神は、ダンジョンを創り賜うた③
レイスが、無造作に自分の肉をちぎった。
「!?」
突然の事に、無言で目を見開くレイル。
まあ、いきなり目の前で肉を千切る様子を見たら驚くよね。結構痛々しく見えるしね。
「ーーー……グリプスの地下は、完全なオートシステムだ。人間共は迷宮内の地形が変わる等とほざくが、実際のところ、各階に1億2千万通りの地形を組み込んでいて、それが順繰りに巡っているだけ。上階の宝箱はモンスター共同様、自動で中身が再生されるようになっている。下層の宝箱も基本自動だけど、……たまにレイスが入れ替えたりした事もある」
そう、レイスは、簡単な説明をしながら、肉をこねていく。
そして、ふとレイルに尋ねる。
「そう言えば、貴様はグリプスで封印を解いて回ったと言っていたな。謎解きパズルは好きか?」
「? は、はい。結構得意です」
「……いいだろう。コンセプトは決まった。ゼロス、書き込みを手伝って欲しい」
「良いけど、何を書く?」
「ゼロスの創ったもの全て」
「! ああ、なるほどね」
ゼロスは深く頷き、そのこね上がった肉に、自分がこれまで創造した全てのデータを神速で書き込んでいく。それは1つ書き上がるごとに、光の粉が書き込まれたものの姿を描き、ポトリと小さなクリスタルのキューブになっていく。人、天使、動物達や、植物、神々すらも書き込んだ。一方、レイスの方も、魔王や魔物、神獣やハイエルフ達をも書き込む。
やがてその肉にすべての書き込みがなされた時、そこには幾千億の小さなキューブが出来上がっていた。
俺の根元はそれ等のキューブに埋もれ、キラキラと輝いている。
レイスがそれ等のキューブに手をかざし、握る素振りを見せると、キューブはふわりと浮かび上がり、カシャカシャと組み上がっていく。
そして出来たのはの、澄んだクリスタルの輝きを放つ、大小様々な無数のルービックキューブだった。
それらは、六面体の一般的な四角いキューブだけど、1面辺りのマスが軽く千以上あるから、解くのはなかなか難しそうだ。
無数のルービックキューブの中心に立つレイスは、最後に少し残った肉片で、他とは違う、銀色のルービックキューブを創った。そして言う。
「これは、氷のパズル、“ダンジョンコアメーカー”と言う」
「……っ」
静かにそう告げるレイスだけど、初めて神の御技を目の当たりにしたレイルは、驚愕のあまりその身を強張らせ、身動き出来ずにいる。
レイスは、気にせず説明を続けた。
「使い方は簡単だ。この大小ある透明のキューブには、万物の情報と、それを取り巻く万象が書き込まれている。それをこの銀色のキューブ、“マスターキューブ”で組みたて制御し、仮想現実や、仮想生命体として映し出す事が出来るおもちゃ……じゃなくて、神具だ! ……。……空間魔法は使えるな?」
ーーーまさか使えないとか言うなよ? とでも言うように、レイスはレイルを睨んだ。
「っは、はい……」
必死で答えるレイルに、頷きもせずレイスは話を続けた。
「このキューブはパズルだ。理……つまり、規則通り、正しく合せ組み上る事ができれば、キューブは、あらゆる世界を映し出す。まあ、1つでも間違えていればゴミ以外の何物でもないが……。小さな物ならそのままでもいいが、迷宮のような巨大な物を映し出す場合は、空間を拡張して、その中に映し出せばいい」
なる程、だからレイスはさっき空間魔法が使えるかどうか、確認をしたんだね。
使えなかったら、創り直さなくてはいけないところだった。
「キューブで組み上げた設定を、このマスターキューブに読み込ませ、それを記憶させた“ダンジョンコア”を作成し、映し出したい場所に着弾させる。そうすれば、設定に沿ってダンジョンが映し出され動き出すという仕組みとなっている。……以上だ」
そう言うと、レイスは銀色のマスターキューブをレイルに投げつけた。
「……え、……わ、わっとっ!」
レイルはとっさに手を出しそれを受け取るが、顔は困惑にゆがんでいる。
その様子を見ていたゼロスが、困ったように笑う。
