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神は、寵愛を与え賜うた13

 

 ゼロスは少し沈黙し、その後小さな声で呟いた。


「……だけど、……消したくない。楽しかった」


 俺は、そんないじましい姿のゼロスを見て、そっと葉を揺らした。


「ーーー……知ってるかい? 恋は、愛と違って、酸っぱいものなんだ」


 俺の言葉に、ゼロスの肩がピクリと震えた。


「……こういう事か……。だけど、辛すぎるよ。受け取ってもらえない実を実らせ続けるなんて、……枯れてしまうよ」


 俺は膝を抱えたままのゼロスをに、優しく声をかけた。


「そうか、ゼロスは少し、心が疲れてしまったんだね」


「……心?」


 俺は頷く代わりに、葉を揺らした。


「……これは“恋”以前の話になるんだけどね、心は一人ひとり全く違うものを持ってる。育った環境、出会った人、経験、願い、そういったもので作られて行くからね」


「そんなの当たり前だよ」


 ゼロスは、俺の話のさわりに、そっけなく相槌を打った。俺は話を続ける。


「記憶も、心も、全く違うものしか持ち合わせない者が、互いを気にしてともに過ごす。それがどれ程難しいかは、ゼロスはもう経験してきたと思う」


「……」


「ジャンヌは、この三年の内に、どれほど“ゼロ”のことを理解しただろう? そして、ゼロスはともに過ごして、ジャンヌの心をどれほど知ったのかな?」


 俺の質問に、ゼロスはモゴモゴと答えた。


「ジャンヌは、騎士を目指してて、強くなりたいと思ってるけど、実はダンスが大好きで、……優しくて……、えっと……」


 ゼロスは、少し考えながらも、ジャンヌの事を延々と話し続ける。

 本当に、大好きなんだね。

 俺は頷くように葉を揺らす。


「よく見ているね。そう、それがジャンヌだ。だけどゼロスは、そんなジャンヌの心の形を変えようとしたんだ。ジャンヌの心に、自分の居場所を作ろうとした。だけど、心を変えさせるのは並大抵のことじゃない。それはとても大変な“心の力”を使うんだよ。万人を無条件に愛したり、見たこともない相手を盲信的に信仰する事とは、訳が違うんだ」


 俺の言葉に、ゼロスはハッとしたように、顔をあげる。


「そう、それだ。……僕は、神としてじゃなくて、僕として、ジャンヌの中で特別な存在になりたかったんだ」


 その言葉に、俺は驚いた風を装いながら指摘を入れる。


「だけどゼロス。それを言うなら、ジャンヌはね、ゼロの事を、もうとっくに特別に見てると思うよ」


「え」


「ジャンヌはね、口説かれた時を除き、決して仲間を粗末に扱ったり、怒ったりしない」


「そう。ジャンヌは優しいからね。……って、あれ? 滅茶苦茶拒否されたけど」


「そう。恋かどうかは、俺にはわからない。だけど、それは、間違いなく、“特別”に思われてる証拠だ」


「……」 


 ゼロスは無言で、遠いジャンヌ達の地の方に目をやった。


「……ねえゼロス。だけど、それらはとんだ見当違いで、もしかしたら、これ以上傷つく結果になるかもしれない。だから俺は、行ったほうがいいとも、行ってはいけないとも言わない。決めるのは、ゼロスだよ」


 俺の言葉に、ゼロスは笑った。



「うん。もう一回、当たって砕けてくるよ。そして、これが僕の最後のアタックだ」



 俺は葉を揺らし、その決断にエールを送った。


 そして、ふとゼロスが呟く。


「……そう言えば、レイスは?」


「え? 帰ってきては居ないよ。“恋は戦い”とか、“本気でやる”とか言いながら、ダンジョンに入ったままだ」


「……っ」


 ゼロスが、まるで“ゼロ”の様に、言葉を失った。

 そして、叫ぶ。



「ッヤバイ!!!」



 そう言って、ゼロスは光の矢となり飛んで行った。


 ……“まずい”ではなく、“ヤバイ”なんだね。

 それはとてもヤバそうだ。

 ゼロスからその言葉を聞いたのは、確か聖石ができて以来だったか……。


 俺は、これから遠くの地で繰り広げられる、ゼロスとレイスの本気バトルを思い描き、ちょっとドキドキしたのだった。



 その時ふと、俺の根元から優しげな声が響いた。



「こちらは何時でも、準備は出来ておりますので、何時でもお声掛けください」




 ーーー……クロノスだった。



 俺は小さく「うん」とだけ答えた。




 ーーー聖騎士達よ、君たちの手に、この世界の命運はかかっているんだ……。


 どうか、その未来に、幸運を。




 ◇




 〈ジャンヌ目線〉


 ーーー……騎士に、なりたかった。


 尊い、騎士に。


 だがこれは何だ……。

 紙切れ1枚で騎士と呼ばれ、真の騎士のみに見つけられる聖杯への入り口は、ただの傭兵上がりのガラフが見つけた……。


 パーシヴァル殿は、立派な上流騎士だ。そして、ガラフが真の騎士だと言うなら……私はなんだ?


