閑話
初めての閑話です(*´∀`*)
世界の片隅の、とある店。
そこは、地下にある、滅多に客の来ない、隠れ家的な店だ。
ーーーだけど、たまに、その扉が開かれることもある。
ーーーチリン チリン……
「はぁ……。……マスター、今日は、ちょっと強いのを作ってくれないかな?」
「おや、お久しぶりです。もちろんです……浮かない顔ですね、どうかされましたか?」
ーーーカラン……
客が席につくやいなや、その前には、氷を浮かべた、琥珀色の液体の入ったグラスが差し出された。
マスターは、グラスに付いた露を拭き取り、手を引っ込める。
客は物憂げに、グラスを見つめた後、それを一気に呑み干した。
「……ーーーっぷは!」
直ぐにマスターは、新たなグラスを差し出し、空になったグラスを引いた。
そして、それをカチャカチャと洗いながら言う。
「僕で良ければ、話くらいなら聴きますよ。何も出来ませんが、少しくらいは気が晴れるかもしれない」
客はまた飲み干そうと、その手にグラスを持ったが、じっと琥珀色の液体を見つめ、カウンターにおろした。
そして言う。
「……聞いてくれるかい? マスター」
「ええ、なんだって聞きましょう。すべてを吐き出し、ストレスは貯めないことです。何、ここで聞いたことは誰にも漏らしませんよ。それがここのルールですから」
客はフッと笑い、ぽつりぽつりと話しだした。
「ーーー……始まりは、些細なことだった。ちょっとした難題を吹っ掛けられていて、解くための糸口を探していたんだ。そう、糸口を探しながら、街を見下ろしてた。その時、一人の女を目で追いかけてることに気付いた」
「女?」
「そう、美しい金髪の女兵士だった。当然そんなことに構ってる暇じゃないと、目を反らせるんだけど、気付けばまた……彼女を探しているんだ」
「あまりに美しかったとか? それか、知り合いに似ていたんでしょうかね」
「特に親しい知り合いにはそんな子は居ない。それに、美しさで言えば、もっと美しい者はいくらでも知っている。……なのについ目で追って、見失えば不安になり、見つけるとほっとする。そして、胸が高鳴るんだ」
「ーーー……それは、まるで、恋のようですね」
「恋?」
「そう。恋をご存知ない?」
「よくわからないな。人を愛したことはあるけど違うのかな?」
「本質は同じ。何かを貰いたいと思うのが、恋。何かをあげたいのが愛です」
「何かって?」
「それはたいてい形の無いものが多いですね。“一緒に居て欲しい”、“手を繋いで欲しい”、そんな些細な望みです。愛だってそう。“側に居てあげたい”、“守ってあげたい”、そんな思いやりです。人を愛した事があるのであれば、おわかりになりますでしょう」
「欲しいと思う事……」
客は振り払うように首を振り、グラスに口を付けた。
「は、だったら、僕なんかに恋ができるわけが無い」
「そんな言い方はよしてください。貴方は素晴らしい方なのですから。……しかし、何故できないのです?」
「僕はね、かつて愛した人に裏切られた。そしてどうしたと思う? 裏切られた悲しみに任せ、その人を葬ったのさ」
ーーーカラン
氷が揺れた。
「それは、恐ろしいですね」
「そうだろう? 自分でもどうかしてたとは思うんだ……」
「いえ、そうではなく。裏切られ、傷付いたんですね。今後、誰かを愛する事が恐ろしくなったでしょう」
マスターはそう言うと、白い液体の入った小さなツボを差し出した。
客は無言でそれをグラスに注ぐ。
琥珀色の液体が、渦を巻きながら、その色に侵されていく。
「……」
「愛とは、ひとつの果実です。相手に摘んで貰わなければ、腐り落ち、それはひどい悪臭を放つのです。ですが、やがて時間とともにそれは土に還り、分解され、新たな果実を実らせる糧となる。それはきっと、より素晴らしい果実を実らせることでしょう」
「果実……」
「そう、恋もまた同じ。愛よりは少し酸っぱいかもしれませんがね。恋が実り、その種を蒔けば、稀に愛が実る事もあるそうですよ」
「……マスターは、恋をした事はあるの?」
「勿論」
「どんな人だったの?」
「美しく、何処までも気高い女性でした」
「へえ? 告白はしたの? どうなったの?」
「はは、これは答えるのが、少し恥ずかしいですね。しましたよーーー……そして、振られました」
「あ……」
「いいんです。……元々その女性には想い人がいましてね。そして、その想い人に、自分は勝てないことを知っていたのに、彼女に告白したんですから」
