番外編 〜ヘンリーとグレース〜④
マフィンメンが雄叫びを上げた。
「ヌゥッアアアァァァァアアァァォアーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
「「「!!!?」」」
パーティー会場が静まり返り、子猫達も驚愕にお菓子を詰め込んだまま口をあけてそれを見た。
マフィンメンは、巨大なボウルに入った何やら白濁の液を、バネの付いた棒で、一心不乱に掻き混ぜている。
あまりの気迫におののきながら、ヘンリーは呟くように尋ねた。
「……な、何をしてるの?」
「メレンゲを作っているんだ。あの砂糖の配分、おそらくシャンピニオンを作ってくれてるんだよ。お菓子のお家に飾り付けるためのね」
そう答えたのは、カボチャ男だった。
そしてカボチャ男は、どこか尊敬の念を込めたような声で言う。
「……ジンジャーブレッドを焼き終わった、竈の予熱で仕上げるつもりか。……流石、マフィンマン様だ。まるで作業に無駄がない」
それを聞いたグレースが、やや緊張気味に言う。
「か、竈は終わりなの? 本当に……、本当にドンってしておかなくていいの? 今が最後のチャンス……」
「頼むからやめてくれ!」
◆
一方、森の中では……。
「こっ、ここを、男の人が通らなかった!?」
女が2匹目の妖精に聞いた。
「通ったけど、どこに行ったのか教えてほしかったら、バケツいっぱいの泥水を飲んでよ」
妖精はそう言って、泥沼を指さした。
「飲めばいいんでしょ!」
女はそう言うと、さっきと同じ様に泥水を飲むふりをして、捨てた。
「ほらっ! これでいいんでしょ!?」
「んーーーー?」
「飲んだでしょ!? 早く教えなさいよ!!」
怒鳴る女に、妖精は肩を竦め言った。
「まあ、いいか。あっちだよ。この先にある大きな屋敷に向かっていった」
女は礼も言わずに駆け出し、妖精はただ無言でそれを見送った。
「ちっ、せっかく手に入れた男を逃がすもんですかっ! ああ、もしあの子達が見つかったらどうしよう!? 服が汚れるからって、やめておいたけど、あの斧でキチンと始末しておくべきだった!」
女はボヤきながら、森の奥へと髪を振り乱しながら駆けて行った。
◆
屋敷の前にて。
「アンタ、あの屋敷に行きたいのかい?」
唖然と、墓地に囲まれたホラーハウスを見つめる男に、老婆が声を掛けた。
「! あ、ああ! あそこに、俺の子供達がいるはずなんだ!」
「……なんの事かねえ? ここに居るのは化物達だけだ。もし人間の子供なんかいたら、とっくに食われちまってるだろうねぇ! ヒヒヒ」
「なっ! バカを言うな!」
そう怒鳴り、川へ飛び込もうもする男に、鋭い爪が伸びてきた。
「!」
驚く男の前に、口が裂け瞼のない、下半身が蛇のような異形の女が現れた。
老婆がせせら笑う。
「ヒヒヒ、その川に、生きた人間が入ったら死んじまうよ。ーーー……だけどね、何かをくれたら、あたしが川を渡してやろう。ほら、“Trick or Treat!”」
「……っ」
男はふと、妖精の言っていた言葉を思い出し、箱から一粒のキャンディーを出し、老婆に渡した。
「良いだろうさ。乗んな」
男は老婆に言われた通り、船に乗り込んだ。
船の縁から水を覗けば、じっと女がこちらを見てくる。
「……」
固唾を飲みつつ座っていると、間もなく船は対岸に着き、老婆が言う。
「ヒヒヒ、さあ着いた。いいかい? タイムリミットは夜明までだ。ヒノヒカリが差し込む前に、この川に戻って来るんだよ! でないと魔法は解けてしまうからね。手に入れたものは全て消えてしまうよ!」
男は船を降りて、じっと老婆の言った意味を考える。そして顔を上げた。
「……夜明けまでに子どもたちを救い出さなばいけないということか……。良いだろう、分かった。ありがとう婆さん、あんたは一体……?」
老婆は笑いながらゆっくりとまた船を漕ぎ出した。
「ヒヒヒ、ふぇありーゴッドマザーさ。ヒヒ、ヒヒヒ……」
……どう見ても、脱衣婆婆だが、老婆はそう言い切り去っていった。
男は門をくぐり、抜き身の剣を片手に持ちながら、墓地を進んだ。
しばらく進むと、モヒカン老婆がいた。
男は無視して通り過ぎようとしたが、モヒカン老婆が声をかけてきた。
「リンゴは要らんかね? 血のように紅く、毒のように甘ぁいりんごは……」
男がモヒカン老婆の言葉に首を傾げたその時、地の底から震える恐ろしい叫びが上がった。
「「「「「「Trick or Treatーーーー!!!」」」」」」
「!!?」
幾百ものグール達が突然墓の下から湧き出し、男に襲いかかった。
「くっ、キャンディー……いや、数が多すぎる! おのれぇ! 全部切り捨ててくれるっ!! 待ってろよぉ!! ヘンリー! グレェスーーー!! うおぉぉおぉおぉぉーーっ!!!」
