神は、寵愛を与え賜うた14
ーーー闇の中で、光を見た。
それは、小さな光なんかじゃない。
闇を切り裂く、白い閃光。
邪神と対になる、白いスパーク。
その光景に、私は呟いた。
「……ゼロ?」
◆
ゼロは間一髪で、レイスの前に飛び込み、立ちはだかった。
レイスが目を見開きながら言う。
「……捨てたはずでは無いのか? なぜ、こんな奴らを今更守る?」
「っ!!」
ゼロは答えず、黒いスパークを跳ね返し、ふとマリア像に縫い留められたパーシヴァルと、ガラフを見る。
そして、胸に突き立った剣を悲しげに見つめ、激しい怒りを込めた目で、レイスを睨んだ。
その迫力に、レイスは、一歩後ずさる。
「……殺すつもりは無かった。あまりに、弱すぎただけ。そして、お前が去った事で、この世界を終わらしてやろうと思った迄」
ゼロはレイスを睨んだまま、パーシヴァルの亡骸に手をかざした。
聖騎士の胸に刺さっていたエクスカリバーが、まるで吸い寄せられるように、その手に収まる。
「ふ、その剣でこのレイスをどうするつもり? ゼロは弱い。何度やっても、レイスは、倒せないっ!」
そうレイスが叫んだとき、その手に、エクスカリバーの姿をした、黒い魔剣が生まれた。
ーーーこうして、魔剣アロンダイトが創られたんだ。
レイスがクルクルとアロンダイトを軽やかに回転させ、その手に構えた。
かつて、この世に舞い降りた武神すらたじろぐ、一分の隙もない構え。
ゼロスは、エクスカリバーを握りしめ、かつてない怒りのオーラを立ち昇らせ、光の矢となりレイスに飛び掛かった。
剣と剣が触れ合うごとに、空間が震える。それも、一息をつく合間に数千回もの剣筋が繰り出されるのだ。
その振動に、壁ではなく空間に亀裂が入り始める。
だが、亀裂が入ると同時に、そこに光が集まり、亀裂を修復する。
いつの間にか、広間の隅に、マスターが佇んでいた。
マスターは、鬼気迫る勢いで、手に持つキューブを回転させ続けている。
同時に周りに浮かぶ、幾千ものキューブが回転する。
……そう。マスターもまた、戦っていたんだ。
ジャンヌはゼロとレイスの戦いを唖然と見ていたが、ハッと我に返るとマリア像に向けて駆け出した。
そして、パーシヴァルとガラフを降ろす。
ガラフは浅い息をしているが、パーシヴァルは只静かに目を閉じていた。
「……っパーシヴァル殿……」
ジャンヌが悔しげにその名を呼んだとき、ガラフの呻きが上がった。
「……うっ……、ジャンヌ……か?」
「ガラフ!」
ガラフは焦点の定まらない目で、上空を見上げ笑った。
「あぁ……ゼロの奴、来てくれたのか。……なはは、パーシー、これで助かるぜ。ゼロは強い。今回こそ、きっと邪神を倒してくれる……」
パーシヴァルが死んだ事を知らないガラフは、その躯に語りかける。
「なぁ、パーシー。俺ら違う立場で、あの施設で過ごしただろ。お貴族様なお前を、俺は気に食わなかった。だが、お前は、そんなクソみたいな俺を、友達だって言ってくれた。あの時からな、俺はお前の為なら、この命を賭けてやろうって思ったんだ。俺が、お前の願いを叶えてやる。帰ったら、……また何でも言えよ。手伝ってやるよ。もし俺が、騎士になれたとしたら、俺の唯一仕える王様は、お前だけなんだぜ……」
ーーーそうか。真の騎士を配下にできるとは、俺はなんて恵まれた者なのだろうな。
そう、笑いながら答える者は、もういない。
ジャンヌは、嬉しそうに上空の死闘を見上げるガラフに気づかれないよう、声を殺して泣いた。
みんな、それぞれの違った思いを、心を胸に、今この場に立っていたのだった。
◇
ーーーバキバキバキバキバキバキッ
レイスに弾き飛ばされたゼロが、空間その物を砕きながら、地を滑った。
柱を砕き、やっとその勢いが止まった所で、砕けた空間が何も無かったかのように戻った。
レイスが声を弾ませて言う。
「楽しい。楽しいぞ、ゼロ。次は、魔法の勝負でもするか?」
楽しそうにそう言う戦闘フェチのレイスの言葉に、マスターが涙した。
ゼロは、そんなレイスの言葉に乗らず、ムクリと上半身を起こすと、再びレイスを睨んだ。
レイスは、その視線でしどろもどろ言い訳をする。