「レイス、相手は人間だよ。いくらなんでも、それじゃ理解できない。せめて実演くらいしてあげて?」
ゼロスがそう言うと、レイスは口を尖らせて、渋々言った。
「……一度だけだ」
「っ!」
レイスがふわりとレイルの至近距離に近づき、その手に握られているキューブに手を置いた。
レイスの手の中で、マスターキューブが一瞬、柔らかい光を放った。同時に、クリスタルキューブの20個が浮かび上がり、勝手に高速で回転を始める。
カシャカシャと、癖になりそうな小気味よい音を立てるキューブは、やがて止まり、組み上がったキューブそれぞれに、違う色の光が灯った。
それらの光は、ホタルが舞い飛ぶようにキューブから離れ、マスターキューブに吸い込まれていく。
そして、レイスがマスターキューブを指で弾くと、そこから光が漏れ出し、レイスの目の前に、丸いオーブが現れたのだ。
レイスは、それを掴み、ポトリと地面に落とす。
『ニャーッ』
『にゃーーっ』
『にゃお!』
オーブの吸い込まれた地面から、突然可愛らしい子猫達が湧いて出た。
「!?」
レイスは子猫の一匹を抱き上げながら、驚くレイルに言った。
「このキューブには、ゼロスと共に描いた創生来全てのデータが入ってる。パズルを解き、組み上げ、自由にダンジョンを作れば良い。そうだな、この氷のパズルを解けば、お前は自由とも言える。ーーー……今後、“カイ”と名乗らないか?」
?
レイスは何を言ってるんだろう?
レイルもレイスの言葉に戸惑い、聞き返す。
「……何故です?」
「そうすれば、ルシファーはゲルダに改名させてやる」
!
ああ、もしかして“氷の女王”の童話かな!? 悪魔の鏡を割ったっていう……。
だけどレイス。レイルは賢者だ。ルドルフみたいには、行かないと思うよ?
「……仰る意味を理解しかねています。その名には、どんな意味が?」
大真面目に聞き返すレイル。
レイスは少し恥ずかしくなってしまったようで、顔を背けた。
「……。ふん、……何でもない。もし使いこなせるのであれば、“ダンジョンマスター”とでも名乗ればいい。人間如きが使いこなせるとは思わないけどっ!」
「? は、はい」
「ふん、1つでも完成させるまでは、レイスのように魔法で組む事は許さない。この、愚鈍なる人間め!」
そうして、レイスはレイルの前にコアキューブを、うず高く積み上げ、踵を返した。
若干、照れ隠しの八つ当たりが入ってた気がする。
そう、“慣れるまでは、手でゆっくりする方がいいよ”と、言いたいんだよね。レイスのその優しさを俺はちゃんと分かってるからね!
そしてレイスが5歩程進んだ時だった。突然、レイスの腕の中から、子猫が消えた。
レイスは、少し残念そうに腕の中を見詰め、後ろを向いたままレイルに告げた。
「見ての通り。コアキューブが映し出す仮想現実は、全てコアキューブに指定された場所だけに有効だ。ハーティーや、錆びた剣、それに魔物の魔核などは、以前グリプス迷宮を創った時に、ドロップするよう設定しているものもあるが、ゼロスの創造した物にそれは無い。人間共に持ち帰らせたい素材があるなら、己でその都度準備することだ」
かつてのダンジョンマスターは、そう、とてもためになる言葉を残し、去って行った。
レイルは頭を下げレイスを見送った後、恐る恐るキューブの一つを掴み上げ、言われた通り素手で、ゆっくりとそのパズルを解き始めた。
無言の空間に、カシャカシャと心地よい音が響く。
ーーー1時間後、レイルの額には汗が浮かびあがっていた。
パズルは一向に、解ける気配もない。
「お、おいレイル? 大丈夫か? あんまり無理するなよ?」
「……っ、……」
不安げに問いかけるルシファーに、応えず、ただ、眉間に深い皺を刻みながら、レイルはパズルを解き続けた。
コアキューブがややこしくて、説明に1話丸っと使ってしまいました(´゜д゜`)
設定のための無数の一般キューブと、マスターキューブを併せて、コアキューブと呼びます。
書いててキューブキューブうるせえっ!と、若干切れかけました……。
読んで下さり、ありがとうございます・ω・




