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番外編 〜ヘンリーとグレース〜③

 眩しい光の中、感情のこもらない声が響いた。


「眩しすぎる。……伯爵はこのパーティーの趣旨を理解していない。もっと暗くするがいい」


「え? あ、ごめん。このくらい?」


 光が収まり、そこに浮かび上がったのは、お菓子でできた広間だった。

 ジンジャーブレッドで出来た壁に、家具。チョコレート細工の鹿の剥製や、裸婦像。飴細工でできたシャンデリアに、繊細な造花やリボン。騒然と並べられたテーブルの上には、シュガーのテーブルクロスが掛けられ、その上には、天井まで届く程の様々なお菓子が、うず高く積まれていた。


「「!!?」」


 二人はその夢の様な光景に、目を見開いた。そして、その広間に居並ぶ面々にも。

 ピンクの髪の、マシュマロのような巨大な胸を、小さな貝殻だけで隠す、R18人魚姫に、ブルーの髪の少年のような悪魔。長い黒髪の、これまたR15の猫娘。

 長髪長身のフック船長に、金髪の狼男や銀髪のキョンシー。髑髏の紳士淑女やゴーストも居る。

 中でも目を引いたのがヴァンパイア伯爵に先程声を掛けたであろう女の子だった。

 黒い鍔の広い山たか帽子に金の鎖に繋がれた宝石がジャラジャラと付いている。手には黒い宝樹で出来た箒を持ち、黒いワンピースドレスの上から、襟の立った黒いマントを羽織っている。


 女の子はツカツカと二人の前に来ると、言った。


「ようこそ、招かれざる客共よ」


 歓迎してるのかしてないのか、よく分からない、言い方だ。


「レイスは“ウィッチ”だ」


 ……あ。名乗っちゃったね?


 ウィッチはマントの下から、短いワンダーワンドを取り出し、二人に向けた。


「お前らは……ここに居るには、クオリティーが低すぎるな」


「「!?」」


 ウィッチがそう言った途端、ワンダーワンドの先から、稲妻のような白い光が飛び出した。


 光は二人の体で弾け、まるで魔法少女たちの変身のように、その身体をデコレートしていく。

 頭にはふわふわの猫耳の耳当て。腰にはふわふわのしっぽ付きベルト。手には肉球付きのふわふわのグローブ。足には、ふわふわのファー付きのブーツ。


「!? あ……あなたは一体?」


 信じられないと驚く二人に、ウィッチは言った。


「……何も不思議はない。何故ならウィッチは魔法で何でもできる! 黒猫を名乗るならせめてこのくらいの装備はつけておけ」


 グレースが、グローブの嵌められた自分の手を見た。


 ーーーシャキーーーッン!!!


