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神は、ダンジョンを創り賜うた⑥

 

 ルシファーが聖域を去った後、俺の枝に腰を下ろたゼロスが、ぽそりと小さな声でレイスに聞いた。


「ねぇ、レイス。……レイス、青い薔薇なんて創った?」


「創ってない。植物は、ゼロスの担当」


「……そうだよね」


 ゼロスはそう言って、下を見下ろした。

 レイスは鼻を鳴らしながら言う。


「マスターを名乗るなら、その位できて当然」


「ま、確かにね」


「迷宮の管理者が出来た。また、新しい物創っていい?」


 レイスの言葉に、ゼロスが珍しく、ニヤリと少し意地の悪い笑みを浮かべた。そして言う。


「今まで自重してた物も、創っちゃおっか」


「ん」



 ーーー……やれやれ。


 これからレイル……いや、ダンジョンマスターは、ルシファー以上の胃痛を抱えながら、その力を奮っていくんだろう。

 だけどね、俺はきっと彼なら、やり遂げてくれると思うんだ。

 文句をこぼしながらも、自分を信じ、神にすら進言する。どんな手段も厭わず、相手を貶めてでも、世界を動かし、守る。

 それが、レイルなんだ。



「あ、そうだ。次の記憶、何にしようかな?」


「……レイスには分からない。なぜなら人間は弱すぎる。それに影響を出さない様にするなんて不可能」


「だから僕の人間達をそんなふうに言わないでよ。どうしよっかな……」


「人間のことは人間に聞けばいい。下にマスターがいる」


「! あ、そっか」


 ゼロスはそう言うと、俺の枝から飛び降りた。




 ◆




 独りきりの森の中。ダンジョンマスターは、ホッと小さく息をつくと、フラフラと定まらない足取りで歩き出した。


「ねえ、レイル」


「!!!?」


 突然上空から、ゼロスに声をかけられ、油断していたダンジョンマスターは、跳び上がりそうなほど、ビクリと身体を震わせた。

 そして、恐る恐る振り向き膝を付く。


「い、いかがされましたか? ゼロス神様」


「いや、大したことじゃない。次はどんな記憶を持たそうか考えてて、ちょっと人間目線で意見を聞こうと思って」


「……第二の伸芳を創ると?」


「そんなに警戒しなくて大丈夫だよ。武人は創らないし、あくまで参考だから」


「ーーーでは、僭越ながら述べさせて頂きます。“農民”など如何でしょうか? 仕事に誇りを持ち、煩悩が多めの者がいいと思います」


「……煩悩?」


「その方が、何かあった時に扱いやすいかと」


「……ありがとう。なんだ。意外とつまらなかった」


 そう言って、ゼロスはまた空に舞い上がった。


 まあ、後に神の気まぐれで、“煩悩に塗れた、仕事には真面目な農民”がこの世に生み出されて、それも伝説を残すのだけれど、それはまた、別の機会に話そう。



 ゼロスを見送り、ダンジョンマスターは、そのままへたり込むように、その場に座り込んだ。



 俺は、俺の根っこの窪みに座り込むダンジョンマスターに、声を掛けた。


「おめでとう、マスター。望んだものが手に入って良かったね」


「!? ……あなたは?」


 ダンジョンマスターは、俺の声に身を強張らせ、立ち上がろうとするが、ふと思い直すとまた座り込んだ。


「俺は樹だよ。アインスって言うんだ。座ったままでいいよ。気にしないで」


「……世界樹様? はは、参ったな。化け物がまだ残ってた。ーーー……もう、立ちたくても、立てませんよ。なんだか、腰が抜けてしまったみたいだ。……初めてだよ」


「はは、化け物か。初めて言われたよ。だけど、喋る木トレントだって、気の良いやつは多いんだ。木だけにね」


 俺のジョークに、ダンジョンマスターの顔から、表情が消えた。

 どうやら滑ったようだ。


