神は、ダンジョンを創り賜うた④
組んでは戻し、別のパズルに取り組んでみては止め、レイルはひたすらそれを解き続けた。
レイルは聖者と言う魂だけの存在だから、睡眠や食事は必要ない。
とは言え、もとは人間だったことを考えれば、それは凄い集中力だ。
ーーーあれから2ヶ月後、漸くレイルは顔を上げた。
「ーーー……っ出来、た……」
深い息を吐きながら、レイルはキューブから、ひとつのオーブを取り出した。
「レイスも出来た」
どうやらレイスも風神と雷神が完成したみたいだ。
二人ともおめでとう!
レイルは、組み上がった1つのキューブから光を取り出し、マスターキューブからオーブを取り出すと、それを地に落とした。
「「!」」
「おお!」
オーブから飛び出したものを見て、ゼロスとレイスは同時に目を見開き、ルシファーは安堵の溜息をついた。
……また、ラムガルは、見ないふりをして、背中を向けていた。
オーブの溶けたそこから飛び出したのは、ひと株の、小さなバラの木だった。そしてその枝の先には、空のように青い、美しい花が咲いている。
ルシファーが、レイルに駆け寄り嬉しそうに言った。
「やったな! ようやく花一個か……。しかし、神のパズルだ。解けただけでも凄いぞ!」
レイルはホッとした顔で笑った。
「まあ、お前がダンジョンを造れるくらいになるまでの間くらい、千年や二千年、オレが神具を押さえ込んどくから、安心してそれに慣れてけ」
「あは、ありがとうルシファー。ここに連れてきてもらって、本当に良かった」
レイルはルシファーにそう言うと、ゼロスとレイスに向き直り、膝をついた。
「このような至宝をお与え下さり、ありがとうございます。未熟なるこの身ではありますが、神意に添えるよう、謹んで使用させて頂くつもりにございます」
レイスが、頬杖をつき、唇を尖らせながら言った。
「ーーー……ふん、白々しい。ダンジョンマスターよ、グリプスの地下のものは適当に移動しておくといい。その他も貴様の采配で隠すが良い」
レイスの分かり辛い激励の言葉に、レイルは感極まったように返事をした。
「はい!」
そして、少し声を落し、笑顔で続けた。
「ーーー……では、早速ですが、主神が1柱、レイス様。先程完成したという鬼達を、封じ込めさせて頂きますね」
「「「!?」」」
ゼロス以外の者達が、目を見開き、レイルを見た。
レイルは、笑顔だ。
「コアキューブを賜り、確信致しました。あれは危険です。目覚めさせるべきではありません」
「まだ目覚めさせていない。なぜそんな事をいう? せっかく創った。1度くらい目覚めさせてやるべきだ」
レイルはそれを肯定も否定もせず、話し始めた。
「……僕が死ぬ直前、妙な噂が立ちました。僕が拠点としていた山より、少し東にある小さな島国の上空に、神竜が現れたと」
……ウェルジェスのことかな?