 あの、必死で虚無を追いかけていた騎士と何が違う?


 更には、苛立ちに任せて、何も悪くないゼロを、突き放して。


 ーーーあぁ、最悪だ。


 ゼロはたとえ人間ではなくても、私の仲間だった。

 共に笑い、ともに音楽を奏でた。

 あんなに心躍ることは……無かった。



 ゼロと別れてから、私はふらふらとモンスターを切り捨てながら歩いた。


 ーーー自分は醜い。


 こんな心で、進んだとして、もはや聖杯など見つけられない。


 ならなぜ私は進む?


 もう、嫌だ。……全部消したい。全てを無かったことにしたい……。



 ふと、向こうに一つの扉が見えた。

 石壁には不似合いな、荘厳な、教会の扉のようだ。



 何故……こんな時に限って、私は辿り着いてしまうんだ。



 私は、この上なく重い心持ちで、その美しい扉に手をかけた。




 ◆




 ジャンヌが扉を開けた瞬間、その光景に目を見開いた。


 続いて、低い声が響く。


「やっと来たか。……ん? ゼロは?」


 大きな、大きな広間にある、崩れかけた、巨大なマリア像の下に、レイスが佇んでいた。

 レイスは、今しがた、その聖母像を見上げていたが、ジャンヌの方を振り向いた。

 そんなレイスの後ろから、うめき声が上がる。


「に、……逃げ……ろ」


 聖母マリア像に、四肢の肉を貫かれ、留められたパーシヴァルだった。

 その下には、ガラフが同じように留められているが、その首は力なく垂れ下がり、まだ生きているかどうかすら分からない。

 ジャンヌは呆然と呟いた。


「パーシヴァル殿……、ガラフ……」


 邪神はジャンヌに向き直り、再び言った。


「ゼロは何処だ?」


 広い、大広間から溢れ出しそうな、恐ろしい威圧。ジャンヌは邪神を睨みながら、喉から声を絞り出した。


「ゼロは……居ない。ここは、騎士の試練の場だ。何故、貴様が居る?」 


 邪神は冷たく言い放った。


「騎士などどうでも良い。つまらぬ事この上ない戯れだ。……ゼロがここにいないという事は、ゼロがお前達を捨てたという事か?」


「……っ違う」


「ーーーならば、お前が捨てたということか」


 邪神の言葉に、ジャンヌは喉を締め上げられる思いに、声を詰まらせた。


「……っ」


 邪神が溜息をつきながら面倒臭そうに言った。


「……人間とは、本当に愚かで反吐が出る。なぜこんな物を守ろうとするのか、全く理解ができない」


 レイスは一層冷たい、怒気を含んだオーラを放った。


「もういい。お前がゼロを捨て、ゼロが去ったと言うなら、この未来にもはや価値はない。ーーー……全て、リセットだ」


 レイスの手に、黒い稲妻がバチバチととぐろを巻き始める。

 そして、ふと思い出した様に、ジャンヌに言う。


「そうだ。最早未来のないお前に、一つ教えてやる」


 黒い稲妻が、大広間を走る。そして、それが弾ける瞬間、レイスが言った。



「ゼロが何故、お前の様な下らぬ者を守り続けたか。それは、お前が好きだったからだ」



 ーーーザンッ!




「……」



 その時、レイスの立っていた位置に、一本の剣が突き刺さった。

 パーシヴァルが留められた手を引き抜き、エクスカリバーを投げつけたのだった。


 レイスは一歩横にずれ、それを避けていた。


「……っさせる、ものか……」


 そう、血を吐きながら笑うパーシヴァルをレイスが一瞥した。


「……」


 そして、無言でエクスカリバーを拾うと、パーシヴァルに投げ返した。


 ーーーっドス……



「パーシヴァル殿っ!! あっ、うああぁぁぁーーーーーっ!!」


「……」


 絶叫するジャンヌ。

 パーシヴァルは応えない。……その胸に、剣を突き立て、パーシヴァルは、声も無く絶命していた。


 レイスが憎々しげに言う。


「ちっ、ちゃんと受け取らないからだ。……まあいい。どうせ、終わるのだから」


 レイスがそう言うと同時に、黒い稲妻が弾けた。

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