神は、寵愛を与え賜うた12
〈ジャンヌ目線〉
ーーー自分に不足が有るなら、守ってもらえばいい。足りてるなら守ればいい。それだけだーーー
このダンジョンの入り口にいた、気味の悪い男の声が頭に響いた。
……あれは、油断していただけ。助けられた……訳では無い。
シーサーペントの時だって、あんな補助が無くても、ひとりでやれたはずだ。
ここは、騎士としての力を試す場所だ。守られてはいられない!
私はちらりと後ろを見た。そこには、短い歩幅で、足を一生懸命動かしながら、一生懸命についてくるゼロの姿。
だがこの姿に騙されてはいけない。
ゼロは見た目10歳位の幼子だが、出会ってから4年近く、その姿は成長していない。
しかも、ゼロを追う様に現れた邪神。
その邪神も、ゼロと同じ位の少女のような大きさだが、息をするが如く、山を消し飛ばし、地形を変える化物だ。
ゼロとその邪神の関係は分からない。
ゼロは、何も語らない。
だがゼロは、いつも私達の前に立ち、邪神から私達を守ってくれた。傷つき、立ち上がれなくなった時、邪神はいつも、まるで玩具に飽きたように去っていく。
あの人智を超えた戦いで、ゼロはいつも、私達を守ってくれた。
ゼロは強い。
人間では無いことは明らかだ。
私なんかが守る必要はない程に。
ーーーだけど、守られてるだけは嫌なんだ。
邪神との戦いは無理でも、今この、私自身の試練の時くらいは……。
ーーーガゴォーーン!
突然通路の岩という岩が剥がれて落ち、転がりだしてきた。
「!?」
「ゴアァァアアァァーーーーー!!!」
岩はムクリと起き上がり、咆哮をあげた。
およそ50体ものゴーレムだった。
ゴーレムは鍾乳石のような、トゲトゲの頭をこっちに向け、突進して来る。
串刺しにする気だ。
私はマナを剣に込め、切れ味と威力を強化する。
いつか、ゼロと共に並び立ちたいと、自分で編み出した技だ。
「残像剣乱舞っ!」
私の周りにいた五体がそれぞれ3つに刻まれ、崩れ落ちる。
私はその残骸を足場に、次の獲物を切り刻む為、駆け上がった。
2体、3体、5体……。数体同時に切ってゆくが、幾分数が多い。
仕留めそこねた一体が、私を抜け、ゼロの方へと突進した。
「くっ!」
私は慌てて踵を返し、その一体を仕留めに戻るが、ゼロは軽いステップで数センチ跳び上がると、そのまま足を振り上げたと思った瞬間、ゴーレムは塵となって砕けた。
……塵どころではない、最早、パウダーやダストと言ったほうが良いかも知れない。そして、その粉は光に包まれ、消えた。
ゼロが、大丈夫とでも言うように、こちらに微笑んだ。
「……っ」
私は再びゴーレムの大群に向き直り、剣を構え咆哮を上げながら駆け出した。
「おおおおおおおおおぉぉーーーーーっ!」
苛立ち紛れに、私は剣を振った。
◇
〈ゼロ目線〉
突然、ジャンヌの様子が変わった。
僕はジャンヌと協力してこのダンジョンを進んで行こうと思った。ジャンヌも、そのつもりだろうと思ってた。
今までの旅だって、連係プレーはしてきたんだ。何故かパーシヴァル達はレイスとの対決以外では、僕に剣を持たせようとはしてこなかったけど、音魔法での援護をしてきた。
ジャンヌも、僕に楽器を演奏して欲しいと、言ってきたことがあったしね。
ジャンヌのダンスに合わせて楽器を弾いた時は、本当に楽しかった。
……なのに、何でだろう?
僕が大切に思って、ジャンヌを守ろうとすればする程、ジャンヌは僕から離れていく。
「ーーーお前の楽器など、二度と聞きたくなど無い」
ーーーっなんで?
待ってよ、ジャンヌ!
声を出せないのがもどかしい。だけど声を出せば、きっと僕はまたジャンヌに嫌われる。
今までうまく行ってたのに、何故なんだ? ジャンヌ!
岩の洞窟を歩いていると、ゴーレムが現れた。
ジャンヌは、強くなった。今の人間たちの中では、勇者に次いで、トップクラスの強さを誇る。
僕は、ジャンヌに言われたとおり、手出しをしないで、見ていたんだ。
そしたら1匹の討ち漏らしたゴーレムが、フラフラとこっちにやってきた。
ジャンヌは沢山の相手をしていて忙しそうだったから、僕はそれを消しておいた。
ーーーその時、ジャンヌと目があった。
もしかして、僕の心配でもしてくれたのかな?
僕はジャンヌの優しさに、笑顔で返した。
やがて、ジャンヌが全部のゴーレムを倒し終わった後、ジャンヌは僕の方にやってきた。
ーーーお疲れ様、ジャンヌ。素敵だったよ。
僕は、そんな思いを込めて、ジャンヌに笑いかけた。
だけど、返ってきたのは、思いもよらない言葉だった。
「ーーー……ゼロ。お前は、私の価値を下げるんだ。頼むから、ついてこないでくれ」
ーーー……え?
◇
〈聖域にて〉
「それで、聖域に帰ってきたということかい、ゼロス」
俺は、俺の一番高い枝に座り、足を揺するゼロスに声をかけた。
「……」
ゼロスは答えない。とても、寂しそうな顔で俯くだけ。
「ねえ、ゼロス。ジャンヌは決してゼロスの事を嫌いではないと思う」
ゼロスは溜息をついた。
「慰めはいいよ。もう、……いいんだ」
「つまり、またやり直すってこと? ジャンヌや皆と過ごした、全部の記憶を消して」
ゼロスは揺らしていた脚を抱え込み、その膝に顔を埋めた。
「消したい。全部、全部消したい。全部無かったことにしたい」
そう言って、ゼロスはすべてを拒絶した。




