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番外編 〜ヘンリーとグレース〜 ②

 小舟は川を進んでいく。

 船底から、水が打つドンドンという音が聞こえる。


「ーーー……お兄ちゃん、私達どこに行くの?」


 泣きそうな顔で聞くグレースに、ヘンリーは震える手を隠しながら笑う。


「だ、大丈夫。わからないけど、きっと素敵な所だよ。僕がついてるから、安心して」


 そんな二人を見ながら、老婆は言う。


「ヒヒ、ここは三途の川だよ。あの世とこの世をつなぐ川。落ちたら死ぬよ。気をつけな。まあ落ちなくても……ヒヒヒ」


 老婆の笑い声に、二人の背筋が寒くなるのを感じた。


「ったく、オメーもノリノリかよ」


 カボチャ男が、ふわりと先頭の淵に降り立ち、呆れ声で言った。

 男の重みで、船の前部が少し沈む。


「嘘はいっとらん。生きた人間は、落ちれば食われる。魔物の子なら問題なかろうがな」


 そう言って、老婆はちらりと水面を覗いた。水面の中から、口が耳元まで避けた、瞼の無い、白い顔の女がこちらをじっと見上げていた。


「うわっ!」


 ヘンリーが驚き声を上げると、女はふっと水の底に消えていった。

 カボチャ男が、声を上げて笑った。


「心配すんな。“化け猫の子供”は食わねーから」


 ーーーガゴン!


 その時、船底に何かがぶつかる音がして、舟が対岸に着いた。


「ヒッヒッヒッ! さて、着いた。足元に気をつけておりな!」


 存外に優しい言葉をかけられながら、二人はおそるおそる船を降りる。


 カボチャ男が船から飛び降りて、走り出した。そしてそれを迎え入れるように、曲がった鉄格子の門が開き始め、そして男は叫ぶ。


「おら来いよっ! パーティーが始まるぜっ!」


 カボチャ男はそう言うと、マントを翻し、門の中へと消えて行った。


 二人は門と船を交互に見る。

 老婆が言った。


「いいかい? パーティーは夜明けまでだ。陽の光が差し込む前に、この川に戻って来るんだよ! でないと魔法は溶けてしまうからね。パーティーで手に入れたものは全て消えてしまうよ!」


 ……手に入れたもの?


 よく分からないが、その時突然、老婆の、船の横から、先程の女の頭半分がチャポンと浮かび上がり、裂けた口でニヤリと笑った。


「「っ!」」


 二人は示し合わせたように、涙を浮かべながら門の方へ走り出した。




 ◆




 ろうそくの浮かぶ墓地を、二人は歩く。


「……大丈夫。大丈夫だから……」


 ヘンリーは、そう呟きながら、グレースの手を握りしめた。

 固く結ばれた手は、もはや彼女のためなのか、自分が彼女に縋っているのかすらわからない。

 ただ、その温もりだけが、二人の心そのものを繋ぎ、保たせていた。


 その時、不意に二人の後ろから声がした。


「ーーー……リンゴ……」


「!?」


 二人が振り向いた先に、老婆の仮面をつけたモヒカンが居た。

 モヒカン老婆は言う。


「……りんごは、要らんかね? 血のように赤く、毒のように甘い……」


「「いりませんっ!」」


 二人は同時に叫び、逃げ出そうとしたが、その腕を冷たい石のような手に捕らえられた。

 二人を捕らえた、モヒカン老婆が言う。


「……てめぇ等……、人間か?」


 あまりの恐ろしさに二人は声が出ない。

 老婆が面の下から高らかな笑い声を上げた。


「ヤロー共ぉ! 人間だぜぇーーーーっっ!!」


それに応えるように、突然土がボコボコと盛り上がり、地の底から歓声が上がった。


「「「おぉおおぉぉぉぉーーーーー」」」


「うわっ!」


「いやぁァァァァーーーーっ!」


 墓から溢れ出したのは、幾百ものゾンビに、骸骨、それに透けて見える、顔の崩れた幽霊達。


「ひゃっはぁーーーっっ! 怯ろえ怯えろっ! 今こそ我ら亡者の本領発揮っ……プギャ!」


「え?」


 妙な声に目を開けてみれば、そこには何故か地に張り付くモヒカン老婆の姿。

 そして、さっきのカボチャ男の声が響いた。


「……空気を読め。ソレは可愛い黒猫ちゃん達だ」


「ガハッ」


 モヒカン老婆はそう言うと、動かなくなった。


「ほら、お前達に差し入れだ。チョコやらアメやら貰ってきたぞ!」


 カボチャ男がそう言って開いた袋の中からキラキラと輝く様々なお菓子が溢れ出した。

 コウモリ型のチョコに、かぼちゃ型の棒付きべっ甲飴、蜘蛛のキャンディが飾られた綿飴や、ゴーストやフランケンシュタイン等で型抜きされたクッキー、それに様々な可愛らしいアイシングシュガーで繊細なトッピングの施されたマフィンに、生首寒天の閉じ込められた、瓶詰めのフルーツゼリー。

