神は、ダンジョンを創り賜うた①
それは、とてもリアルな……いや、リアルで龍虎図を描いた、壮絶な戦いからまだ一月も経たない頃の事。
ゼロスが腕を組み、唸りながら言った。
「……戦闘民族の記憶を入れるのは、危険だね。悪くは無かったけど、野放しには出来ない」
その少し離れた俺の枝では、レイスが風神と雷神を、せっせと創っている。
どうやら、この世界には、野菜の惑星は誕生しないようだ。
「だけど悪く無かった! 次はどんな記憶を入れてみようか? 料理人? ……陶芸家とか……」
ゼロスはひとつのドラマの後、すっかり本来の目的を忘れているみたいだ。
良いんだよ。遠回りだと思う道が、近道なんてこともあるんだから。
「芸術系で行くなら、音楽家や、ITクリエイターってのもありか……」
真剣に悩むゼロスに、冷めた声がかかった。
「後生です。創造系は止めてください。第二の創造神が産まれます。……後、音楽って、アビスの件、お忘れですか?」
その声にゼロスは顔を上げ、声の主を認めた瞬間、引きつった笑みを浮かべた。
そして言う。
「あ……、ルシファー」
そこには、一人の聖人を従えた、ルシファーが跪いていた。
普段なら、“神の御前だ、口を慎め”、だのと言うラムガルも、今は明鏡止水の沈黙を保っていた。
……うん。伸芳と天の邪鬼の二人、瞬間的にで見れば、明らかにラムガルの戦闘値を上回ってたものね。マナの総量は上だし、死なないから、負けはしないだろうけど。
ゼロスはニコリと微笑むと、ルシファーに言った。
「イヤだなあ。ちょっと記憶を埋めただけで、神なんて出来ないよ」
ルシファーが、跪いたまま、頷くでもなくボソリと呟いた。
「ーーー……、見事に武神が誕生しましたね」
「ーーー……。……それでルシファー、二人の魂は拾って来てくれた? レイスから連絡を入れたはずだけど」
ゼロスはルシファーの呟きを、聴こえなかったふりをした。
「はっ、その件につきましては、ふたりの魂を拾い上げたところ、口を揃え“この世に未練はない”、と申しましたので、マナへと返しました」
「ーーー……そう」
ゼロスはそれを聞いて、嬉しそうに微笑んだ。
そして、ふと隣に控えた聖者に声をかけた。
「それで? 君は誰?」
聖者は厳かに答えた。
「ーーーはい。この度は創造神様の目にお初にかかり、大変恐悦にございます。僕は……、」
聖者の言葉がふと、何かを考えるように止まり、チャーミングな王子様のようなその面を上げ、ゼロスに言った。
「ーーー……僕は、ルシファーの、愛人に御座います」
「おいっ!?」
ルシファーが慌てて聖人を怒鳴りつけた。
ゼロスは微笑みながら、優しく、宥め諭すように言った。
「……ルシファー。それは、神の定めた摂理に反するよ……?」
そして、風神と雷神をを創っていたレイスも、手を止めて顔を上げた。
「……ゼロス。ルシファーは、もう人では無い。己の心にのみ従う、魔物に近しい存在。どのような嗜好を持とうがもはや止められぬこと。そうだろう? 化物よ」
「違いますからっ!!」
ルシファーが吠え、木陰からハイエルフと神獣達が、それを睨んだ。
聖者は神の前だというのに、まるでイタズラが成功した子供のように笑っている。
「レイルっ! てめえいい加減にしろっ!」
「あっはっはっ! だって僕の魂の七割は、ルシファーの愛する奥さんの魂なんでしょ? だけど別人。概ね“愛人”で合ってると思うけど?」
「全っ然、違うわっ」
レイルはルシファーの怒鳴り声に、また楽しそうな声を上げて笑った。
そう、レイルはほんの3日程前、その生を終え、ルシファーに聖人として召し上げられたのだ。
レイルは魔核を与えられ、ルシファーと初めてあった時の若い頃の姿を映し出すと、しばしルシファーと生前の思い出話に花を咲かせていた。
そして、その後二人でこの聖域を目指し、やってきたのだった。
「ーーー……神の御前だ。控えろ」
その時、やっとラムガルが、いつもの口調で二人に言った。
その言葉に、二人は同時にいずまいを正す。
「失礼致しました。この者はレイルと言う、生前“賢者”と呼ばれていた者に御座います」
「ああ、それなら知っている。君がそうなのか、宜しくね、レイル」
「はい」
レイルは短く応えた。
「それで、ルシファーはなぜレイルを連れてきたの? 伸芳達の魂の報告だけなら、レイルを連れてくる必要はないと思うけど」
「はっ、えっと……その」
口ごもるルシファーに、レイルが顔を上げ、その先を引き継いだ。
「ゼロス神様。この度僕達は、僭越ながら、神々に、新たな大迷宮の創造を願い奏上したく、参った次第にございます」
「あ、おいっ……」
レイルの発言を止めようとするルシファーを遮り、ラムガルが刺すような怒気を含んだ声で言った。
「っ人間の残りカスごときが、創造神様へ創造を依頼だと!? 何を言っているか解っているのか!? 身の程をわきまえよ、虫ケラが!!」
レイルはその覇気を受け流しながら、ラムガルを見た。
「貴方が魔王か」
「そうだ」
「……貴方こそ口を慎むといい。神の御前だ。僕という存在、人間達が、誰から創造されたかご存知か?」
「っ!?」
……なるほど。
俺は感心した。
つまり、レイルは自分を侮辱する行為は、ゼロスへの不敬に当たると言いたいんだ。
そしてゼロスは自分の創造物を愛しているから、あながちそれは間違いでは無い。
