神は、寵愛を与え賜うた10
マスターは、可笑しそうに笑う。
「あっはっはーー! あれ見た? あの自称騎士達! 騎士って言うか、どっちかと言うと“馬”だよね? 鼻先に人参ぶら下げられたアレ!」
3人の騎士達はそんなマスターを、嫌悪を込めて睨む。
それに気付いたマスターは、あからさまに肩をすくめながら言った。
「やれやれ、冗談の通じない奴らだ。君達は最低限の条件をクリアした、“真の騎士(仮)”なんだ。もっと喜べば? ……と言っても、正確には、クリアしたのはガラハッド君だけみたいだけどね」
ガラフが、マスターを睨みながら、青筋を立てながら言う。
「てめえ、何もんだ! いつから俺達を監視してやがった!?」
マスターは、ガラフの怒声を受け流しながら、両手を広げて言った。
「僕が何者かって? 僕は、唯の村人Aだ。“ようこそ、ここは蜃気楼の断崖さっ”」
「ふざけんなっ!」
ガラフの怒声に、マスターは広げた手をおろし、面倒くさそうに騎士達を睨んだ。
「はっ、僕が誰だかなんて、教える気がないって事だよ。察しなよ。……そもそも、監視なんて暇なことしてる時間、この僕にあるわけ無いだろう? 見ては無いけど、マリーが“金貨”で帰ってきたってことは、ガラハッド君が、カレー少年が怪我をしないよう、鎧が汚れるのも厭わず抱き止めたって事だ」
「っ!?」
目を見開くガラフに、マスターはニヤニヤと笑いながら言う。
「ーーー……以前、偉い神様が言ってた。”予言なんて、大して難しい事じゃない”ってね。僕もそうだと思う。神の定めた万象の掟がある限り、全ての未来は必然の結果。それを理解しておくと、只者の僕なんかにでも、人をレールの上を歩かせる事ができる。更にレールの上に、ちょっとした仕掛けをすれば、人間なんて簡単にふるいにかけられるのさ。……つまり、君達程度の取る行動なんて、いちいち見てなくてもわかるって事だ」
「……っ」
笑顔でそう馬鹿にしてくるマスターの言葉に、ガラフは怒り心頭のあまり、言葉を失った。
マスターはそんなガラフを無視して、笑顔をジャンヌに向けた。
「僕はね、優しいから、一応全ての騎士達に、チャンスの“種”は置いてあげてたんだよ。……まあ、僕的にはジャンヌ君あたりが引っかかるかと思ってたんだけど、ーーー……予想外に、目が悪かったようだ」
「!?」
ジャンヌが顔を赤らめ、言葉を詰まらせる。
その様子に、ゼロがマスターを睨んだ。
その睨みを受け、マスターは肩をすくめながら手を上げた。
「はは、そう睨まないでください。僕は彼女に興味が無い。つまり、あなたの敵(恋敵)では無いと言いたいだけです。ーーー……えぇと、……ゼロ様?」
そう言ってゼロを見るマスターを見て、ジャンヌがゼロを問いただした。
「……知り合いなのか? ゼロ」
「っ」
ゼロが横に首を振った。
……一瞬、マスターの笑顔に、哀愁が混じる。
「ゴホン、……まあ良いです。じゃあ、見事に蜃気楼の断崖へ辿り着けた騎士様達には、このダンジョンに挑んでもらうよ。騎士に必要な、個の、勇気と優れた戦闘能力を試すための試練だ。3つの入り口から、それぞれ一人ずつ入って貰うよ」
マスターの言葉にパーシヴァルが言った。
「っちょっと待て! 3つ? ゼロは入れないということか!?」
「……ゼロ様は、騎士では無い。ジャンヌとでも一緒に行けばいい。ねえ、唯一の“女騎士”様?」
「っ!? 貴様っ、女だからと馬鹿にする気か!?」
「ふ、僕ごときの言葉にそんな過剰反応する時点で、自身をそう見てるって事じゃない?」
「なっ……」
「自分に不足が有るなら、守ってもらえばいい。足りてるなら守ればいい。それだけだよ」
「くっ……」
マスターの言葉に、ジャンヌは言葉を詰まらせた。
ゼロはマスターを睨みながら、固く拳を握りしめる。
ーーー……だけどあれ、多分マスターの、ダンジョン構成への、グッジョブガッツポーズな気がする……。二人きりになれるもんね……。……違うかも知れないけど……。
