神は、寵愛を与え賜うた③
〈ジャンヌ目線〉
「ではゼロ。私は訓練に行ってくる。ひとりで待っていられるな?」
私は窓辺に腰を掛け、外を見ながら足を揺らしているゼロに声を掛けた。
ゼロは妙に私に懐き、私が保護してきた事と、私の同室のものがおらず、ベッドが余っていた事等の理由により、私の部屋で寝泊まりすることとなった。
「厠の場所は分かるな? 水差しはテーブルにある。喉が渇けば、好きに飲め。足りなければ食堂の者に言えばーーー……」
私がゼロに確認を取っていくと、ゼロは慌てたように窓辺から飛び降り、私に駆け寄ってきた。
そして、必死に何かを訴えてくる。
「どうした? 心配はいらない。昼の休憩時には様子を見に帰ってくるから」
私がゼロの頭を撫で、踵を返しドアノブに手をかけたところで、不意に体に弱い抵抗を感じた。
「?」
振り向くと、そこにはこちらを泣きそうな顔で見上げながら、私の服の袖をおずおずと掴むゼロがいた。
……。
ーーー…なんだ、この可愛いイキモノは……。
……いや、違う。
そうじゃ無い。何を考えているのだ、私は。
私はこっそりと深呼吸をして、ゼロに言った。
「訓練場は危険な場所だ。滅多にはないが、弾け飛んだ剣が落ちてくる事もある。程近い場所には弓矢の練習場も在り、うろうろされては困るんだ」
私の説明に、ゼロは首を振った。どうやら、何としてでも付いて来たいらしい。
私は小さく肩をすくめ呟いた。
「……パーシヴァル殿に聞いてみるか」
◆
「ヒョロっこいゼロに持てる剣なんかあったか?」
パーシヴァル殿に説明をしたところ、ゼロの見学を認めてもらった。
しばらく大人しくゼロは訓練の様子を見ていたが、それに目を留めたガラフが悪乗りした。
ーーー折角だから、剣でも握ってみろよ。
一般人の、しかも子供なんかに武器を持たせるなと、私は止めたが、まさか、パーシヴァル殿までその話に乗ってきた。
「子供用の剣などないだろ。どうだゼロ。記念に、俺の剣でも振ってみるか?」
「パーシヴァル殿!?」
パーシヴァル殿はそう言って、上流騎士のみに与えられる、ひとふりの宝剣をゼロに差し出したのだ。
ーーー冗談が過ぎる。
私は睨みながらその様子を、ハラハラとした思いで見つめた。
ゼロは不思議そうに、その宝剣を受け取った。
「ゼロ、好きなように振ってみろ。それを見てから、型を直してやるから」
口元を愉快そうに釣り上げるパーシヴァル殿の言葉に、ゼロは頷き、12本並んだ、打ち込み用の藁人形の前に進み出た。
ガラフが野次を飛ばす。
「素振りだけで良かったんだが、やる気満々だな! 本気でかませぇーー!!」
「やれぇー! ゼロォーー!!」
「上流騎士様の前だっ! 手ぇ抜くなよー!」
ゼロは宝剣を片手に持ち、腰を落とした。
ーーーその直後、その場が凍りついた。
それは、剣舞と呼ぶには、余りに優しく美しい、流れるような動き。
身体に見合わぬ、重量の剣を持っているにも関わらず、ゼロはそれをまるで羽の様に、重力を微塵も感じさせない動きで振り上げ、振り下ろし、ステップを踏む。
ーーーカラカラ……カラン……。
輪切りにされた藁人形が、崩れ落ちる乾いた音で、私は……否、皆は呪縛が解けたように我に返った。
ガラフが、喉から絞り出すような声を上げた。
「え……な、何をした? ゼロ」
ゼロはキョトンと首を傾げ、剣を指差す。
「は、……いや、剣を振ったって? いやいやいや……ありえねぇ。それが剣術? 綺麗すぎる……そんなん剣術じゃねえだろ!?」
目の前のものが信じられず、ガラフは怒鳴り声にも似た悲鳴を上げた。
ゼロは困ったような顔をすると、また藁人形に向き直った。
そして、再び剣を構える。まるで鞘にしまった剣の柄を握るような、見たことの無い構え。
そして、ゼロが腰を落とした瞬間、背筋に寒気が走った。
ーーーザンッ……
気付けば、左腰に構えていたはずの剣は、右上、天に向け振り抜かれていた。
ーーードドン…ガラガラ……
続いて、空から藁人形が落ちてきた。
「……え……」
剣の届く筈のない場所にある、残っていた11本の藁人形、全ての胴体が消えていた。
ーーー……ズンッ……
一拍おいて、更に10メートル向こうにあった大木が崩れ落ちる。
……その幹は、綺麗に横一文字に斬り裂かれていた。
……。
…………。
ゼロがこちらをおずおずとふりかえり、首を傾げた。
ーーーどう? とでも聞いているようだ。
私を含め、その場にいた兵士は言葉を失い、固まったまま動けずにいた。
その中で、唯一動く影があった。
ーーーパーシヴァル殿だった。
パーシヴァル殿は、ゼロをまっすぐと見据え笑った。
そう。流石、上流騎士だ。どんな不可解な現象にも、冷静に対処が出来る。
パーシヴァル殿はゼロに言った。
「……うん。いい、……そう、いいフォーム……だと思うよ……」
にこやかに、パーシヴァル殿は、普通に……普通に、ゼロを褒めた。
……。
……駄目だ。 完全に、現実を逃避をしておられる。
これは、決して“普通”ではないです! パーシヴァル殿!
◆
ーーー聖域にて。
俺は、パーシヴァルに褒められて、嬉しそうに笑うゼロスを見ながら、レイスに言った。
「ゼロスは、剣の使い方も上手なんだね」
だけどレイスは、溜息をつきながら首を振った。
「ゼロスは、元々戦いや争いが嫌い。武器の扱いは全然だめ。剣舞はハイエルフのマネだし、居合い切りだって伸芳のマネ。オリジナル性がない。あんなので褒められて、何が嬉しい?」
刹那的争いの好きなレイスは、戦闘面においてはずいぶん辛口だ。
レイスは映し出される映像を、冷ややかな目で見下ろした。
「ゼロスは凄い。だが、戦いの面においては弱すぎる。ゼロスの力を持ちながら、オリジナル性の欠片もない真似事? 力を抑えなくてはいけない場だとしても、あれは酷すぎる。手を抜きすぎだ、ゼロス」
レイスが映像を睨みながら、バサリと肩にかけたフェンリルの毛皮を払い翻えす。
「ゼロス……。その程度で、恋が実ると思うな。恋とは、もっと……もっと、たくさんの障害を乗り越えてこそ実るものだっ! ……いいだろう、ゼロス。このレイスが、その恋の前に立ちはだかる壁となってやろう」
レイスの体から、赤黒いオーラが溢れ出した。
完全にラスボスだ。
「ーーー本気で来るが良い、ゼロスよ。さもなくば、その淡い恋心、その想い、諸共に粉々に打ち砕いてくれる!!!」
ーーーこうして、人のふりをして、本気を出さないゼロスのせいで、愛を打ち砕こうとする“闇”が目覚めてしまったんだ。