「面白くないです。それに貴方はトレントどころじゃないでしょう。……そもそも幾ら気が良くても、トレントは人間を食べる時点で、人間目線でアウトですから」


 そう言い、そっぽを向くダンジョンマスターに、俺は言った。


「……ねぇマスター。君の思うほど、周りは敵ばかりじゃないんだ。少し、心を開いてみない? そしたら、もうちょっとだけ、君の心は救われるかも知れないよ」


 ダンジョンマスターは、そっぽを向いたまま何も言わない。

 やがて、俺の言葉を拒絶する様に、硬い口調で言った。


「……救われませんね。人とは、不完全で弱い者なのです」


「君は強くなった。それに、生前も人間の中では飛び抜けて強かったと思うけど」


 ダンジョンマスターは首を振った。


「……心の問題です。僕は生前から、ゼロス神の教えを忠実に守るよう、隣人を愛そうと務めた。だけど、とても全てを平等になんて、到底できなかった」


 ……ああ、うん。

 それは、俺もゼロスの無茶振りだと思う。

 個の感情がある時点で無理だし、俺みたいにはじめから全部を知って、勘違いをせずにいられてるわけでも無いのだから、なおさら無理だ。


「愚かな程に善良な者も、万人が死刑を宣告するような極悪人も愛する。……僕は、その神の教えを、どうしても全うしなければならなかった。それは、何れこうして神の前で、一部の隙も無く向かい合える為。ーーー……そして、考え抜いた結果、全てを敵と見なすようにしたんです。その上で、その者達を“好敵手”と見るようにした」


 ……ダンジョンマスターは、一体いつから、この対峙を想定していたのだろう?

 俺は少し呆れたように、ダンジョンマスターに言う。


「また極端な結論だ。そんな事をしなくても、ゼロスは赦すよ?」


「だから心の問題なんです。創世神を前に、後ろめたさを感じて奏上する事なんて、普通出来ないですよ」


 いや、ソルトスは、普通にレイスに泣きついていたけどね……。

 そうか、ダンジョンマスターの思いは分かった。だけど一言言わせて。


 ーーー……真面目か!


「敵としてなら、めまいのするほどの善人も、呆れ返るような愚か者も、吐き気のする様な犯罪者も、皆同等に認め、尊じる事ができるようになったのです」


「そうか。善人を絵に書いたような勇者を、随分扱きあげていたようだけど、それもそう言う訳かい?」


「……そんな感じです。だから、今更変えられません」


「そうか。マスターがそう言うなら、変える必要はないね」


 俺は微笑み、枝を揺らした。

 そして、ひとつ聞いててみた。


「……だけど全てが敵と言う割には、随分ゼロスの、創造物に対する愛を信じていたね。ゼロスを裏切らなければ、レイスやラムガルは手を出さないって、どうして分かったの?」


「教典に、そうありました」


「……なる程、教会の本か。じゃあ、マスターは見ず知らずの人が書いた本を信じたのか」


「それに、ルシファーにも確認を取りましたので」


 俺は笑った。


「ーーーなんですか?」


「いや、安心したんだ。マスターは、(ゼロス)以上に、ルシファーを信じてるんだね」


「!!!? は!? なっ、ちがっ……なんでそう解釈するんです!?」


 ダンジョンマスターは、慌てふためきながら立ち上がろうとするが、失敗して、顔面からその場に突っ伏した。


 俺はてっきり、あの時レイルは、己を信じ、独りきりで無謀にも神に挑んだと思ってたんだ。だけど、ちゃんと確信があったっんだね。


「だって、君程の者が、気を抜いた途端に、そうして腰を抜かす神々と魔王、更には神獣達やハイエルフ達を前に、あれ程の行動を起こせた理由。それが、この聖域に来る前に、ルシファーが言った、「ゼロス神は、人間を愛してる」そのひと言だった。雑談の中で吐かれたその言葉に、マスターは全てを賭けたんだろう?」


