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神は、傍観者を創り賜うた

 

「時間って、なんだと思う? アインス」


 俺の枝で、膝を抱えボンヤリとしていたゼロスが、突然、俺に言った。

 俺は予期せぬ質問に、その答えを一生懸命探す。


「時間……。そうだね、言われてみれば難しい。なんだろう」


 答えが見つからず、口ごもる俺に、ゼロスがしびれを切らして話し出した。


「アインスからは時間の概念しか聞いたことが無いから、僕なりに考えた。時間っていうのは、万象を動かす為の力を言う」


「なるほど。時間を力とするなら、その力を速めたり、遅くしたり、逆回転をさせる、なんてことも出来るのかな? タイムトラベルと言えば、ワープと同じくらい、夢溢れる話だったんだ。ワープに関しては、もう既に、ゼロスとレイスで完成させたしね」


 俺の話に、ゼロスが眉をしかめる。


「何言ってるの? アインス。ワープとタイムトラベルは全然違う。ワープと言えば、単に空間をくっつけてゲートを通しただけでできるでしょ」


「うーん。空間をくっつけるなんて、俺にはわからないよ。ゼロスは難しいことを、色々と考えられて凄いね」


「そんなに難しくないよ。まあ、折り紙みたいな物だ。空間を大きな紙と考えるんだよ。対象の鋭角同士を、ポイントと見立ててくっつける。ね? 点と点が繋がった。次元を理解して力を加えれば、大して難しくないよ」


 うん。わからない。


 分からないけど、一生懸命話してくれるゼロスが可愛くて、俺は静かにその話を聞いた。


「だけど時間に関しては、“無”に“有”が存在した瞬間から動き出す、慣性の力だ。方向性は1方向のみ、逆は無い。多少力を加えて、遅らせたり、止めたりすることはできても、ワープみたいに行ったり来たりは出来ないよ」


「そうなのか……、じゃあタイムトラベルは、やっぱりSFだけの話なんだね」


 ゼロスの導き出した答えに、俺は若干残念な気持ちで答えると、ゼロスが人差し指を立てた。


「そうとも言い切れないよ」


「? どういうことだい? ゼロスは今確かに、時間の進みは変えられないって言ったはずだけど」


「そう。時間の流れは変えられない。だけど、変えられるものは他にある。過去を無かったことに出来るんだ。わかる?」


「なぞなぞかい? うーん……なんだろう?」


 ゼロスはニコニコと俺を見る。


「じゃあヒント。人にとって、時間として認識できるもの、なーんだ??」


 人にとっての時間?

 俺も人に含まれるのかな?

 だとしたら、俺が時間を感じ始めたのは、ゼロスとレイスという宝に出逢ってから。それから、いろんな思い出を残しながら時間は動き始めたんだ。


「うー……ん。 思い出?」


 俺の答えに、ゼロスが手を叩いた。


「そう! 大正解!」


 やった! 

 嬉しい気持ちと同時に、ふと疑問が湧き上がる。


「ーーー……だけどいくらその人の思い出を変えたところで、それは、転移者(トラベラー)みたいなものなのじゃないのかな?」


「個人なら、そうなるね。だけどその記憶を軸に、世界全部を作り変えたら?」



 ……おお。


「それは、……うん。新しい発想だね」


 俺は感心した。

 確かに、それならば、“過去”や、“未来”を変えられる。

 “現在”をなかったことに出来る。……“現在”を犠牲にする、とも言える。


 俺はゼロスに聞いた。


「どうして、そんなことをしようと思うんだい? 今を生きる者達を、無かったことにするなんて、ゼロスにしては少し過激だね」


 するとゼロスは、もじもじとしながら、小さな声で言った。



「……僕ね、気になる子ができたんだ」




 !




「ジャンヌっていう、騎士を目指している女の子なんだけどね……」




 !!




「マスターに相談したらさ、思いを伝えるべきだって言われたんだ。……だけど、僕、……っ失恋なんて耐えられない!!」



 ……。



 ……………。




 ーーー……だから、振られた場合、時を戻したいと。




 ーーー……全ての、生きとし生けるものを、犠牲にして。





 俺は、ゼロスに聞いた。


「だけど、レイスと約束した、“死の約束”はどうするんだい? ひとつの記憶を軸に世界を変えてしまった場合、バタフライエフェクト効果で、死んでしまう者や、死なない者も居るはずだよ」



「それは……」


 少し顔を赤らめたゼロスが、眉間にシワを寄せ、俯いた。

 その時、その背後から、声が響いた。



「心配ない」



 ゼロスは驚き振り返る。



「レイスは、ゼロスを全力で応援するっ!」



 そこには、サムズアップをキメる、レイスがいた。



「っ! ありがとう! レイス!!」



 ゼロスに輝くような笑顔を向けられ、レイスはとても得意気だ。


 ーーー……こうして、時間干渉の魔法には、生死すら、反映されるようになったんだ。




 ◇




「「出来た」」


 やがて、二柱の声が被った。



 2柱の前にあるのは、歪んだ空間の中に突如現れる荘厳な、図書館のような空間。そして、その中には、2つの人影。

 深い茶色のシルクハットに、同色の燕尾のスーツ。グリーンと金のオッドアイに、モノクルを掛けた少年紳士の“クロノス”。

 そして、見上げる程に巨大な砂時計に閉じ込められた少女。白髪の眠り姫、“マナ・カイロス”がいた。

 マナ・カイロスは眠っているため、その表情は読み取れない。だけど、その装いは、白と、銀と、薄いスミレ色の、十二単衣に包まれ、そして繊細に編み込まれた白髪の上に、美しい宝冠が載せられている。

