神は動物と聖獣、そして魔獣を創り賜うた 〜また、人は邪神を創った〜
「申し開きも御座いません」
ラムガルが土下座をしている。
つい先日、ラムガルは『ゴブリンが増え過ぎたみたいだ』と言って出掛けて行った。
その時、勇者に鉢合わせたそうだ。
代わりに増えすぎたゴブリンの調整を行ってくれた勇者を、ラムガルは褒めようとした。
だが何か勘違いをされたようで、最終的に勇者がレイスの悪口を口走ってしまうという事態に陥った。
ラムガルはレイスが大好きだから、それがたまらなかったんだろう。
ラムガルは勇者を腹立ち紛れに軽く小突いて、忠告をした。
『レイスの悪口を、絶・対に言うな』と。
だけど勇者は恐怖の余りにパニクって、転送された人里で、片っ端からこう言ったそうだ。
“魔王の崇拝する神を、語ってはならない。名を口にしてもならない。もし口にすればその身は焼かれ、消し炭となるだろう”
うん。
テンパりすぎだよ。テンパリングだね。ショコラティエもびっくりだ。
仕方なく誤解を解こうと、ラムガルはその人里に行った。
ところが人里の人々は、ラムガルの話を聞くどころかただ怯えるばかり。
困り果て、どうしようかと思案していると、人々は泣き震える若い女の子達を差し出して来た。
当然そんなものはいらない。
ラムガルは断った。
すると、今度は勇者を連れてきた。
可哀想に、勇者は前回のラムガルとの対峙の恐怖で、ほぼ廃人と化していた。
すると人々は何を血迷ったか、その場で暴れ喚く勇者を殺し、差し出してきたのだ。
ラムガルは流石に怒った。
レイスに対するほどの崇拝心は無いものの、ラムガルにとって、ゼロスもまた尊ぶべき神。
そのゼロスのお気に入りである、勇者を殺すとは、あってはならぬ神への冒涜だ。
そう考えたラムガルは、再び勇者を小突いた時と同じくらいの力で、目の前の人々を張っ倒してみた。
人の築いた城が吹き飛んた。
その出来事に、一番驚いたのはラムガルだった。
なんせ人々は、驚く暇も無く消し飛んだのだから。
民家は砕け、塵と化し、その人里の四分の三の人々が影すら残さず消えた。
勇者はゼロスに与えられた強力なマナで守られているから、他の人間達よりは少し頑丈だからね。
その加護のない人や建築物なんて、まぁそんなものだろう。
というわけで、図らずも勇者ショコラティエの言った通りになってしまったと言う事だ。
『何故こうなった!?』とラムガルは焦り、やってしまった事も取り敢えずそのまま、ここに帰ってきたのだった。
2柱の神に事の報告と謝罪をして、今回と今後の対処を聞くために。
「ラムガルは悪くない」
まずレイスが口を開いた。
「だって、勇者がレイスの悪口言ったのを諌めようとした。人が悪い。消えた分は今更しょうがないし、自業自得」
次にゼロスが困った顔で言う。
「人も悪かったけど、それは僕の説明不足のせいだよ。人はそんなに賢くないから、余計な混乱をさせない為にレイスの事を人々に伝えてなかったんだ。って言うか、レイスの作ったゴブリンなんて、ラムガルの名前がせいぜいで、レイスの存在すら知らないでしょ」
そう言ってレイスをちらりと見るゼロスに、レイスは黙って口を尖らせる。
「ま、一言って十理解してくれるのは、ハイエルフクラス以上だよ。人やゴブリンなんて、十言ってニを理解できれば儲けものだと思っておかないと」
土下座中のラムガルが、更に肩を落とす。
「ラムガルは、言ったことは理解してくれるよね。わかってる。だけど口下手だし、何より力加減が下手すぎる。今後、ラムガルは人間相手に魔法使うの禁止だよ」
「は! 賜りました」
「……。もう頭上げていいよ、ラムガル。今回はいろいろタイミングが悪かったんだ。あ、ほら見て。勇者の魂が帰って来てるよ」
ゼロスがそういった視線の先には、美しく輝く透明の宝石が光を纏い浮かんでいた。
俺には魂の発する言葉は分からないけど『ただいま』とでも言っているようだった。
「人の肉体は、処理できる情報量のキャパシティが低い。だから肉を与えて、地上に送り出すたびに、前回の記憶がリセットされる。だけど魂になったら、またほら僕達の事を思い出す」
そう言って、ゼロスは勇者の魂を摘み上げると、耳の側に当てた。
そういえば前に、特に気にせず勇者の記憶を引き継ぎさせていたら、73代目で勇者が発狂しだしたのだ。
それでその後からは、勇者に魂を込める際、記憶を抜いてゼロから始めさせるようにしている。
まぁ、ゼロスの創った者だから、消えていく愛しい者達への悲しみに耐えられなかったんだろう。
ゼロスの創ったものは、本当に心配になるほど優しさに溢れているのだ。
ゼロスはまた勇者の魂に語り掛けている。
「―――そうだね。君も悪かったんだよ。ちゃんと話を聞かないから。人も怖かったんだ。怨まないで許しておあげ。……うん、分かった。ねぇラムガル、勇者が謝ってるよ。『楯突いて悪かった』って。レイスにも『記憶が無かったとはいえ、許されがたい暴言を吐いてごめんなさい』だって」
「う、うむ。余の事はよいのだ」
「いい。レイス、ちっとも気にしてない」
勇者の魂の通訳をするゼロスに、レイスとラムガルは『いいよ』と、頷いた。
後腐れなく仲直りができる、とてもいい子達だ。
ゼロスは微笑み、顔を上げた。
「じゃあ、僕は、今回の誤解を解きに、ちょっと人の所に行ってこようかな」
「駄目」
「え?」
立ち上がろうとしたゼロスを、レイスが引き止めた。
「今、創造の最中。アインスから前に聞いた、もふもふを創ってる最中。人なんてすぐ死ぬし、ほっといたらすぐ忘れる。それより今はもふもふ!」
レイスはそう言って、ゼロスに動物を創るようせがんだ。
「いいの? ……ま、いいか。よし創ろう!」
小鳥、犬、猫、鹿、うさぎ、馬、虎、熊、猪……。
ゼロスの手から、まるで魔法のようにもふもふの動物達が創り出されてくる。
「牛は茶色より赤の方がいいと思う。後、狼かっこいいと思う。角をつけて、黒いの創って」
「嫌だよ。僕はいいとは思わないし、アインスに聞いたもふもふを創ろうって、話しだったじゃないか」
「うん。たけど、レイス、黒くて角の付いた狼創りたい。……ラムガル、肉をあげるから創って?」
「御意!」
上目遣いのレイスのお願いに、ラムガルはゼロスの意見をゴミ箱に捨てて即答した。
「あー! ズルい! じゃあ僕も好きな物を創るよ! もっと肉を頂戴! 馬に羽をはやしたやつとか、金の角の白い鹿とか創るんだから!」
「いいよ」
―――こうして人と同様に、マナをほとんど持た無い【動物達】と、レイスとラムガルによる共同作である【魔物】そしてゼロスのオリジナルデザインの【聖獣】が創られた。
そしてニ柱の神は、心ゆくまでもふもふしたのだった。
だが一方でまさにこの時、ラムガルの叱咤から生き延びた人々が【魔王ラムガル】と【邪神】の恐ろしさを、全人類に取り返しがつかないレベルで伝言ゲームをしている事を、ニ柱は知らなかったのだった。




