神は、召喚獣を創り賜うた
払う、斬る、突く。
何をやろうが、天の邪鬼は、わしの刃を尽く避け、また弾いた。
「真面目にやれ。それが本気か?」
紅い羽織を風になびかせながら、天の邪鬼が言う。
その顔からはもう、あの腹の立つ笑みは消えていた。代わりに浮かぶのは、わしのあまりの弱さに、白けたような無表情。
わしは手を翳し、二度と使うまいと決めていた秘術を放った。
「っ風穴!!」
その吸引のエネルギーに、雲や大気は薄くなり、わしの体すら持っていかれそうになる。
わしが歯を食いしばって耐えておると、不意にすぐ後ろの耳元で、低い声が響いた。
「もっと狙えよ。どこ見てんだ?」
「ーーー……っ!」
わしの全身に、鳥肌が立った。
そして、天の邪鬼の長い爪のついた手が、わしの首を豆腐でも掴むように、呆気なく千切り取る……、幻視を見た。
「っはあっ、はあっ、はあっ!!」
荒い息をつきながら、わしは命からがらその場を飛び退いた。
ぜーぜーと、息をつき、震えながら剣を構えるわしを、天の邪鬼は白けた目でじっと見ていた。
そして言う。
「面白い。……本当に、面白い。あの極楽で、適当にやってきた俺が笑えてくるわ。ーーー……もういい。これでもくらえ」
天の邪鬼はそう言うと、感情の消えた目をしたまま、高らかに手を掲げた。
「我との盟約に従い、今ひととき、この世にその姿を現すが良い」
天の邪鬼が掲げた手の、遥か先の空がうずまき始める。
わしはそれを見て、驚愕した。
ーーー巨大な、風穴?
空に開いた、巨大な黒い穴。
だが、そこには何一つ吸い込まれる気配はない。
「いでよ、レヴィアタン」
ーーークオォオォォォォーーーーーーー!!!
遠くで、鯨の鳴くような声がしたかと思うと、空に空いた巨大な穴から、その瞳だけで、巨大な鯨ほどはあろうかと言う、龍が現れた。
「な……」
驚きのあまり、わしの声は上ずり、言葉一つ出てこない。
天の邪鬼が、静かに言った。
「渦巻け、海流。“大海嘯”」
ーーーそして、わしは見たのだった。
60間(約100㍍)は越えようかという、誰ひとり逃れようの無い水の壁、“津波”が迫ってきているのを。
◆
「WOW……」
俺はその光景に、思わず驚愕の声を上げた。
ゼロスとラムガルは、その光景に目を大きく開き、言葉もなく見つめている。
レイスがポツリという。
「レヴィアタン達が、こっちの世界に行ってみたいとさわぎだして、しょうがないから、抽選した。そして、選ばれた若いレヴィアタンが一匹通れる程度のゲートを開ける魔石を、天の邪鬼に渡した」
ゼロスがレイスを見る。
「……レイス、あのさ、レヴィアタン暴れてるよ? 今僕、ここから沈んだ人間たち保護したから、誰も死んではいないんだけどさ。めちゃくちゃ暴れてるよ? いいの? あれでいいの?」
「ちっ」
ゼロスの言葉に、レイスが小さく舌打ちをした。そして小さく言った。
「ウェルジェス、来い」
「はっ、ここに」
途端に、青く透き通った、美しい青龍が現れ、俺に絡み付いてきた。
「レヴィアタンが、調子に乗ってはしゃいでる。身の程をわきまえさせて来い」
「世界樹様の守りの使命は?」
「いい。今はレイス達がいる。暴れて来い」
「賜りました」
ーーーこれが、この世で初めて聖域の外で、人々に神獣が目撃された瞬間であった。
ウェルジェスとレヴィアタンは、怪獣大闘争を繰り広げ、結果ボコボコに打ちのめされたレヴィアタンは、“若気の至りでした”と、泣きながら空に開いたゲートに消えて行った。
レヴィアタンは、自分の一番得意な性質で、完膚無きまでに打ちのめされた。もう、恐らく調子に乗ることはないだろう。
ーーーそして、青ざめた天の邪鬼をその背に載せ、ウェルジェスは再び聖域に戻ってきた。
「……ねえレイス、この世界を気に入って見学に来るくらいならいいんだけどさ、選抜方法に抽選は止めよう」
ゼロスがレイスに提案した。
レイスもそれに頷く。
「うん。選抜は、色んなテストをクリアした、力と性格に問題のない者にする。そして、ゲートを開けるこっちの世界の者にも、テストの場を設ける。2つの世界の間に、試練の空間を創る」
「……いや、それでも、強すぎる力は存在するだけで、世界に影響が出るよ。聖域みたいな隔離された場所なら別だけどさ」
「……じゃあ、在留時間に制限を付ける」
「それなら、まあ。……どのくらいの時間がいいかな?」
2柱の楽しげな会話を聞きながら、俺はその光景に想いを馳せながら呟いた。
「……宇宙からの助っ人か。カッコいいね」
俺の呟きに、2柱の声が被った。
「「3分!」」
ーーーこうして、後に“召喚石”と呼ばれる魔石の試練を乗り越えた者達は、幻獣を召喚出来るようになった。
幻獣は召喚士によく従い、3分だけ、その力を存分に奮った。
但し3分とはいえ、その力は凄まじく、戦況をひっくり返すには十分な威力を誇ったと言う。




