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神は、龍虎図を描き賜うた②

 ◇ーーー三年後ーーー◇



「時は満ちた」


 ラムガルは、静かにそう言うと、踵を返した。


 今から丁度18年前、ゼロスは伸芳に言った。

 “18年後、大災害が起こる”、と。……正確には少し違う表現ではあったけど、概ね同じ事だ。

 そして今こそ、“魔王”が降臨する、その時なのだった。


 だけど、ラムガルが踵を返したその先には、まるでその歩みを遮るように、天の邪鬼が頭を垂れ、跪いていた。

 ラムガルは、天の邪鬼を睨み、低い声で言う。


「……何のつもりだ? 天の邪鬼」


「い、今一度だけっ……俺にっ」


 天の邪鬼は魔王の重圧に押されながらも、声を絞り出すように言った。そして縋るような目を、ラムガルに向ける。

 ラムガルは、そんな天の邪鬼を鬱陶し気に見下ろしながら、静かに言った。


「お前の役目は終わった。今更お前に出る幕は無い。消えろ」


「……っ、はい!」


「……良い返事だ。おまえが()()()()()()()()()、だがな」


「……」


 天の邪鬼は殺気すら放つラムガルに、一歩も譲ろうとはしない。

 ラムガルはとうとう、手のひらを天の邪鬼に向け、輝かんばかりのエネルギーを集めながら、無情に言い放った。


「いいか? お前の役目は、伸芳へのただの当て馬だったのだ。分をわきまえよ、虫ケラが」


「脅しですか? 止めてください。ビビって俺の心が折れちまいます。たとえこの身が砕けようと、俺は逃げ切る所存で」


 ラムガルは「ふん」とつまらなそうに鼻を鳴らすと、至近距離から天の邪鬼に向け、そのエネルギー砲を、放った。

 天の邪鬼は、それでも避けようとはせず、光を睨み、ただ歯を食いしばった。





 ーーーカッ!!




 エネルギーが弾け、衝撃波で森が揺れた。


 そして、直後、ラムガルは目を見開き、驚愕した。



「!!!?」



 ラムガルの伸ばしたその手を掴み、その者はエネルギー砲の全てを、受け止め切っていたのだから。

 ラムガルは、息を詰まらせながら、やっとの思いで、その者の名を呼んだ



「ーーー……ゼロス様?」



 ゼロスの華奢な手が、ラムガルの掌を掴み、勢い余って握り潰している。


 ゼロスはニコリと笑いながら、ラムガルに言った。


「ちょっと待って、ラムガル。ーーー僕、実は伸芳に、人類の敵は“魔王”としか言ってないんだ。“ラムガル”とは一言も言ってない」


 ラムガルの手が、ミシリと音を立てた。

 その音に気付き、ゼロスは慌ててその手を離す。


「ああゴメン。咄嗟のことで、ちょっと力を入れ過ぎた」


 そして再び撫でる様に、ゼロスがラムガルの手に触れると、まるで空間が歪むか、逆再生でもされるように、ひしゃげた手が元に戻った。


 ラムガルは「いえ」と、小さく答えると、特に気にする様子もなく、手を降ろした。

 ーーー……まあ、ラムガルは何百回も勇者から消滅魔法を受けているし、何より3万年以上、レイスの側に仕えているんだ。

 負傷に対する耐性は、多分ラムガルがこの世で一番高いだろうと、俺は思っている。……強く生きてね、ラムガル。


 ラムガルは、ゼロスの背後で驚いている天の邪鬼を無視し、ゼロスに尋ねた。


「して、“魔王”としか言っていない、とはどういう意味ですかな?」


 ゼロスはちょっとしたトンチを披露でもするかのように、イタズラめいた笑みを浮かべながら言った。


「そのまんまだよ。伸芳は、“魔王”の正体を知らない。そもそもこの世界の者だって、魔王の名が“ラムガル”だって知ってる者は教会の一部の者だけだったし、魔物が姿を潜めているこの時、魔王が実在するなんて信じてる者だってほとんど居ない。ましてや隔離された小島で、誰が替え玉に気付くと思う?」