 ーーー……まるでこの世界から隔離された処に住まう者であるかの様な、そんな浮き世離れをした、神々しさを讃えていた。

 神の文字(ディオス文字)でメモリを刻まれた砂時計の中では、淡い青銀色をした、減る事の無い砂が、下から上にサラサラと流れ、マナ・カイロスは砂に埋もれつつ、眠り続ける。


 レイスが言う。


「……アインス。かつて、レイスが歌った詩の“眠り姫”とは、このマナ・カイロスを指す。かつてレイスは予言していた」


 ……! ああ、あったねそんな歌。

 俺は、レイスを褒めた。


「予言も出来るなんて、流石レイスだね!」


 ……胸を張るレイスを、なぜかジトリと見るゼロス。

 なんだろうね? 

 それから、ゼロスはため息を付きながら言った。


「それより、クロノスとマナ・カイロスの紹介をしてあげよう」


 レイスはコクリと頷いた。


「まずね、この二人は神の括りなんだ。だから寿命や死はない。クロノスはね、世界の記憶の記録者なんだよ……とは言っても、アインス程昔の事まで記録してる事はない。記録が始まるのは、まさに今、この時からだ!」


 そう言って、ゼロスは両手を広げた。

 そして、低い声で、ゼロスはクロノスに言った。


「ーーークロノス。記録を、開始しろ」


 クロノスが、すっと胸に手を当て、腰を折った。



「イエス、マイロード」



 その言葉と同時に、図書館の本が眩しい金色の光を放ち始めた。

 ゼロスはその様子を見て、満足げに言う。


「クロノスにはね、凄い演算能力を与えたんだ。僕は予言なんて、ちっとも不思議な物でも、凄いものでも無いと思う。万象の法則を理解し、可能性を総て算出出来れば、それはもう、必然の未来だから。“蛇口から落ちる一滴の水を見て、1秒先に着水する”ーーー……言ってしまえば、それだって予言なんだ」


 さすがゼロス。

 子供だましは通用しない、現実主義だ。


「なるほど。記録と演算能力で、過去と未来を見る事ができるんだね。だけどゼロス、前に“ネ申の種”を創った時、処理能力のキャパシティーを越えているような事を、言ってなかったかい?」


「あれから、僕も色々改良したって事だよ。クロノスはね、僕の集大成さ」


「そうか。頑張ったね、ゼロス」


「だけどね、流石にひとつの身体じゃ、世界の組み直しまでは出来なかった。だから、バッテリー要員で、マナ・カイロスを創った。マナ・カイロスは、寝るのが大好きな女の子。レイスに貰った殆どの聖石を使って創り上げたんだ。クロノスが起こし、記憶図をマナ・カイロスに渡した時、世界は記憶図の通り、未来にも過去にも入れ替わる」


「入れ替わるって、ゼロスやレイス、それに俺も入れ替わるの?」


「あはは、聖域には干渉しないようにしてる。そもそもアインスは無理だよ。僕等の創ったものじゃないし。……あと、僕とレイスも無理だね。だけど聖域の外は全て、神獣でも散歩に出ているときに発動したら、入れ替わるよ。聖域の中と外とで出来た歪については、ドッペルゲンガーとかで取り繕うよ」



 ーーーこうして、ドッペルゲンガーが出来た。



「へえ。じゃ、俺は入れ替わった総ての記憶も見る事ができるって訳だ。担当として、クロノスが、記録と演算による記憶図の、設計。マナ・カイロスが、世界の消滅と構築を担ってると言う事だね」


「そう! これで、過去も、未来も書き換えられる」


 拳を握りしめながらそう宣言するゼロスに、俺は1つの疑問をぶつけた。


「確かにたくさんの聖石を使ったようだけど、ゼロスとレイスが創り上げてきたこの世界を、それだけの力で“再生”なんて出来るの?」


 ゼロスはちょっと照れながら握りしめた拳をほどきながら、答えてくれた。


「再生じゃない。再構築だよ。既に構築されている世界のマナを分解して、再利用するからね。まあ、それでもやっぱり、マナは相当量必要になって来るけど。マナ・カイロスの入ってる砂時計が、バッテリー残量だ。書換の時に、上に溜まってる砂が消えて、上部が空っぽになったら、マナ切れって事だよ」


 なるほど。

 じゃあ、目盛り1目が、1回の書換に必要なエネルギーということかな?

 もしそうなら、パッと見、今で12目位だろう。



 ゼロスが、自分の前髪を撫でた。

 そして、目を閉じ、深く息を吸い込み、吐き出す。


 そして、再び目を開いた。


「よし。準備は出来た。……い、行ってくる」


 俺はその初々しい勇姿に、微笑みながら言った。


「ゼロスは、未来視演算ができるクロノスを創り出せるのに自分の未来視はしないんだね」


 ゼロスは、またひとつ深呼吸をして、自分の胸に手を添えた。


「ーーー……いや、僕は……、そのままの僕を見て、ジャンヌに判断してもらうんだ。そう、当たって砕けるんだ!」


 ……物凄い保険をかけてるけどね。


「じゃあ、クロノス。記録をよろしくね」


「イエス、マイロード。行ってらっしゃいませ」


 少年執事、クロノスは優雅なお辞儀をした。






 ◇







 ーーーそして、その日。





 ひとつの世界が終わった。












 俺は、先程と、全く変わらないその空を眺めながら、ひとり呟く。




 ーーー……恋は、人を盲目にさせるんだ……。







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