「!?」


 少し力を入れた途端、グローブから40センチはあろうかと言う鋭い白銀の爪が飛び出した。


「ーーー……レイスは、もふもふには手を抜かない」


 それだけ言うと、ウイッチは踵を返した。


 呆然とする二人に、カボチャ男も引きつった声で言う。


「……よ、良かったな。……あ、ほら、好きに食べていいぞ。えーっと、お前ら名前は?」


 その言葉で思いだしたように二人は名乗った。


「……グ、グレース」


「僕はヘンリー……」


 その言葉に、去ろうとして居たウィッチが足を止め振り返った。


「ヘーゼルと、グレテル……だと!?」



 そして、二人の声が被る。


「「違います」」


「ジャックが言っていた。夜の森で迷子になったのだろう? ならば最早それは、ヘーゼルとグレテルだ」


「……?」


「……? ……はぁ……、はい」


 二人は首を傾げながらも、頷くことにした。

 ウィッチは子供達に言う。


「ヘーゼルよ、菓子を喰いたいか?」


 ウィッチの言葉に、ヘンリーは戸惑いながら頷いた。

 ……因みにヘンゼルだよ。ヘーゼルだったら、ナッツになってしまうからね。


「グレテルよ、菓子を喰いたいか?」


 ウィッチの言葉に、グレースは戸惑いながら頷いた。

 ……因みに、グレてないからね。とってもいい子だからね。


 ウィッチが叫んだ。


「っテラー・オブ・マフィンマァンンンーーーー!!!」


「は、ココに」


 ウィッチの声に、突然巨大な影が突然ヌゥンと、その後ろに現れた。


「「ヒイィィッッ!!!」」


 その姿に2匹の子猫は爪を出して後ずさった。

 2メートルを越す巨体に、茶色いシミで汚れた白衣と、コック帽をかぶった男。そしてその顔には、ホラーピエロの面を付けている。

 はっきり言って怖すぎる。



 恐怖する子猫達を気にせず、ウィッチは低い声で言う。


「マフィンマンよ。こいつ等を、それに相応しいもてなしをしてやれ。わかるな?」


 巨大な恐ろしいマフィンマンが頷き、ヌウゥゥンと恐ろしい顔を子共達に寄せ、広間を震わせる程の大声で言った。


「ドゥ・ユー・ノー・ザ・マッフィンメエエェェェーーーーン!?」


「ひぃぃぃーーーーッッ! イヤァァァァァァァァァァァーーーーーーーーー!!!!!」


「いっ、イエス・アイ・ノー・ザ・マッフィンメンっっ!!!!」


 泣き叫ぶグレースを抱きしめながら、かつて母親が教えてくれた歌のフレーズで答えた。

 マフィンマンは、「よし」と答えると、背を丸くして、巨大な竈に背を丸め、火をくべ始めた。


 グレースが言う。


「……お兄ちゃん、あの人の背中、……今ドンってしたら、やっつけられるかな? した方がいいかな? していいかな?」


「……っ」


 中々に過激な、妹のその発言に、ヘンリーは言葉を詰まらせ、それを引き継ぐように、カボチャ男が言った。


「……やめてくれ。ーーー……軽はずみな行動は、世界を滅ぼす事もあるんだ……。覚えておくといい」


 マフィンマンは、火をくべ終わると、巨大な冷蔵庫から、昨晩からねかしていた、岩のように大きなジンジャーブレッド生地を取り出した。

この広間で唯一、大理石のカウンターで、それをおもむろに綿棒で叩き伸ばし始める。

 人々(?)のざわめきとは、明らかに調和性のないバシバシという音に、子供達は目を見開いた。

 ヘンリーが思わず呟く。


「な、……何を?」


「お菓子の家を作ってくれてるんだ」


 マフィンマンは、背を丸めて、型に合わせて延ばした生地を切っていく。

 マフィンマンは、慣れた手付きで、背中を丸め、フォークで生地に空気穴を空けていく。

 マフィンマンは、背を丸めて、そっと柔らかい生地を持ち上げ、シートに置くと、それを鉄板に移す。

 ……そう、背中を丸めて……。

 出来上がったお菓子は宝石のように素晴らしくて華々しいけど、作ってる過程は、随分と地味だった。


 カボチャ男は、暫くその地味な作業を見つめた後、子猫達に言った。


「出来上がるまで、別のお菓子でも食っとけよ」


「良いの?」


「勿論」


「「っ!」」


 その言葉に、子猫たちは顔を見合わせ、とうとうつないだ手を離し、駆け出した。



 ◇



 暗い森の中では、男が一人息を切らせながら走っていた。


「くっ、ヘンリー、グレース待ってろよぉ……」


 ふとその時、見覚えのある光が見えた。自分の庭に飾り石として置かれていた、ルナストーンだった。


 男は思わず駆け寄りそれを拾い上げた。

 それから辺りを見れば、点々とルナストーンが落ちている。


「ヘンリーが……置いたのか? っ天才だよアイツっ!」


 そう言って、駆け出そうとした男に鈴のなるような、囁き声が聞こえてきた。


『……そちらでは無くてよ。二人の子供は森の奥。意地悪継母に、石を取られて迷子になった。ああ、可哀想に、可哀想に……』


「!?」


 男が驚きそちらを見れば、そこにはターコイズブルーの光を放つ、1匹の妖精が居た。


「い、今、二人の子供と言ったか!? 7歳くらいの男の子と、5歳くらいの女の子か!?」


『そうですわよ? お知り合い?』


「俺の子供達だっ! 頼むっどっちだ!? どっちに行った!? 教えてくれっ!!」


『ーーーさぁ? どうしましょ? パーティーの邪魔をしたくはありませんし』


「たっ、頼むっ! 何でもするっ!」


 妖精は、男を見下しながら、下を指さした。


『……そこに水溜りがありますでしょ? そこの泥水をコップいっぱい啜りなさいな』


 気付けば、男の前には、木のジョッキが置かれていた。


「ーーー……飲めば、教えてくれるんだな」


 男は泥水をコップに救うと、それを一気に呷った、


「っく」


 吐き戻しそうになるのを必死にこらえながら、男は妖精を睨んだ。


『ーーーまあ。……いいでしょう。あちらに行ってみなさいな。もう一匹の妖精がおりますわ。その妖精が知っておりますわ』


「っありがとう!」


 男は走って行った。


 ◆


「お前が、もう一匹の、妖精か!? 教えてくれっ! 俺の子供達は一体何処に!?」


 男が青白く光る妖精にそう叫ぶと、妖精は、目を輝かせながら言ってきた。


『ホントに来た来たぁ!! ねぇねぇ、“すっずめのおっ宿は、どっこかいなぁ〜”って言ってみて?』


「馬鹿にするなっ!」


『えー、別にしてないよ。ねえ、ねえ、そこにバケツと、泥沼があるんだけど……、どうする? 分かる!?』


「飲めというのか……、良いだろう」


 男はそう言うと、バケツ一杯の泥水を呷った。

 妖精は、目を見開く。


「わぁ……、ほんとに飲んだ。しょうがないなぁ、じゃ教えてあげる。子供はね、今、この先の古い洋館の、一番上の広間に居るよ」


「……ありがとう……っ」


 男は冷や汗をかき、えづきながら、妖精にそう言った。

 そしてフラフラと去ろうとする男に、妖精が声をかけた。


「ねえ!」


「……なんだ?」


「1つ、いい事を教えてあげる。もしこの先、イタズラされるのが嫌なら、なにか食べる物を出すといいよ」


「……食べる物だと?」


 そしてふと、懐に、子供達にあげようと思っていた、お土産のキャンディーの箱がある事に気付いた。


「……しかし、これはあの子らにあげる為のものだ」


 俯き、懐に手を当てる男に、妖精は言った。


「子供を取り返したいんでしょ?」


「……そうだな」


 男は頷き、歩き始めた。



ピエロのお面は『it』をイメージしました。

……アカンやつです。

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