「さて、納得いただけたなら、どうぞ好きな道を選ぶと良い。なに、どこを選んでも、出口は1つ。聖杯への一本道だ。……あ、だけど死んじゃったら、違うところに出るかもね。冥界とか? あははっ」
パーシヴァルが、マスターから目をそらさず、三人に言う。
「っここに来たから、行くしかない。……だが、アレの言う事だ。何が起こるかは分からん。絶対に気は抜くなよ」
「はっ、“アレ”ね。……まあいいけど。自己紹介はするつもりは無いしさ。さあ、早く行って。暇じゃないけど、今回ばかりは君たちの事を“監視”するつもりだから。……あ、だけど手助けとかは期待しないでね。“クリアされないよう”見てるだけだから」
そう言って笑うマスターを、三人と騎士達の声が被った。
「「「っ誰が!!」」」
そして、断崖に空いた3つの洞穴に、それぞれが歩き始めた。
ジャンヌが真っ直ぐ前を見つめながら、ゼロに言う。
「ゼロ、私がお前を守ってやる。ーーー……必ずだっ」
ゼロは、ジャンヌを見上げ、嬉しそうに頷いた。
◆
3人の騎士とゼロが、暗い洞窟に踏み入れた時、外で浮かぶマスターが突然声を掛けてきた。
「あ、そうだ。レイス様から伝言だよ」
振り向いた瞬間、4人の足元の岩が崩れ落ちた。
「「「「!!!」」」」
なす術なく洞窟の中で落下していく騎士達に、マスターは嗤いながら言った。
「“そろそろ、とどめをさしてやる”、だってさ!!」
だが、その言葉に、応えるものは、誰もいなかった。
そして、その顔から笑顔を消したマスターがボソリと呟いた。
「……ホントに気を抜いちゃ駄目だよ、気高い騎士達。僕に―――これ以上君達を殺させないでくれよ」
少しの沈黙の後、ふと空を見上げマスターは言う。
「……そうだ。マリーにホットミルクを入れてあげなくちゃ」
ところが、その背後に、突然声がかかった。
「良くやった。マスター」
「!!?」
マスターの肩が大きく震える。
そしてマスターは、スっと地に降り、跪いた。
「は、全ては手筈通りに」
レイスだった。
レイスはマスターを見下ろしながら言う。
「そろそろ、レイスも、本気を出してやろうか」
途端、マスターの、額に汗が浮かぶ。
「……あ、あの、いえ、その、……本気はやめませんか? それから、最奥の扉の前の広間しか、ルームの強化はしておりませんので、……どうか、試合はそこだけでお願いします」
「分かっている。だが、恋はいつも戦いなのだ。本気でかからないと……負ける!」
「何にですか!? 世界が滅びますけど!?」
マスターは思わず頭を上げた。
だが、レイスはマスターをじっと見据え、淡々と言った。
「その為に、マスターにこの場を用意させた。……違うか?」
「……は、……ハイ……」
マスターは、涙目で再び頭を下げた。
そして呟く。“……たとえ、この命に代えても……”と。
レイスはニヤリと笑い、断崖を見つめ言う。
「行くぞ。名付けて、“〜君の中で、私はアリですか?〜作戦”だ」
マスターは動かない。
レイスは上機嫌に「トゥットゥットゥルッ」と、鼻歌を歌いながら、ダンジョンに向かい進み出した。そして「here we go!」と叫びながら、ジャンヌ達の入った穴へと消えていった。
マスターが立ち上がり、優しげな微笑みを浮かべながら呟いた。
「ーーー……さて。……紅茶でも、飲もうかな……。そう、僕にとって、……最期の1杯を、ね……」
そしてマスターの体は、マリーと同じ様に、光の粒となって消えたのだった。
この世界における“良い人”代表の勇者に「悪魔」と呼ばさせたマスターの性格の悪さは半端ありません!
番外編を、新連載として掲載中です。
“Crescent Of Twilight”黄昏の三日月という意味のタイトルで、本編の今より、少し(200年程)後の話です。
ゼロスの恋がなかなか実らず、疲れてきたので、息抜きさせて頂いてます。
良かったら、見てやってください!(*´∀`*)