ゼロスは自分の創造物であれば、多少の残虐な行いや、嘘を付いてしまった者も、赦し愛してる。
ましてやレイルはーーー………。
「僕は生涯ゼロス神を敬い、万人を導き、また隣人に愛を分け与えた。神の聖心に則り、生を全うしたのだ。そう、過ちを犯し、かつて世界のバランスを崩壊させた魔王如きに、貶められる謂れはない。黙ってくれないかな?」
そう、ゼロスの望む理想の生を全うした上で、聖人として今、ここに居る。
「……っこの……!」
ラムガルは、青筋を浮かべレイルを睨むが、実際、過去に勇者と共に、人類を滅ぼしかけた事実は確かにあり、言い返すことはできなかった。
「っ余が……魔王と知ってそのような口をたたくか。なるほど、相当に死にたいと見える。魔法さえ使用せねば、余とて、人を屠る事が出来るのだ。ーーー魔王を相手にふざけた口を叩いた事、その身を持って後悔するがいいわ」
言い返しはしないものの、ラムガルは頑張ってその威厳を保とうと、威嚇の殺気を投げつけた。
レイスの前だから、よけいに気合が入っている。
だけどレイルは微笑すら浮かべながら、涼しい顔で言い返す。
「ふ、僕はもう死んでいるよ。それに僕は、勇者を導く賢者だ。神は尊べど、魔王は“敵”なんだよ。僕が貴方を尊び敬うことなど、これまでも、そしてこの先未来永劫あり得ないね」
レイルは睨み返すように、真っ直ぐとラムガル見据えながら、そうハッキリと言った。
そして再びゼロスに向き直り、深く頭を下げた。
「創世神がひと柱、ゼロス神様。不敬とは承知で奏上いたします。……この愚かでアホで腰抜けのルシファーが、どうしても自分では言えない等と女々しく咽び泣くため、仕方なく、代わってこの僕が、渋々に……」
「うん、わかったから言ってみて」
ドサクサに紛れ、再びルシファーを貶し始めるレイルを、ゼロスが遮り、先を促した。……と言うか、今ゼロス、“わかったから”って言った? ルシファー泣いちゃうよ?
「はい。ーーー神々の創世されたこの世界は、有限です。空の彼方はまだいざ知らず、僕ら人間のいる大地は、もう既に質量が決まってしまった。……質量と言うのは、いつの頃かは存じませんが、神の肉を分けたこの大地の“核”の質量を指しております」
「うん。それで?」
俺はレイルの話を聞きながら、ふと昔の事を思い出した。
そう、それはこの世界に、ハーティーすらまだ存在しなかった頃の事だ。火と、水と、土だけの、小さな小さな世界。
その頃、俺は幼いレイスが俺の為に肉を千切ろうとする事を、痛ましく思い、それをやめさせた。
以来大地は、レイスの肉ではなく、創造物達の死の上に成長を続けて来たのだ。
芽を閉じれば、それはまるでつい先程の出来事のように、鮮明な光景が脳裏に蘇る。……まぁ、脳はないけどね。樹だし。
レイルは話し続けた。
「これはあくまで僕の予想ですが、この“聖域”と“黒い森”という特殊な場を除き、この世界が受け止められるエネルギー量は決まっているのでは無いでしょうか? かつて神の定められた、この世界の核は、それは凄まじいエネルギー量を内包しています。それはもう、魔王と勇者の決戦にも、当然のごとく耐えられる程に」
レイルはそこで少し言葉を留め、何かに思いを馳せるように押し黙った。
そして、再び話を続ける。
「ーーー……しかし、神々は今も尚、新たな物を際限無く創造され続けられており、それはもう、この膨大なエネルギーを擁する世界ですら、受け止めきれない程の質量となりつつある。……近い未来、この世界は間違いなく臨界点を迎える。そして、その瞬間、この世界は前兆すら感じる暇もなく、滅びを迎える事になる。ーーー神々もそのことに既にお気づきなのでしょう?」
ゼロスは面白そうに、レイルを見下ろした。
そして尋ねた。
「そうなの? それは大変だ。……だけど破滅に気付いてて、僕達が創り続けてるだって? 何を根拠にそう思ったの?」
ゼロスの言葉に、レイルは一瞬言葉を詰まらせる。
そして、頭を振りかぶりながら言った。
「ーーー……そうですか。神が気づいていないなら、僕なんかに気付くはずはありませんね。僕の勘違いでした。大変失礼をしました」
レイルは少し肩をすくめた後、ゼロスに似た、無邪気な笑顔をその顔に浮かばせながら言った。
「では、1つだけ僕から質問してもよろしいですか? ……なぜ、近代の新たな創造物は、空の彼方に置くのでしょう? わざわざ“ゲート”まで準備をして」
ゼロスは、その質問に、無言で笑顔だけを返した。
ゼロスの後ろで、その様子をこっそりみていたレイスが、見兼ねて、口を開いた。
「ふん、小賢しい人間だ。別に世界など、いつ壊れたっていい。それが神意という事だ」
その言葉に、レイルの口元が釣り上がる。
そして直後、ゼロスが笑い声をあげた。
「あはははっ! レイス! その言い方じゃ、レイルを肯定してる事になるよ!」
「っ!」
ゼロスの指摘に、レイスが、気持ち目を見開いた気がした。
「あはは、ちなみに僕は、“別に壊れていい”なんて思ってないからね? ……面白いね、ルシファー、この子をどうやって見つけたの? 随分ルシファーと仲良さそうだし」
ゼロスが笑いながらルシファーに言った。
ルシファーは、頭を掻きながら、小さな声で「いや、成り行きで……」と呟くように答えただけだった。
ゼロスは跪くレイルの前にしゃがみ込み、その顔を間近から覗き込んだ。




