神は、聖杯を創り、聖戦を起こし賜うた
透き通った、紫紺の瞳がクロノスを見つめる。
「……クロノス。 ……マナ、眠い」
上半身だけを起こし、ボンヤリした表情のマナ・カイロスが、絹糸のようなか細い声でそう言った。
クロノスは、愛おしそうに砂時計のガラスに触れ、微笑みながら頷く。
「ええ。ごゆっくり、お休み下さい。レディ・マナ」
「ーーー……うん」
マナ・カイロスはそう言うと、また身体を丸め、静かに眠り始めた。
砂は相変わらず流れ続けているが、上部に溜まる砂はずいぶんと少なくなっている。
レイスが、ゼロスの肩に手を乗せ、元気づけるように言う。
「まだ、チャンスは2回ある! 頑張って、ゼロス」
そう。
既に世界は、10回ほど終焉を迎えたのだった。
ゼロスの想いは重く、何度トライしても、どうしてもジャンヌでは持ち上がらない。
まるでもどかしい、UFOキャッチャーだ。
しかも失敗する毎に、世界が滅びるという……。そう、凄くドキドキするよね。
ゼロスは、ため息を付きながら、言った。
「……いや、ここまで失敗するんだ。なにか手を打たなくてはいけない。それに“まだ2回ある”じゃなくて、“もう2回しかない”、なんだよ」
ーーー……ゼロスは、まだ諦める気はないようだ。そして、まだ失敗する気でもある。
ゼロスは、レイスに笑いかけた。
「それにね、今までの失敗と経験か、実は攻略の糸口も見えてきたんだ」
「流石ゼロス。失敗しても、いつも冷静に周りを見てる。一体どんな糸口を見つけた?」
ゼロスは、嬉しそうに笑いながら言った。
「ジャンヌに言われたんだ。“黙ってれば、惚れてしまいそうなのにな”って!」
「! それは、ゼロス……もう一息っ!!」
目を見開くレイス。
だけどゼロス、それは、“ありのままのゼロス”を否定されているのに他ならないんじゃないかな……?
「それにね、次は吊り橋効果も狙ってみようと思う」
「なるほど。ドキドキを恋と勘違いさせるアレ……。いいと思う。どんな状況を作る? ルシファーにゾンビを開放させる?」
「まあ、それでもいいんだけどね。ジャンヌは兵士だ。戦の中に於いて、初めて胸が高まると思うんだ」
「それはいい。ゼロスは相手をよく観察している。……それで、どんな戦を起こす?」
レイスが面白そうに聞くが、ゼロスは眉を寄せながら、目を伏せた。
「ーーー……僕は、争いが嫌いだ。だけどこれは、愛のための致し方ない戦い。何より尊い戦でなければならない」
そう、ゼロスは本当は争いが嫌いだ。そんなゼロスが、戦を自ら起こそうなどとは、ただ事では無い。
ゼロスは再び目を開く。
その目に熱い闘志を燃やしながら、ゼロスは厳かに言った。
「ーーー……そう。これは、“聖戦”だ。 愛が故の、神が定めた戦なんだ」
ーーーこうして、この世界に、聖戦が勃発する事となった。
レイスが言う。
「じゃあ、レイスがちょっと災害を起こしてくる。そしたら、お腹を空かせた人間共は直ぐに戦争を始める」
「いやいや待って! そんな理由、格好良くないよ!」
「カッコ良い原因? 例えば?」
ゼロスは、少し考え、手を打った。
「聖杯戦争とかどう!?」
「? それがカッコいいの? よく分からない」
「もう、レイスはロマンが分かってないなあ……。ねえ、アインス、アインスのジョーロ聖杯にしていい? 新しいのはまた創るから」
突然、俺はゼロスに話を振られ、微笑みながら答えた。
「勿論だ。構わないよ」
「ありがとう!」
ゼロスはそう言うと、ジョーロを取り出し、ムニムニと捏ねソレを少し汚い、杯の形に創り変えた。
ーーーこうして、俺の2つ目のジョーロはこの世界に於ける、聖杯となった
「……ゼロスにしては、上手じゃない」
出来上がった、その薄汚れた杯に、レイスがポソリと言った。
そんなレイスに、ゼロスはフッと笑った。
「……これを手に出来るのは、真実の姿を見極める事が出来る、美しい心を持つ者だけなんだよ」
「っ!? とっ、とっても素晴らしい出来と思う!! このシミとか、何だかゼロスの目に似てる気がする!」
「……いや、そんな筈はないよ……、そういう意味じゃなくって……まぁ、いいか」
ゼロスはそう言って肩をすくめた。
俺はゼロスに聞いてみた。
「だけど、俺のジョーロのお古なんかが、聖杯でいいのかい?」
ゼロス達なら、もっと凄いものを創れる筈なんだから。
「これがいいんだよ。ーーーアインスは気付いてないかもしれないけど、アインスのジョーロって、命の水をずっと注ぎ続けてるでしょ。ジョーロにそれが染み込んでね、ここにただの水を入れただけで、高濃度のマナ水になるんだ。ハイエルフ達が作ってる精油より、よっぽど高濃度のマナを含んだ水だよ。それに、世界樹の祝福も付いてるしね」
「……そうなんだ。……俺なんかの祝福なんて、役に立つかわからないけど、それなら良かった」
……そんな事になってたのか。
全然気付いていなかったよ。
だからルシファーやマスターが、初代俺のジョーロをあんなに厳重に封印してたのか。
そして、またゼロスが言う。
「よし。今度こそ、成功させてみせる。ーーーまずは、聖女に神託だ。レイス、聖杯を、何処か見つからない所に隠してきて」
「レイスでいいの?」
「うん。僕も分からないほうが、楽しいでしょう? 導いてあげるより、協力して、成し遂げるほうが、距離は縮まるんだ」
「わかった。任せて」
そうして、世界を巻き込む、ゼロスの小さな恋のものがたりが始まった。
ーーー俺は願う。
ねえ、ジャンヌちゃん。
君は本当に、気高くて、強くて、美しい女性だと思う。
どうか、……どうか、ゼロスから「可愛いね」と言われただけで、顔を真っ赤にしながら罵倒するのはやめてあげて欲しい。
恥ずかしいが故の、照れ隠しなんだよね?
わかるんだけど……!! どうか、お願いします。
ーーーどうか、この世界を、救ってほしい……。




