はみんなを愛してるから」
ゼロスは、まるで自分に言い聞かせるように、自分の発する言葉を噛み締めながら続ける。
「……それにね、皆も僕を愛してくれてた。初めは確かに僕が好きだから創っただけだった。僕の物だって思ってた。だけど、人間達も天使達も、もうそれぞれの想いや意思がある。……例え僕が居なくなっても、彼らが消える必要はないし、もう僕達の気分で消しちゃいけない物なんだ」
「……レイスはゼロスが居なくなったら消すけど……。ゼロスは優しすぎる。無視されても好きでい続けるなんて、愚か極まりない」
「いや普通だと思うよ!? それに今はこうだけど、ーーー……僕はちゃんと、みんなから愛されてた。……愛するばかりじゃなくて、ちゃんと……」
そう言葉を口にしたゼロスの目に、光が宿った。
……まあ、ゼロスの目は、いつだって美しく輝いているんだけどね。
ゼロスは拳を握りしめて言う。
「……そうだよ。こんな事になったのには、必ずなにか要因がある筈だ。僕が至らなかったのか、何者かの手引きかは分からないけど。何れにせよ、その原因が分からなければ、世界をいくら創り直そうとも、必ず同じ過ちは起こる」
「……過ちが起こる毎に、滅ぼせばいいだけなのに」
ボソリと言ったレイスに、ゼロスは口を尖らせる。
「もー、なんでそんなに滅ぼしたがるの!? 解決できれば、またきっとみんな、元通りになるから!」
その言葉を受け、レイスがそっと視線を逸らし俯いた。
「……レイスは、……創造した者から愛されるどころか好かれた記憶すらあまり無い。……基本、レイスが手がけた始祖しかレイスを認知しない。レイスを褒めてくれるのは……代替わりの無いラムガルだけ……」
少しの沈黙の後、レイスが再びゼロスに視線を戻した時、その顔には数十世紀に1度ほどしか見られない、美しい笑顔が浮かんでいた。
レイスは笑顔のまま言った。
「ーーー……だから別に、レイスはアインスとゼロスが居ればいい。別にこの世界なんて、欠片も残したいとは思わない。ゼロスが辛いなら、レイスはいつだって、直ぐ様この世界を滅ぼす」
「なんと!?」
やはり新世界計画に含まれなかったラムガルが、再び驚愕の声を上げた。
ーーー切なげに、儚げに、美しく微笑みながら、世界の破滅を望む女神。
「……レイス」
ゼロスの胸が、切なさで詰まる。
そして、俺の胸も詰まった。
大丈夫だよ、レイス! レイスを大好きな者達はちゃんと沢山いるからねっ! 因みに俺は、レイスファンクラブの会員1号だ。ゼロスファンクラブにも所属してるけど……。
“下を見て励まされる”と言えば言い方は悪いかも知れないけど、レイスの言葉で少しゼロスの声に、元気が戻った。
「ーーー……そうだよね。今まで僕はちゃんと皆に愛されて、恵まれていたんだ。少し無視されるくらい大したことない。とにかく今は落ち込んでいないで、状況の把握と、原因の究明だね!」
輝く笑顔を見せたゼロスに、レイスは嬉しそうに頷いた。
「うん。ゼロスがそうしたいなら、レイスはそれに協力する」
「じゃあ、アヌビスにもう一度詳しく……」
ゼロスが顔を上げ、アヌビスを探そうと飛び上がろうとしたその時、澄んだ男の声が響いた。
「ーーー……ゼロス神様、お待ち下さい!」
しばらくぶりに聞いたその声に、ゼロスは驚いて顔を上げた。
「……その声は、マスター!? ………って、ちっさ」
「「……」」
そこに居たのは、全長約五センチ程の、雪だるまの様に2頭身のマスターだった。
一センチ程しかないその足を、一生懸命動かしコチラに向かって歩いてきていた。
もはやあれは、マスターであって、マスターでは無い。
言うなれば、ポヨポヨマスターと言った所か。
ゼロスに気付いてもらい、視線を向けられた所で、ポヨポヨマスターは立ち止まった。
……2頭身のマスター本人は跪いているつもりだが、頭が重すぎてそこでワタワタと転がりそうになっている。
ラムガルが、眉間に物凄いシワを寄せながら、冷たく言い放った。
「神の御前だ。ふざけるな」
「……っふざけていませんっ!」
ラムガルの言葉に、ポヨポヨマスターは額に血管を浮き上がらせながらも、結局転がった。それを見て、レイスが呟く。
「……いい」
「そんなはずはないですぞ!?」
間髪入れず、ラムガルが抗議した。
ゼロスは思わず言ってしまった感想を無かった事にして、ポヨポヨマスターに駆け寄り覗き込む。
「マスター、一体今まで何処に行っていたんだい? それにこの姿……ぷ……、いや……」
今、吹き出したね? ゼロス。
もう駄目なくらい落ち込んでたかと思いきや、意外と元気そうで安心した。
ゼロスは気を取り直して、再びポヨポヨマスターに声をかけた。
「マスター、よく帰ってきたね。だけど、なぜ突然姿を暗ましたんだい?」
ゼロスの言葉に、ポヨポヨマスターは悔しげに顔を歪める……が、その仕草すらギャグでしかない。
ポヨポヨマスターは微笑ましい姿のまま、重い口調で、話し始めた。
……案件が落ち着いたら、ちょっと“誰が殺したクックロビン”と踊ってもらえないか、交渉してみよう。
「……実は、“シヴァ”と名乗る者に、僕の核を奪われ封じられていました。そして今尚、本体は奴の元にあり、今の僕は本体が封じられる前の一瞬で作り出した、ただの“傀儡”です」
「……人形にしては、よく出来てるね?」
と、ゼロス。
「はい、僕の行動パターンと、記憶を入れた傀儡ですので」
……なるほど。マスターはゼロスの創った“神の種”に近しいものを、あのポヨポヨマスター人形に入れたということかな。
ゼロスは頷き、ポヨポヨマスターに尋ねる。
「封じられた時に作ったというなら、何故すぐに来られなかったの? 皆探していたのに」
「申し訳ありません。傀儡の器は完成させたものの、記憶を移す前に封じられてしまい、起動できずにあったのです。……しかし、ティーガテイ様が来てくださったおかげで、硬く閉じられていた封が少し緩み、その隙に、起動のための信号を発信することに成功したのです。直ぐにまた封をされたため、本体は抜け出せるほどではありませんでしたが……」
マスターの話に、ゼロスが失った愛する者の名前が出ると、ゼロスは沈痛な面持ちで俯き、その名を呟いた。
「……ティーガテイ……」
「……」
ポヨポヨマスターは静かに目を閉じる。
しばらくの沈黙のあと、ゼロスはマスターを促した。
「……マスター、何が起こったの? 全部話して」
「はい」
ポヨポヨマスターは短く返事をし、話し始めた。




