神は、寵愛を与え賜うた15
レイスは、苦しみもがきながら、ジャンヌの斬撃を躱す。
「くっ……、おのれっ、おのれぇーーーっっ!!」
レイスが、笛を吹くゼロめがけ、青い炎を放つが、ジャンヌはその青い炎を剣圧で払い飛ばした。
炎は散りはすれど、消えることはなく、辺りは炎で包まれる。
炎に照らし出された、ジャンヌの目が光った。
「ーーー……ゼロには、指一本触れさせん」
「黙れっ虫ケラが!! あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」
レイスは、耳を押さえ、更にその音色が耳に届かないよう、自分の声で掻き消そうと、悲痛な叫びを上げた。それでも、ゼロの奏でる魔法の音は、その鼓膜を揺らす。
その時、突然ゼロの奏でる曲が変わった。
レイスは一瞬、ホッと息をつくが、次に流れ出した軽快なリズムに、再び身を強張らせる。
「オ……オクラホマミキサーだとっ!?」
……あ、ほんとだ。どこかできいたことがあると思ったら、俺が教えた曲だった。
「レイスの炎を、……まさか……、っまさか、キャンプファイヤーに見立てているとでも言うのか!?」
レイスがワナワナと震えだした。
だけどレイス、その炎は間違いなく“キャンプファイヤー”じゃないから、安心してね。
百人中百人が、“地獄の業火”って答えるはずだから。
レイスは、口を震わせながら。
「ヤメロっ……そ、それは、男女がその思いを胸に秘め、甘い気まずさを感じつつ、強制的に踊らされる恐ろしいダンスの曲っ」
ジャンヌが舞い上がり、レイスに斬りかかる。
もはや震えるだけとなったレイスは反撃することが出来ず、ただその攻撃を交わすだけ。
「滅びよっ!! 邪神めえぇ!!」
その声に合わせ、ゼロが更に曲を変えた。
「あああァァァァーーーーっ!!!」
レイスが、とうとう悲鳴を上げ、まるで逃げるようにその身を光と変えて消えた。
……辛いよね。
レイスはアビスに“青春”のトラウマを植え付けられた。それなのに、キャンプファイヤーでのオクラホマミキサーに、マイムマイム……。
レイスの消えた空間で、ジャンヌはゼロに歩み寄り、膝をついた。
「ありがとう、ゼロ」
ゼロは、微笑み、言った。
「僕の方こそ、ありがとう」
「!!?」
「ーーー大好きだったよ、ジャンヌ」
そう言い、微笑むゼロの体が光り始めた。
「ゼ、ゼロ!?」
やがて、その光はゼロを、そしてその周りのすべてを白く包み込んで行く。
その光が収まった頃、ゼロの居た場所に、白く輝く服を纏った、短い黒髪の青年が佇んでいた。
ーーー……青年? ……誰?
いや、ゼロスだよね? ……誰? 見た目15歳くらいなんだけど。
「……あ、貴方は? ゼ、……ゼロ?」
困惑の表情を浮かべ、ジャンヌは尋ねた。
……誰? 俺も聞きたい。ゼロスなの?
「僕はゼロス」
あ、やっぱりゼロスだった。ああ、ビックリした。
ジャンヌは、ゼロスの言葉に、目を見開き頭を下げた。
「ゼ、……ゼロス神様!? え……、しかし、ゼロ……、ゼロは?」
ジャンヌは混乱しつつ、頭を下げたまま、目をぐるぐるさせながら尋ねる。
ゼロスはそっとジャンヌの肩に手を置き、顔を上げるように促した。
「ゼロは、僕だよ。ジャンヌ」
「……え? ゼロが……ゼロス神様……?」
「そう。神なんだ」
ジャンヌは、眉を寄せながら再びその上げかけた頭を深く地に下げた。
「ーーー……ゼロであれ、ゼロス神様であれ、私は貴方様について行くとこの心に誓いました。この誓に、二言はございません」
ゼロスは困ったように笑いながら、ジャンヌに言った。
「流石は騎士だ。だけどそのことも含めて、僕は君に謝らないといけないね」
「……?」
「僕は、もう、君と共には居られないんだ。君の願いを叶えられなくてごめんね」
「ーーー……え?」
ジャンヌは、思わずその顔を上げた。
「僕は人間達を創った“神”だからね」
「っど、……どういう事でしょう?」
ジャンヌの声に、ゼロスは静かに目を閉じた。
「人間とは、つくづく不完全だよね。だけど僕は、どんなに愚かであっても、人間達の事を愛しいと思う。ーーー……だけどね、唯一、人間が、人間でなくなる条件があるんだ。……わかるかな?」
その問いかけの答えが見つからず、震えながらジャンヌはゼロスを見つめた。
