番外編 〜ヘンリーとグレース〜 ①
唐突に、番外編開始です!5話程度で終わればいいなと思い書いてます。
※この話は、10月末、HALLOWEEN用に書いたものです。※
ある日、レイスが思い立ったように言った。
「ラムガル」
「はっ」
「ルシファーを呼べ」
◇
ーーーとある村にて。
「さっさとおし! 水くみは? 掃除は!?」
「もっ、もう少しだよっ! お義母さん!」
少年ヘンリーは、鬼の様に顔を歪める女に向かって慌てて答えた。
「ったく、グレース! ノロマのグレースはどこだい!? ご飯の支度はまだしてないのかい!? とっとと始めなっ!」
女は大きな足音を立てながら、家の中に入っていった。
ーーーその晩。
1つの窓だけ明かりを灯した小さな家から、昼間の怒鳴り声とは、似ても似つかない女の猫撫で声が聴こえてきた。
「ねぇジルぅ、あの子達、今日も私を無視したのよ。やっぱり、義母って駄目なのかしら? 私もう……哀しくって……」
「サリー……。いつかきっと、あの子達もわかってくれるよ。僕からも言って聞かせるから」
「いいえっ! 私もう、耐えられないっ! ジルっ、お願い選んで! 私か、……あの子達か……」
「……そうは言ってもサリー。あの子達はまだ幼い。見てくれる人なんて居ないし、学校や施設に預ける為の金なんてないだろう」
男は困った様に、女の肩を撫でた。
「ーーー……私に任せて」
俯いた女が、ニヤリと笑ったのを、男は気づかなかった。
そしてその女は、その話を、幼い少年ヘンリーがこっそりと聞いていたことに、気付かなかったのだった。
◇
次の朝、女は二人の子供を呼びつけた。
「ヘンリー! グレース!! 薪を拾いに行くよ!」
ヘンリーは慌てて、自分のポケットに小さな小袋を忍ばせると、女の所に駆けつけた。すぐ後からはグレースも駆けてくる。
ヘンリーは、家を出ないで済むよう、女に言った。
「薪? お昼ご飯もまだだよ。食べてから行こうよ」
ーーー……父さんにちゃんと話せば、きっと出て行けなんて言わないはず。父さんが帰ってくるまで……。
そんな望みをかけた、ヘンリーの言葉を女は笑った。
「山の中で、お腹いっぱい食べさせてあげるわよ! さあ、これを持ちな。行くよ」
ーーー……斧しか持ってないのに、何を食べるって言うの?
ヘンリーはそれでも、ついていくしかなかった。
……断れば、グレースが叩かれる。僕なら平気だけど、グレースはまだ小さいんだから……。
ヘンリーはその手斧を受け取り、もう片方の手でグレースの小さな手をしっかりと握り、女の後ろをついて、森の中へ歩き出した。
◇
女はどんどんと奥に行く。
「ま、まだ? もうずいぶん奥に来たけど……」
「やかましいよ。森の奥にある木のほうが、良く燃えるんだ」
そんな話は聞いたことはないが、ヘンリーは女に着いていくことしか出来なかった。
ーーーやがて、女が立ち止まり言った。
「私はここで待ってるから、薪を拾っておいで。いいかい?このかごいっぱいになるまで集めるんだよ。その間に、私が居なくなっても、それは昼ごはんの材料を探してるだけだからね。私が戻ってくるまで、ここで待ってるんだよ」
ヘンリーとグレースは頷き、森の中に入って行った。そして、二人が集めた薪を置きに戻って来た時、女の姿は消えた。
ーーー女は森を独り歩きながら、ふと、不自然なものに気付いた。
「……ん?」
ソレは白く濁った、つるつると丸い小さな石。
旦那のジルの、前妻が庭弄りでよく飾りに使っていた“ルナストーン”だった。
月の光を浴びると、淡くパールイエローに輝く石だ。
女はそれを拾い上げた。
「……何でここにこんな物が? ーーー……! そうか、あのガキ共か……」
女はニヤリと笑い、それをポケットにしまった。
◇
日が沈もうとした頃、ポツリとグレースが呟いた。
「お兄ちゃん、お腹空いたよ……」
ヘンリーは困ったように笑いながら、懐から固パンを出した。
昨晩の話を聞いて、夜が明ける前に、コッソリと台所からくすねてきたものだった。
「ありがとう、お兄ちゃん! ……だけど、お兄ちゃんの分は?」
「僕は大丈夫。それよりもうすぐ、お月さまが帰り道を教えてくれる。そうしたら、また、たくさん歩かないといけないから、元気になってね」