レイルの話に、後ろめたさの有る神々と魔王は、口を挟もうとはしなかった。
「神竜は、島を呑み込む津波を引き起こし、ウロボロスの如き組合をして消えたそうです。更に後、その小さな島で、名もない英雄が、天を切り裂く勢いで、鬼と戦っていた」
「……」
「実は、さして遠い場所でも無かったので、病に侵された体を引き摺り、僕はそれを見に行ったんです」
「……」
「島は不思議な力で守られ、立ち入る事は出来ませんでした。しかしそれが良かった。もしその壁がなければ、それを目撃する前に、僕は死んでたでしょうから」
「……」
「……僕がそこで見たもの、それは、昔、僕が導いた勇者ですら、1秒と立っていられないだろう戦いを繰り広げる、武者が居ました。……ゼロス様が創ったそうですね。鬼の方は、魔王が力を与えて、レイス様が鍛えたとか。ルシファーから聞きました」
「「「……チッ、余計な事を……」」」
ルシファーが、神々と魔王から、鋭い視線を受け石化した。
レイルは肩をすくめて言った。
「いえ、ちゃんと守ってくださっていたのですから、それはもう良いのです。僕が言いたいのは、レイス様がお創りになった2体の鬼達が、その武者と鬼神のコピーでもあるような、書き込みがなされていること」
レイルの言葉に、ゼロスが目を見開いた。
「……え?」
レイスは、面倒くさそうに言う。
……そう、この前からいっぱい喋ってるから、喋り疲れてるんだよね。分かるよ、レイス。
「……レイスは、あの戦いは、世に遺すに値すると思った。だから、あの記録のコピーを風神と雷神に組み込んだ」
「え? レイス、待って……」
ゼロスが頭を押さえ、ゼロス的にありえない現状を理解しようと頑張っている。
レイルはまっすぐとレイスを見据え、言う。
「守りの無い世に放すおつもりですか?」
「そのつもりだった」
「百歩譲って神の聖心に従うとして、……その鬼共は何を食べるのですか? 人間はお好きですか?」
「好物だ。そして鬼ではない。風神と雷神だ」
「……創世神が1柱、レイス神様よ。その力を持って、人が襲われれば、アビスの襲来より悲惨な結果を招くと、僕には易く想像ができます。レイス様は如何でしょうか?」
まるで、“馬鹿なんですか?”とでも言いたいようなその物言いに、拳を握りしめていたラムガルが、低く、レイルに怒りを放った。
「……人間よ。調子に乗るのも大概にせいよ。神より賜った力で気が大きくなったか? レイス様に口を出すとは、万死に値する愚行よ。いよいよ死を以て償うか?」
青筋を浮かべるラムガルに、レイルは凄く残念そうな視線を向け言った。
「貴方は王と名乗る割に、賢明さが足りないようだ。こんな力で神に楯つけるはずが無いだろう」
ラムガルがキレた。
「賜っておきながら、“こんな力”だと!? もう辛抱ならんわっ! 例え罰を受けようと、貴様のその魂、欠片も残さず、完全に消滅させてくれるっ!!」
ーーーカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ……
ラムガルがレイルに掴みかかろうとした瞬間、レイルの周りで、およそ200ものキューブが、同時に物凄い勢いで回りだした。
ーーーキーーーィィン
そして僅か0.5秒程後、オーブが生まれ、レイルの前に静かに落ちて、大地に溶けた。
「……な?」
怒れども、所詮は人間と、油断していたラムガルは、一歩出遅れた。
メキメキと音を立てて、太さ2メートルはあろうかという巨大なイバラの刺々しい蔓が地面から伸び、うねうねとしなりながら、ラムガルを取り囲む。
そして次の瞬間、神獣達が、レイルを噛み殺そうとが飛び出してきた。……しかし皆、直後に、それぞれの足を止める。
神獣たちの前に、色を失った神獣たちが、まるで鏡のように自分達に牙を向いて構えていたんだ。
ハイエルフ達も同じ状況になっていて、誰も近づいて来られない。
「ーーー……ここ一帯を、ダンジョン化させた。つまり、僕のフィールド。僕が王だ。分かるかな?」
レイルはそう言って、嘲笑った。
ラムガルの身体から、殺気が迸る。
「死ねぇ!!!」
魔法でいばらの蔓を吹き飛ばし、魔剣を構えた本体が、レイルに向かって跳躍した。
ーーーガギィィーーーーーン……
しかし、ラムガルの剣戟は、鈍い音と共に受けとめられる。
灰色い、目に光の灯らないラムガルが、灰色の魔剣を持ち、無表情にレイルを守っていた。
「な………っ!?」
ーーーサンッ……
ラムガルが、怒りにまかせ力を込めようとしたその瞬間、その胸からグレイの剣先が生えた。
「……」
「……な、あ?」
混乱をしながら後ろを振り向くラムガル。
そこには、灰色の、聖剣を構えた初代勇者、アトムが無情に聖剣で、ラムガルを貫いていた。
「言ったでしょう。僕が王様だ。謀反者は、……死刑だよ」
そう言って、レイルは暗く顔を歪めながら、マスターキューブを掲げた。