ゼロスは、目を開き、少し悲しげに言った。
「それはね、“個”を愛した時だ」
「……個?」
「そう。そもそも人間と魔物の違いは何か? それは、他者を愛す事が出来るかどうか。人は不完全ではあれど、“万物”を愛し、魔物はただ己と言う“個”を愛すると言うこと」
ゼロスは悲しげに、まるで罪の告白をするようにジャンヌに話す。
「人間は、醜い部分があることを、僕はちゃんと知ってる。他者を憎み、愚かな行為もする。だけどそれはしょうが無い事。僕は、そんな事は構わないんだ。……ただ、かつて僕が、唯一赦せなかった存在があった。それは、“ラウ”を愛した者。例え、人間の形をしていようと、アレはもう“人間”では無い。“魔物”だった」
……ゼロスは、ずっとアビスの事を悔いていたんだ。
止められなかったこと。そして堕ちてしまった存在を、赦すことの出来ない自分の心に。
ゼロスは、優しく、ジャンヌに微笑む。
「僕は、君を好きになって、他の犠牲すら厭わず、相手を求めることを知った。……人間であれば、この上なく美しく輝く心の1つだろうね」
次の瞬間、その顔から笑みが消えた。
「ーーーだけどね、同時に“神”には不要な心だとも知った。ーーー……そう、“寵愛”は、この世界を闇に沈める引き金となるんだ」
……そう……、もう十回くらい沈んでるしね……。
ゼロスは自分の胸に手を当て、そこから小さな小さな、金色に輝く、丸い光を取り出した。
「ジャンヌ、これは僕の欠片。君に恋していた気持ちのみを切り取った欠片だ」
そう言って、それを空中に浮かせると、ふわふわとゆっくり、パーシヴァルの方に流れ、やがてその胸に吸い込まれていった。
「気付いていたかい? パーシヴァルも、君に恋をしていた。君が勇ましくて、声を掛けられずに過ごしていたけどね。その記憶に、欠片が同期すれば、パーシヴァルは生き返る」
「!」
驚くジャンヌに、ゼロスは困った顔で言い訳した。
「……本当は駄目なんだけどね。だけど、あれはレイス本人の失態だ。黙らせるさ」
光の入ったパーシヴァルの体が、淡い光を放ちながら、その血濡れの体を再生させていく。
「ーーーさて、これで僕の心はパーシヴァルに移った。そして君には迷惑をかけてしまった分、これをあげる」
そういったゼロスは、手の上に小さな小箱を創り出した。
猫脚の、小さな宝石ケースのような箱。その蓋は、ハートのレリーフが刻み込まれ、レリーフの中には、真っ赤な宝石で薔薇の花が描かれていた。
「これはね、魔法のオルゴールだよ。ほら、覚えてる? 前にジャンヌの為に音楽を奏でる約束をしたからね。ジャンヌの心が僕を覚えている限り、このオルゴールは、僕が奏でる曲を流し続ける」
ジャンヌは、その箱を受け取りながら、喉に引っかかる言葉を言い出せず、苦しげに、顔を歪ませる。
「……っ」
ゼロスは、その言葉を待つ事なく、笑顔でジャンヌに言った。
「さよなら、ジャンヌ」
「ッゼ……」
刹那に、その名をジャンヌが呼ぼうとした。
しかし、もう、そこにゼロスの姿は無く、幻のように、少しの光の粒が揺らめいているだけだった。
「……」
ジャンヌはその揺らめきに、そっと手を伸ばしたが、それに触れる前に、その手の動きは止まった。
パーシヴァルから、小さな呻きが上がったのだ。
「う……、」
ジャンヌは小さな小箱を懐に仕舞い、立ち上がった。
唇を噛み締め、何事も無かったかのように、パーシヴァルに駆け寄った。
「っパーシヴァル殿っ!」
「ぐ……ジャンヌ、……邪神は?」
「……ゼロが、退けてくれました」
「そうか、ゼロは……無事か? 姿が見えないようだが……」
心配するパーシヴァルに、ジャンヌは今できる精一杯の笑顔で言った。
「っ大丈夫です。……全てを思い出し、自身のあるべき場所へ……帰っていったのですっ」
何かを必死で堪え、声を震わせながら、そういうジャンヌに、パーシヴァルは何も聞かず、ただ頷いた。
「……そうか。良かったな」
「……ええ。これで、良かったのです」
ジャンヌは俯き、小さな声で、そう言った。
次回、寵愛編完結っ!今日の夕方5時過ぎにアップします。
ゼロスが少し大きくなりました。見かけ、ゼロス15歳。レイス10歳くらいな感じになりました。