「……うん」
グレースは頷きながら、固パンをカリカリと半分食べた。
残りの固パンををヘンリーに差し出したが、ヘンリーはそれを受け取ろうとはしなかった。
やがて、空に星が輝き出した頃、森の中に、ポゥっと小さな明かりが灯った。
ヘンリーは歓声を上げた。
「グレース、見て! あの光を辿れば帰れるよ!」
そして二人は手を繋いで、歩き出した。
◇
しばらく歩いた頃、ヘンリーは異変に気付いた。
「……あれ? ここ、さっきも通った。そこの倒木、グレースがさっきスカートの裾を引っ掛けたやつだ……」
「……お、お兄ちゃん」
グレースは怯え、ヘンリーの手を一層強く握りしめた。
ヘンリーは、ゴクリとツバを飲み込み、恐怖や焦りを隠し、グレースに笑いかけた。
「……だ、大丈夫。ドコかで見落としたんだ。もう一度行ってみよう!」
ーーーしかし、その決断は、無情にも時間と体力だけを消費するだけ。
「……お、お兄ちゃんっ、あの倒木!」
「! ……っ」
ーーー空腹と、疲労と、恐怖に震える幼い子供には、もはや、正確な判断など出来なかった。
「こっ、こっちに行ってみよう!」
そして、二人は見当違いの方向に歩き出したのだった。
◇
空に浮かぶ月が、不気味な赤に染まっている。
二人は震えながら、互いの手を強く握りしめ暗い森の中をあるき続けた。
靴擦れの豆が潰れたのにも気付かないほどの恐怖。
緊張、空腹、ピークを超えた疲労の中で、二人は幻を見た。
「……お兄ちゃん、何だか森の奥が明るいよ」
「……う、うん。それに、何だか甘い香りがする……」
空腹の二人は、吸い寄せられる様に、その明かりの灯る方へと歩いていった。
そしてその先で、二人は信じられないものを目撃した。
ヘンリーが思わず呟く。
「お、大きな、おうち? ……なんで、こんな所に……」
そこにあったのは、川を挟んだ向こうに、突如として現れる、古い洋館。
洋館を囲む広大な敷地は曲がった鉄柵でぐるりと囲われ、途中の柱には、醜悪なガーゴイルや悪魔達が、睨みを効かせている
柵の内側の庭には、朽ちた井戸や、崩れかけた聖者達の像があり、その隙間を縫うように、一面に墓石が立ち並んでいた。
黒い、巨大な洋館の部屋の窓には、1つも明かりは灯っていないのに、広い庭一面に並ぶ、古い墓石や石像の周りには、幾千の蝋燭が灯っている。
そして、時たま蝋燭ではない、青白い光がまるで蝶のようにふらふらと、音も無く飛び交っていた。
グレースが、ヘンリーの手を引いて言う。
「お、お兄ちゃん。ここは違う。……ここ、駄目なとこだよ!」
グレースの尋常でない怯え方に、ヘンリーは、頷き踵を返そうとした。
その時、二人の背に、震えるくぐもった様な声が投げかけられた。
「Trick or Treat!」
「「!?」」
二人は、弾かれるように、同時に振り返った。
そこに居たのは、黒いマントを着けた、何故かカボチャのマスクを被った男。
男は言う。
「オメーら、人間だろ? 何かよこせ。ほら、トリック・オア・トリート!」
「え……」
二人は困惑しながらカボチャ男を凝視していたが、ふとグレースが、半分だけの固パンを差し出した。
「ほー、菓子じゃねえのか。まあいい。Treatってな、粗品って意味だ。別に菓子に限ってねえからな」
カボチャ男はそう言って、二人に、黒猫の仮面を2枚差し出した。
「「え……?」」
困惑する二人に、男は言った。
「良かったな。子供だけの特別チケットだ。それつけて、レッツパーリーだぜっ!」
「「……??」」
なおも困惑する二人に、突然川の中から、嗄れた低い声が掛けられた。
「乗んな」
そこには、いつの間に湧いて出たのか、船に乗った老婆がいた。
「ヒヒヒ、……喰われたくなきゃ、乗んな」
明らかに怪しい。
二人は逃げようと後退り、後ろを見る。しかしそこには、いつの間にか、あのカボチャ男が佇んでいた。
「おいババア、んな事言うと、折角のガキ共がビビっちまうだろ。ガキ共、そのババアは気にすんな。とっとと乗れ。ーーーあ、ちゃんと仮面はつけとけよ?」
逃げ道は無かった。
二人は、言われた通り仮面を付け、しっかりと手をにぎり合いながら、小舟に乗り込んだのだった。
ここに登場するモンスターの解説は行いません!
ご想像にお任せいたします。