「! ……しかし、宜しいので?」


 ゼロスの真意に気付いたラムガルが、慌ててゼロスに問いただすと、ゼロスは困ったような顔でラムガルに言った。


「勿論。元々は僕が頼んでいた事だ。……コロコロと内容が変わってしまって、僕の方こそごめん」


 ラムガルはゼロスの謝罪に「いえっ! そ、そんなつもりではっ!! 全然気にしておりませんゆえ!!」、なんて慌てふためきながら手を振っている。


 ゼロスの背後に跪いたままの天の邪鬼は、その様子をただ、唖然と見ていた。

 無情にも天の邪鬼を消そうとしていた魔王。

 そして絶対強者である魔物の王の手が、華奢な手に、いとも簡単に握り潰されたと言うその事実。

 そしてその魔王は、今やまるで告白を断られた高校生男子の様な腰の引けた体で、アタフタとしている。

 天の邪鬼にとっては、色んな意味でありえない光景なんだろう。



 やがてラムガルは小さく言った。


「我が配下への温情、感謝申し上げます」


 そう、ラムガルだって本当は、天の邪鬼に行かせてあげたかった筈なんだ。

 ラムガルにとって、創造神の指示は絶対だけど、かつてレイスに魔物達を任されて以来、ずっとずっと、ラムガルは彼等の想いを見続けてきたんだから。


 ゼロスは振り返り、天の邪鬼に言った。


「天の邪鬼。“魔王”を名乗って、伸芳と対峙をしてきてはくれないかな?」


「……え……」


 創造神の1柱ゼロスからの、命令ではない()()()に、天の邪鬼は信じられないような面持ちで、言葉をつまらせた。

 そんな天の邪鬼に、ラムガルはため息を吐きながら言う。


「天の邪鬼よ。お前はレイス様に創られた。ゼロス様の創造物でないことに、ゼロス様を気を遣ってくださっているのだ。早く答えよ」


「え……あ、いえ、その……イヤです!」


「うん。頼んだよ」


 ゼロスはそう言うと、天の邪鬼に微笑んだ。

 天の邪鬼は、その言葉に跳び上がって喜び、挨拶もソコソコに駆け出そうとする。


「そ、それではっ!」


「待て」


 喜び勇み、慌てて駆け出そうとする天の邪鬼を、ラムガルが呼び止めた。

 天の邪鬼は動きを止め、少し不安そうに振り返る。


「……?」


「これを着て行け」


 ラムガルはそう言うと、マントの下から前に作り上げたボーダーの羽織を取り出した。


 ……ラムガル。決戦に、自分がそれを着ていくつもりだったんだね? 吸い込まれたら嫌だもんね。


「……っ」


 天の邪鬼は、差し出されたその羽織を前に、逃げる様に一歩下がった。

 そんな天の邪鬼に、ラムガルは優しさすら感じる穏やかな声で言った。


「着て行け。言われただろう? これを着たところで、お前は微塵も強くはならん。……ただ、今のお前には、この一張羅が似合うだろうと思っただけだ」


「……ラムガル様」


 ラムガルは、一歩進み出ると、羽織を天の邪鬼の胸に押し付けた。


「ーーーよくぞ、これの似合う漢になったものだ。天の邪鬼よ。余は先の決戦にて、勝敗に関係なく、お前のその勇姿を讃えようぞ。己の力を、出し切るが良い」


「……っ」


 天の邪鬼は、無言で羽織を掴み取り、袖を通した。


 俺の枝に腰を掛け、無言で事の成り行きを見ていただけのレイスが、小さく呟いた。


「頑張れ、タロウ」


 ? 太郎? 俺はレイスの言葉の意味がわからず、枝をかしげた。そしてふと、1つのことに思い当たり、驚愕した。


「!?」


 ………タロウ? まさか、天の邪鬼が鬼だから?

 その羽織を、黒と金色のボーダーにしたのは偶然……だよね? まさかその為に、黒いゼロスの毛髪を所望したとか、あり得ないよね?

 ……かつてラムガルに糸を渡す時、羽織のことをなにか言い間違えて「チャ……」とか言ってたのは、……まさか、………まさか!?



 ーーー俺は、それ以上考えるのをやめた。




 ーーーそして、俺はその美しい羽織を翻し、光に向かって空を駆けてゆく天の邪鬼を、静かに見送ったのだった。





 ◇




 修行から戻ったわしは、タケルに頼み、全島民を避難させてもらった。

 わしの頼みに、タケルは深くは聞かず、直ぐ様島の人々を本島から1番離れた島へ誘導をしてくれた。


 わしは誰も居なくなった浜辺で目を閉じ、波の音を聴きながら、静かにその時を待った。

 ふと、誰もいるはずの無い島で、背後に気配を感じた。

 そして、最早聞き慣れたと言っても過言ではない声が、わしの背にかけられる。



「久しいな、伸芳」



 その声に、わしは目を開け、そちらを見やる。

 わしは、旧友にでも語りかけるように、言った。



「久しいな、天の邪鬼」



 そこには、愉快そうに笑う、黄金の羽織を着た、桃色の頭髪の鬼が居た。



 わしは腰を下ろしたまま、天の邪鬼に言った。


「おかしいな。今日この日、“マオウ”が現れるはずだったのだがな。……まあいい、少し話をせんか? 天の邪鬼」


「嫌だね」


 わしは笑った。

 そして、ぽつりぽつりと、独り言のように話を始めた。


前回投稿後にまた評価頂き、有難う御座います!(。>﹏<。)


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