男は剣をかざし、亡者の群れに突っ込んでいった。
◆
パーティー会場にて。
ーーービシャッ……
「ヒッ!!」
テラー・オブ・マフィンマンの手に持つ袋が弾け、その頬に赤黒い液体が飛び散った。
それを目撃してしまったグレースが、小さな悲鳴を上げたた。
マフィンマンが、そんなグレースに目をやりニタリと口を歪めた瞬間、グレースは今度こそ、仮面の下で泣きながら悲鳴を上げた。
「キャアァァァァァァァァァァ!!!!」
その光景に気づいたカボチャ男が、咄嗟に叫ぶ。
「さ、流石マフィンマン様ぁ! ス、スーパーパティシエの凄技に、黄色い声も飛び交うぅぅっ!!!」
マフィンマンはにたりと笑うと、背を丸め再び作業を始めた。
「……ああ……いやぁ……」
震えるグレースに、カボチャ男が声を掛ける。
「マカロンに、リブベリージャムを絞ってるだけだろ。絞り袋に入ってる空気が“ぽひゅっ”となっただけで、いちいち騒ぐな! ……因みに、エプロンのシミはチョコレート細工や、ガトー生地の仕込みのときについたものだ。……これだけの数を仕上げておきながら、あれだけの汚れで済むなんて……流石マフィンマン様だ」
そう言うとカボチャマンは、再び尊敬の念を込め、マフィンマンをじっと見つめた。
その時、二人の後ろから声が掛かった。
「……グレテルよ。使命はどうした?」
「!?」
振り向けば、そこには、ほうきに乗って浮かぶ、美しい魔女がいた。
「し……使命?」
グレースが戸惑っていると、ウィッチは竈を指さした。
「……もう火が落ちかけている。いつやるつもり? ……今だろう!」
「……え? ウィッチ様……まさか?」
「っ!」
オタオタと戸惑うカボチャ男の隣で、グレースは拳を握りしめた。
その時、ふとマフィンマンが顔を上げた。そして、オーブンに近づいて、シャンピニオンとムラングの仕上がりを確認するため、竈を開け、覗き込む。
その時、グレースが動いた!
「あっ……ちょっ!!」
かぼちゃ男の静止の叫びを無視して、グレースは走った。そして……
「ええぇぇぇぇーーーーーーいっ!!! あなた嫌いっ!!」
ーーーっドンっ!!!
その拍子に、マフィンマンは竈の中につんのめる。
ウィッチが背筋も凍る声で言い放った。
「……蓋を閉めて火をくべろ」
「!?」
「ハイっ!」
驚きで声も出せないカボチャ男とは裏腹に、グレースは元気に返事をすると、足を押し込み、かまどの蓋をし、錠を降ろした。そしてどんどんと薪を投げ入れる。
消えかけ、燻っていた炎はあっという間に燃え上がり、それとともに、地獄から聞こえてくるよう、おぞましい悲鳴が上がった。
ドンドンと内側から金属のかまどが震えるほど叩かれ、竈全体が揺れる。
ーーーッドンドンドンドン!
「ヤメロぉぉぉーーーッッ!! 焦げるぅーーーーっっ!! 焦げるうぅーーーーーっ!!!」
「ヒイイィァァァォーーーーーッッ!!!」
悶え苦しむマフィンマンに、グレースは己のした事に恐れ慄き、悲鳴を上げる。
ウィッチは、「よし」と、小さく頷き去って行った。
その後、カボチャ男が慌てふためきながら、竈の錠を上げ蓋を開けた。
「マッ、マフィンマン様っっ!!!」
蓋を開いて一拍後、あかあかと燃え盛る竈から、ぬっと腕が伸び上がった。
グレースはギクリと体をこわばらせる。
続いて現れたのは、劫火に溶かされ、歪んだホラーピエロの面。
「ギャァァァァァァァァォオァァィァォァァァォァァォーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
グレースが、断末魔のような悲鳴を上げた。
「だっ、大丈夫ですか!? マフィンマン様っっ!」
ホラーピエロの面がニヤリと歪んだ。
「大丈夫だ。……少し狐色になってしまったが問題あるまい」
「……」
マフィンマンは、プルプルと震えるグレースを見下ろしながら言う。
「……ふん。余計なことをしおって……。ストロベリーチョコレートでトランペにしてくれるわ! シュガーパウダーもまぶしてな!!」
トランペとは、コーティングを意味する。
普通に美味しそうだ。
「ーーー……い、いやぁ……」
グレースは小さく呟きくと、這うように後ずさり、兄を探しに逃げていった。
グレースはその後、何故か竈恐怖症と言う妙なトラウマを持つようになったという。
このあとに続く番外編の話、
Crescent Of Twilight 〜ヴァンパイアが可愛かったので、デスサイズを駆使して、死守します〜
を別作として連載中です。作品ページから見てやってください!
世間知らずのやさぐれ少年が、魔物達が蘇る乱世を駆け抜けます!※成長物語でもあるので、初期はかなり性格に難ありです。




