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神は、龍虎図を描き賜うた①

 ーーーわしは、全てを流され、何も無くなった浜辺で、静かにさざめく波を見ていた。


 村の者達は幸運にも、あの津波で命を落とす者はいなかった。

 いや、幸運では無いな。皆口を揃えて言ったのだ。ーーー波に飲まれると思った瞬間、淡い光に包まれ、激流の中でも壊れぬ泡に包まれていた、と。

 きっとゼロス神が救ってくださったのだと皆も言っておったし、わしも、その考えは正しいと思っておる。


 ーーーただ、わしはこの現実に絶望していた。



「また、ここに居たのか。師範」



 タケル殿の声がした。

 わしは振り返りも、その声に応えることもしなかった。


「師範よ。気に病むな。皆無事だったのだ。流された物など、命さえあれば何度だって、蘇らせることができる。皆でいま、塩に侵された土地を清めているのだ。なに、すぐ元に戻る」


「……」


「オハナも、師範を心配していた。どうかせめて、顔だけでも見せてやってはくれないか?」


 オハナは、わしを好いている女子だ。

 わしもいずれ娶るなら、オハナだと心に決めておった。


 ーーーしかし、


「……タケル、どうか捨て置いてはくれんか。わしは、……皆に顔向けができぬのだ」


「っ!? そんな事はないっ! 師範はあの化物と勝負をし、この島を、懸命に守ろうとしてくれたではないか……」


「っそういうものでは無いのだっ!!」


「!?」


 わしはタケルに怒鳴った。単なる八つ当たりだ。


「……わしは負けた! 完膚なきまでにっ!! 何一つ守れずに!! それにっ……」


 それ以上、わしは何も言えなかった。

 ……それ以上は、言葉にする事が怖ろしかったのだ。


「……なぁ、師範。俺達は、貴方を信じている。たとえ何があっても、俺達は貴方に付いていく。それが皆の思いなんだ」


 タケルの言葉に、わしは己へのあまりの嫌悪感に、目頭が熱くなるのを感じた。

 わしは腰を上げ振り返ると、真っ直ぐタケルを見る。



「わしの思いは違う」



「!」


「わしは己を鍛え直す。ここが、そなた等との分かれ道なのだ」



「!? 師範!」


「今のわしは、皆に信じてもらうに価せん。そしてわしの修羅の道に、お前達を付き合わせるつもりはない。壊れた村は、お前達で復興をしてくれ」


「っ俺達を、捨てるのか!?」


 わしは、眉を顰め縋るようにそう言うタケルに、1つだけ言い訳をした。


「違う。……わしの方こそ、お前達を、信じているのだ。皆を頼む、タケル」


「……っ」


 わしの言葉に、黙り込み悔しげに俯くタケルの横を、わしはゆっくりと通り抜ける。

 すれ違い様、わしは言った。



「おさらばだ。兄弟よ」



 ーーーすまぬ、皆よ。わしは、強くならねばならんのだ。



 わしは、己の中より響く声に従い、歩き出した。




 ◆




 ウェルジェスと共に聖域に帰って来て以来、天の邪鬼はずっと、俺の根元で膝を抱えて蹲っていた。


 俺は心配になり、その桃色の頭に声を掛けてみた。


「大丈夫かい? 天の邪鬼。ウェルジェスとレヴィアタンの戦いを間近で見て、怖かったのかい?」


「……そうだ」


 そう、つまり“違う”という事だ。


「じゃあ一体何故、そんなに悲しそうなんだい?」


「……違う。悲しくない。俺はまだまだ走り続けられるんだから。どこにだって行ける。……寂しくなんか、無い」



 蹲り、悲痛な声で言う天の邪鬼の気持ちが、少しわかった気がした。


 ーーーそうか、天の邪鬼は走ることが出来なくなったんだ。


 伸芳という宿敵(ライバル)を失って、目指すものがなくなって、死にものぐるいで手にしたあの力を、何処に向けていいか分からなくなってしまったんだ。


 俺は、天の邪鬼の、そのあまりに正直な物言いに、ただ愛おしさを感じた。

 そして、俺は葉を揺すりながら、天の邪鬼に言ったんだ。


「顔を上げて、天の邪鬼。ほら、今伸芳が何をしているのか良く見て」


「ーーーどうせ、打ちひしがれて……っ! 」


 俺の言葉にやっと顔を上げた天の邪鬼の目が、大きく見開かれた。


「……伸芳」


 画面に映しだされた伸芳は、暗い竹林の中で、自分の5倍はあろうかと言う、金虎に向け刀を構えていた。

 体中から血を滴らせながらも、その眼はかつて無い輝きに燃えている。


「ゼロスの創った伸芳が、そんなに弱い訳はないだろう。うかうかしていると、すぐに追い越されてしまうよ?」


「……っ」


 ただ、もっと強く。それだけを望み、闘志を燃やす伸芳の姿に、天の邪鬼は固唾を飲み見入った。


「伸芳は、とても大きな金虎と対峙をしてるね。伸芳は、そんなに金虎を倒したいのかな? ーーー……それとも、他の誰かに見立てて、対峙してるのかな? もしそうなら、一体誰に見立ててるんだろうね……?」


「っ」


 俺の問いに、天の邪鬼は答えなかった。


 ただ代わりに、跳びはねるように立ち上がり、俺の幹を力強く蹴って、高く、高く駆け上がった。

 その顔は、とても嬉しそうに、キラキラと輝いている。


「開けっ!」


 天の邪鬼が弾むような声でそう言うと同時に、レイスとゼロスによって改良のなされたゲートが開いた。


 天の邪鬼は、迷う事なくそのゲートに飛び込み、そして消えて行った。



 俺は、再びゼロスとレイスと魔王の見守る映像に、目を向けた。

 みんな真剣にその様子を見つめているが、中でもラムガルは、伸芳の一挙一動を真剣な、それはもう鬼気迫る勢いで見つめている。

 約束の時は、あと三年後だ。

 きっと、レイスの前で負けたくないんだろうね。



 俺は、くすりと小さく笑うと、遠い世界で頑張る二人に、そっとエールを送った。





誤字報告に評価有難う御座います!

また、頑張る力が湧いてまいりました(。>﹏<。)

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