産まれたての子鹿の様に、ぷるぷると体勢を立て直そうと藻掻きながら、ダンジョンマスターは言った。


「っ……そう云うわけでは」


「そう? 神具を守るダンジョンマスターになった事自体、ルシファーの激務を一部引き受けるためかと思ってたけど」


 ダンジョンマスターは、生前、自分の存在を見失いかけたとき、ルシファーの一言で、救われた事がある。

 だから、きっと、その時の恩を、ルシファーに気遣わせることなく、コッソリ返したかったんだろうな……と、俺は思ってたんだ。


「っですから、別に……!」

「じゃあ、あれは? ゼロスに提案した農民の件、ルシファーに魔物達の食糧事情の改善のためでしょ。煩悩多めにって言うのは、サキュバス達のことも考えてかな? 扱いやすいって、マスターが手を出すつもりは無いように思う。じゃあ、誰に扱わせるつもりだったのかな?」


「だからっ……!」


 マスターはキッと睨みながら、俺を見上げた。

 俺はその視線から逃げるように笑った。


「違ったなら、ごめんね。俺は、もしかしたらそうじゃないかと思っただけ。だけど、そうであっても、違っても、俺はどちらでも構わない。謎もまた、俺にとっては愛しいものだから」


 俺の謝罪に、レイルは一瞬言葉を詰まらせると、溜息をつきながら、言った。


「……まったく、とんでもない憶測をなさるんですね。ルシファーには、間違ってもそんな事言わないでくださいね? 妙な勘違いされから気分が悪い」


「元より言う気なんてないよ。俺は、ただの樹だし」


「は……よく言う。ーーー……アインス様はもしかして、“サトリ”とかだったりします?」


「だから俺は妖怪でも化物でもなくて、“樹”なんだってば」


「……そうですね。そういう事にしておきます」


 ダンジョンマスターマスターはそう言って笑った。

 そして、俺の根に背中を預け、キューブを回し、一杯のティーカップの中で、湯気を立てる紅茶を出す。


「……紅茶、好きなの?」


「ええ。薔薇を見ながら、紅茶を飲む。それが、僕の唯一の安らぎの時間です」


「俺も飲めれば、お付き合い出来るんだけどね」


「……残念ですが、アインス様がもし紅茶を飲めたとしても、この相手は務まりませんよ」


「誰ならいいの? ルシファー?」


「っ違いますよ! 誰が男なんかと飲んで嬉しいんですか!!」


 その様子を想像してしまったのか、レイルは心底嫌そうな顔をした。




 ーーーそして、ダンジョンマスターは、楽園(エデン)の方向に目をやると、優しげな表情で、その紅茶を啜ったのだった。






 ◆






 ーーーーーダンジョンコアの謎ーーーーー



 ある時から、世界各地に難攻不落のダンジョンがあちこちに出現し始めた。

 その攻略難易度は凄まじく高いが、その最奥に眠る“コア”と呼ばれるオーブを破壊した者は、人智を超えるアイテムを、その手にできるという。

 その攻略難易度は、グリプス大迷宮を遥かに凌いだが、完全攻略を目指さないぶんには、冒険者たちを始め、人々に大いなる資源を与えてくれた。

 人々は、それを神の試練と呼び、尊んだという。


 ーーーまたその頃から、謎の組織“マスターキューブ”と呼ばれる、闇の組織が誕生した。

 何をしているかは謎だが、尽きることの無い塁沢な資金に物を言わせ、マスターキューブは常に世界各地のギルドに“レア品”や、“魔物の部位”等の収集依頼を出し続けた。

 冒険者達は、常にあるその依頼をこなし、生計を立てながら、己の力を磨く。

 しかし、この“マスターキューブ”を取り仕切るボス、“Mrルービック”の正体を知るものは、誰一人としていなかった。

 何故なら、この組織の本拠地と思われる場所は、とある街の地下深く。入った者は二度と出てこられない、恐ろしい迷宮になっているのだから。





ダンジョン創造、以上になります。


まだまだゼロスはやらかしますので、よろしくお願いします!


前回、感想もいただき、ありがとう御座いましたΣ(゜∀゜ノ)

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