「……なんで、わかってて告白したの?」
「恋は、人を盲目にさせるのです」
「僕はそんな事にはならないよ」
「なら、いいのですが。ーーー何れにせよ、思いを伝えてみては? それによって気づき、果実を手にとってもらえるかもしれません」
「……僕なんかが、想いを伝えてもいいの?」
「当然です。後に後悔するより、ずっといい。そう、自信を持ってください。あなたは素晴らしい人です」
「マスター……」
マスターの微笑みに、客は目を見開いた。
「食べますか? ボンボンショコラ。少し苦いかもしれませんが」
マスターはガラスの鉢に入った、宝石の様なチョコレートを差し出した。
客は、それをひとつつまみ、口に入れる。
「ーーー苦いや……」
「ええ。ですが、甘いでしょう?」
ーーーチリン チリン……
その時、再びドアベルが鳴った。
「おや、今日はお客様の多い日だ」
マスターが顔を上げ、新たに入ってきた客に頭を下げた。
客はちらりとマスターに目をやると、カウンターにかける客に言った。
「ゼロス……何飲んでる?」
「え、アイスミルクティーだけど」
「そう。……マスター、こっちにはココアを貰おう」
そう言いながら、もう一人の客もドカリと席に腰を掛けた。
マスターは小さく応え、すぐさま準備にかかった。
「畏まりました」
その時、ふと、不遜な態度の客が思い出したように言う。
「ーーークリームは要らない」
客はクールにそう言うが、ココアを頼んでる時点でアウトだ。
マスターは口元に微笑みを浮かべながら答えた。
「はい。クリームはなし、ですね」
それから客は親しげに話を始めた。
「そうだ、レイスもチョコ食べる?」
「ん。……。……苦い。ラムガルの方がうまい」
「それは、しょうがないよ。ラムガルは二万年以上、研究に研究を重ねてる。しかもラムガル、マスターには“レシピ”をあげたくないって言ったんでしょ?」
「ーーーそう。最初で最後の願いだと言って泣きついてきた」
「……」
マスターは客達の会話を邪魔しないように、そっと出来上がったココアを、カウンターに置く。
「あ、そうだ。ゼロスに頼まれてたものをとってきた」
そう言って、客の一人は大きな包みをカウンターに置き、それを拡げた。
「……」
マスターの肩が一瞬、震えた気がした。
そこから出てきたのは、ひと抱えはあろうかと言う虹色に輝く石。
「あれ? これだけしかなかったの? ……足りるかな」
「余った肉で貯めてただけだから……まさか、これを欲しがられるとか思っていなかった」
「まあ、事情が変わったしね」
「足りないなら、今度からこれメインで創る」
「まあ、別にいいよ。あるだけでやってみる」
客がココアを啜り息を吐いた。
「そう。また、いつでも言うといい。……マスターと、何を話していた? 何だか、この前見たときより、顔色がいい」
「え、……いや、まあ大したことじゃないよ。それより、そろそろ行こうか。……あ、そうだマスターこれお代。この前創った晶石トカゲモドキのキューブね」
「あ、有難う御座います」
マスターはそう言って、差し出されたクリスタルキューブを受け取った。
客は言う。
「じゃあ、マスター。“強いの”を、作っといてくれる? あれが収まるくらいのやつね。とりあえず外郭だけでいいよ。まだどんな形にしようかは決め兼ねてるから」
そう言って客は、虹色の石を指差した。
マスターは笑顔で応える……が、目は笑っていない。
「は……い……。お任せください」
「じゃあよろしくね。行こう、レイス」
ーーーチリン チリン……
「……」
客のいなくなった店で、マスターはグラスとカップを片付ける。
黙々と、無言で。
ーーーカチャカチャ……
ーーーキュッキュッ……
ーーーパタン……
マスターは食器を戸棚に仕舞い、きれいに整頓された店内で、呟くように言った。
「ーーー……聴いてますよね、アインス様」
あ、俺?
「聴いてるよ」
「ーーーあの塊、……聖石でしょう? いいんですか?」
「いいんじゃないかな」
「……もう、僕も飲んでいいですかね?」
「あ、紅茶を? うんいいんじゃないかな」
「……っお酒ですよ!!」
ーーーここは世界の片隅、世界樹の根元にある小さな店。
そこは、地下にある、ラムガルだけが入店を拒否られている、隠れ家的な店だ。
次回、予告。
世界崩壊(´゜д゜`)!? かもしれません。




