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神は、龍虎図を描き賜うた③


「のぅ天の邪鬼よ。わしとおぬしが初めて逢うた時のことを覚えているか?」


 天の邪鬼は、無防備に背を向けるわしに斬りかかってくる素振りも無く、面白くなさそうに答えた。


「覚えてねーな。しかしその時、お前は赤子だった筈だ」


「そう。しかしわしも、覚えておるのだよ。おぬしと初めて遭った時の事も、それ以前のこともな」


 わしは、この鬼に、村の者にさえ明かしたことのないわしの秘密を話した。


「わしは、この世界に生を受ける前、侍と呼ばれる戦人だったのだ」


「……サムライ?」


「そう、このわし伸芳という男は、戦乱の世において、國も主も、何1つ守れなかった哀れな負け犬よ」


「……」


「だがわしは数奇な運命の糸に導かれ、この世界で、新たな守るべきものを見つけた。かつての故郷によく似たこの島、そして何より、わしを慕ってくれる者達」


 わしの脳裏に、オハナやタケル、父や母や、村の者達の輝くような笑顔が浮かぶ。


「しかし、わしはお主の手により、再びそれらを失った。ゼロス神の加護により、皆命までは落とさなんだが、それが無ければ間違いなく全てを失っておったのだよ。……わしは、己に絶望した」


「そりゃすまん事をしたな。だが、お前が強すぎたのだから仕方がない」


「ふ、言ってくれる。……だがな、絶望したのは、お前の強さに対してではない」


「?」


「わしはな、お前の強大な力により壊れた家を、流された人々を前に、……歓喜し、笑ったのだ」


 わしはそう言って、立ち上がると、天の邪鬼を見た。


 黄金の羽織をまとい、ただ腕を組み佇むだけの天の邪鬼。しかしその姿からは、紛うこと無き、武王たる風格が漂っている。


「すべてを失い、嘆き悲しむべきその場で、わしは笑った。風穴に吸い込んだはずのお前が、また舞い戻った事に。そして、その、わしの遥か上をゆく壮絶な力に、わしも追いつき、その高みにて、おぬしと闘いたいと、武人の血が笑ったのだ」


「ほう?」


 わしの告白に、天の邪鬼は可笑しそうに口を歪ませた。


「……そんな事、村の者達には、到底言えんかったわ。わし自身、そんな己に恐怖したくらいなのだから。……打ちひしがれるわしに、タケルという者が言ってきた。わしを“信じている”とな。その時、わしは悟ったよ。もはやわしは皆とは、共にはおられんと言う事に。それからわしは全てを捨て、修羅の道へと足を踏み入れ、お前を追いかけたのだ」


「……そうか」


 天の邪鬼は、

 つまらなそうにそう言うだけ。

 構わない。わしは、誰かに聞いてもらいたかっただけなのだから。

 わしの、独り言に似た話は続く。


「のう、天の邪鬼。わしはお前を風穴に吸い込んだ後、まるでわしの大切な何かを同時に消してしまったような、そんな錯覚に襲われておった。そして孤独の中で、考えた。……こんな出会い方でさえなければ、良き友として語り、酒を酌み交わしておったのではないか、と」


 コヤツになら、わしの心中を素直に打ち明けられる。

 また、嘘つきなこやつを、わしなら分かってやれる気がしていたのだ。

 天の邪鬼が、面倒くさそうに口開いた。


「ふん、伸芳よ。俺はこれからを嘘を言う。すべて嘘だ。良いか?」


「ああ」


「そのような可能性はあり得んな。お前は人、そして俺は鬼。何を間違えようと、相容れることの無い存在なのだ。ーーー……だが、獣王にすら邪険にされる、脆弱で、嫌われ者の嘘つき小鬼だった俺が、ここ迄強くなれたのは、伸芳、お前のおかげだとは思っている。礼を云うぞ、伸芳」


 わしはその言葉に、眉を寄せながら笑った。


「ーーーそうか。あり得ぬ、か。……わしも、お前に感謝しておるよ。そして、わしはお前のことがそれ程嫌いではない」


 天の邪鬼は、鼻を鳴らした。


「……ふん。話は終わりだ。くだらぬ夢物語など聞きたくない。分かっているのだろう。このような形で出会った俺達の道が交わる時は、決まってひとつのみ」


 頷き、わしは天の邪鬼の言葉を、引き継いだ。

 刀に手を伸ばしながら言う。



「ーーー……そう、それは刀を交える時のみ!!」



 わしが抜刀したのと全くの同時、天の邪鬼もまた、高らかに笑いながら、鋭い鬼の爪を閃かせたのだった。




 ◆




 遠く離れた小さな島の砂浜で、伸芳と天の邪鬼は、砂を巻き上げ、波を渦巻かせ、大気を切り裂き、壮絶な闘いを繰り広げていた。


 勇者でさえ、目で追うのがやっとだろうその動きで、二人は水の上を駆け、空を跳ね、大地を掘り下げながらぶつかり合う

 “ーーー……天の邪鬼に行かせて正解だったやもしれぬ……”と、聴こえてきたラムガルの呟きは、みんなには内緒にしておくことにしよう。 


「っ出たっ! そのままぶちのめせ、タロウ!」


 天の邪鬼がレヴィアタンを召喚した時、レイスが歓声を上げた。

 しかし、それに負けじと伸芳が巨大な金虎を召喚する。

 それを見て、今度はゼロスの目が輝いた。


「よしっ! アインス見た見た!? あの金虎、僕が創ったんだよ! 伸芳っ、金虎のカッコいいところを見せてあげるんだっ!」

 伸芳に声援を送るゼロスに、俺は微笑みながら言った。


「見てるよ。どちらもとてもカッコいいね」


 ーーー黒龍のレヴィアタンと、黄金の巨大な虎が睨み合う様は、正に龍虎図。


 ふとレイスが言う。


「ねえゼロス、風神と雷神も創ろう」


「え、それはリリマリスとサリヴァントールがいるし、要らないんじゃない?」


「……ゼロスは浪漫が分かってない……」


 そう言って2柱は、再び二人の戦いに目を向けた。



 伸芳が天の邪鬼を睨みながら言う。


『……ふ、なんと巨大な蛇か。これが因縁と言うものか』


 ……蛇に噛まれて死んだ事になってるからね。

 天の邪鬼も睨み返しながら言う。


『はっ、奇遇だな。俺も猫は()()()なんだぜ』


 ……まあ……、鬼人になる前は、ハムスターだったしね……。


 1本の天と地を結ぶ稲妻を合図に、2人と2匹は眩しい光を放ちながら、また激しい衝突を始めた。

 そしてその激闘は休む事無く、3日3晩にも及び、続いたんだ。





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