 様々な趣向を凝らしたその可愛らしいお菓子に、思わずその場のすべての者が、色めき立った。

 カボチャ男は、誇らしげに言う。


「テラー・オブ・マフィンマン様からだ」


 その名を聞いた瞬間、ゴーストやゾンビ達から、歓声が上がった。


「「「「「おおぉぉぉぉおおぉぉぉぉーーー!」」」」」


 そして我先にと、そのお菓子に群がり始める。

 その恐ろしい光景に、二人は思わずゴクリとツバを飲んだ。

 そして、グレースが思わず呟く。


「お、美味しそう」


「……」


 恐ろしいと思いつつも、お腹を空かせた子供たちには、耐え難い光景であった。


 カボチャ男はモヒカン老婆を開放しつつ、子供達に言った。


「お前らもグズグズしてないで早く来いよ。お前らのは、あの中だ」


 そして指さしたのは、黒い大きな洋館。

 二人の子供たちは、今度こそ、自分たちの意思で、その洋館に向かって歩き始めた。



 ◆



 ふわふわと飛ぶ人魂に混じって、時たま刺々しい仮面をかぶった妖精達も飛んでいる。


 カボチャ男について二人は歩く。

 やがて庭を抜け、二人は屋敷の玄関に辿り着いた。

 玄関に付いていた、羊の蝶番が言う。


「合言葉を言え」


 かぼちゃ男がボソリと言う。


「……んなもん、いつ出来たんだよ?」


「無い。それが正解だ。さあ通れ!」


 そうして扉はひとりでに開いた。

 三人は、その扉に入っていった。



 ◇



 ーーーその頃、とある村では、男の怒鳴り声が響いていた。


「っ馬鹿なっ!! 昨日の今日でもうやっただと!? 俺にあの子等に、別れも言わせなかったって言うのか!?」


 男はそう言って、可愛い縫いぐるみを女に投げつけた。


「だって、ジル! あなた昨日言ったじゃない! 私の親戚に預けて構わないって! ちょうど、本当の偶然に、今日、旅の途中で立ち寄ってくれたのよ!」


「……旅の途中……? ……家もない奴に預けたのか!? ふざけるなよ、お前!」


「ああ、ジル、ジル! お願い聞いて!」


 縋る女から逃れるよう、男は後ずさった。


 ーーードンっ


 その拍子に、後ろのテーブルに足が当たり、男は咄嗟に手を付いた。


 ーーーカサッ……


「?」


 その手をついた所で、妙なものが指に触れた。

 いつもヘンリーが座る席の、ちょうどその場所。テーブルの卓の裏側の、脚を支える補強材の隙間に、一枚の紙が挟まっていたのだ。男は、それを開き、中を見る。

 そして、その直後、男の目に憎悪と嫌悪の光が宿った。

 そして、女を睨みながらその紙を見せる。


「てめぇ、どういう事だ?」


 そこに書かれていたのは、歪んで、たまに左右が鏡文字になった短い文。




 “おとうさん、たすけて”




「っ」


 女の体が震えた。

 そして、背中を丸めながら、おどおどと言う。


「なな、何かの間違い。イタズラでしょ? あの子達と、私どっちを信じ……」


「黙れっ!!」


 男は女に怒鳴ると、カバンと使い込まれたロングソードを手に取り、ドアに向け歩き出した。


「ちょっ……、ジル! こんな時間にどこ行くの!?」


「あの子等を、探しに行くに決まってんだろ? ……そんで、俺が帰って来たとき、もしまだお前が居たら、この剣で、斬り殺してやる」


 そう言って、男は鞘に収めたままの剣を、女に向けた。


 そして、男は暗い森に向かって走り出した。




 ◇




 一方、カボチャ男と、二人の仮面をつけた子供達は、蜘蛛の巣の架かった、ホコリまみれのロビーを抜け、錆びた“エレベータ”と呼ばれる、カラクリの鉄籠に乗っていた。

 カボチャ男はおもむろに、1階から9階までのボタンを順番に全て押していく。全ての数字にランプが灯ると、9階の上に、“ホール”と記された新たなボタンが、青く光りながら浮かび上がった。

 カボチャ男がそれを押すと、ボタンはオレンジに色を変え、エレベータは上昇を始めた。


 ーーーチーー……ン



 小気味よいベルの音を響かせ、やがてエレベータは止まった。


 ガシャンとドアが開いた瞬間、三人に、澄んだ響きを持つ男の声が掛けられた。


「遅刻だよ、ジャック」


「す、すみません伯爵。最後の客を迎えに行ってました」


「ふーん」


 そう言って、覗き込んできたのは、ヘンリーとグレースに近づいてきたのは、黒髪の、見惚れる程に美しい男だった。

 黒いシルクハットを頭に乗せ、フリルがふんだんにあしらわれたシルクのシャツの上に、襟が高く立った、黒いビロードのマントをかけている。そして、その口元には、鋭い牙が覗いていた。

 男は嬉しそうに微笑みながら言った。


「ようこそ、僕の愛しい子猫達。僕はヴァンパイア伯爵だ。存分に、このパーティーを楽しむと良いよ!」


 唖然とする子供達にヴァンパイア伯爵はそう言うと、高らかに手を掲げ、広間に響き渡る大きな声でいった。


「さあっ! パーティーの始まりだ! “光 あれ”!」


 途端、辺りに白く眩しい光が立ち込め、思わず二人はその眩しい光に目を閉じた。



 ーーーなんて、光属性の強いヴァンパイアだろうか。



 そう突っ込むものは、この場には誰一人としていなかった。



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