「……。ふん、つまらんやつだ。……もういい。レイスも飽きた。そろそろ本当に終わりにする。いいか? ゼロ。お前の望む未来は絶望的だ。人間は愚かすぎる。お前ももう、諦めろ。すべてをリセットして、もう、何も無かった事にすると良い」
レイスは、そう言って、黒い剣先をゼロスに向けた。
マスターが慌ててキューブをひねる。
「心残りが無いよう、レイスが全部消してあげる」
ーーー…次の瞬間、空間が壊れた。
レイスの放つ光が、ゼロでは無く、四方に弾けたからだ。
マスターがゼロの後ろを強化していたにも関わらず、ノーマークだった場所にその力をぶつけられ、空間はあっという間に、薄いガラスのごとく砕け落ちて行く。
広間は消え、皆は、壁も床も天井もない、何もない空間に佇んでいた。
レイスが、ゼロの方に視線を向ける。
ーーー……そこには、ゼロの前で両手を広げる、ジャンヌがいた。
「なんのつもりだ? 虫ケラが。お前如き、ゼロの肉壁にもならん」
「……」
ジャンヌはレイスの威圧に震えながらも、ゼロを庇うように両手を開いたまま、動こうとしない。
ゼロすらも、そんなジャンヌに驚き、目を見開いていた。
レイスが再び剣を向ける。
……マスターが、死を覚悟した。
ジャンヌは、レイスを真っ直ぐ睨みながら、言った。
「くっ、……殺せっ!」
「!!?」
……まさかの“クッコロ”を自分に向けられたレイスは、目を見開き、その動きを止めたのだった。
◆
ジャンヌが、レイスを睨みながら、ゼロにそっと話しかける。
「ゼロ、……すまなかった。私は愚かだった」
「?」
ゼロの位置から、ジャンヌの表情は見えない。
ゼロは首を傾げながら、その話に耳を傾けた。
「私は、騎士の形骸に憧れ、追い続ける哀れな村娘だった。……だけど、ゼロはいつもそんな無様な私を守ってくれた。到底人間の及ぶはずもない力で。……だけど、いつしか私は……ゼロを守ってやりたいと思うようになった。共に居たい、肩を並べたい、と、弱い愚かな村娘の分際で……」
「……」
「だが、……ゼロは強過ぎた。……私なんかに守られる必要がなかった。……私は、己の惨めさのあまり、ゼロから逃げた。自分の弱さを棚に上げ、全てゼロのせいにした。……死んでしまいたい程に、苦しかった」
ジャンヌの肩が震えた。
「だけど、あの邪神が言ったんだ。……ゼロは、私の事が好きなのか?」
「!!?」
ゼロの目が見開き、その顔が赤らんだ。
「ゼロ、もしそれが本当なら、……ひとつだけ、私のわがままを聞いてくれないか? 弱くて、ずるい、こんな私のたったひとつの願い。……私も、お前を守りたい。……守らせてくれ。私を、ゼロだけの騎士にして欲しい」
そして、ジャンヌは苦しげに言った。
「ーーー……私も、お前のことが好きなんだ。……共に、居たい。私の目指した全てを、お前に捧げたい」
ジャンヌが、そういった瞬間、まるで時間が止まったように、すべてが動きを止めた。
レイスもゼロも目を見開き、マスターさえ、キューブを回す手を止めた。
そして、再び時を動かしたのは、ゼロだった。
ゼロは、自分の持っていたエクスカリバーをジャンヌに差し出した。そして、自分は魔笛を取り出し、ジャンヌに微笑んだ。
「ーーーありがとう、ゼロ。私は、お前の音で踊るのが好きなんだ。この命尽きるまで、ゼロの音で、剣舞を踊り続けよう」
そう言って、ジャンヌは、エクスカリバーをレイスに向かって構えた。
そしてゼロはニヤリと笑い、魔笛を奏で始めた。
ーーー厳かで、美しい音色。
「ウッ………や、ヤメロっ!! ゼロっ! ソレはっ……、ええいっ! ヤメロオオォォォーーーッ!!」
途端にレイスが頭を抱え苦しみ始め、同時にジャンヌは、黄金の光をその身に纏う。
そして俺はふと思った。
……あ、この曲知ってる。昔、レイスが魔窟で作って歌ってた詩のメロディーだ。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます!
“寵愛”編も、ぼちぼちクライマックスを迎えそうです!
戒律のある騎士達って書くの難しいですね。
騎士を題材に書かれてる方々を、本当に凄いと思いました!




