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神は、魔王を恐怖させ賜うた

 わしは、ゼロス神の申された通り、赤子となり、不思議な籠で海を渡った。そして、この世界の人間に匿われることとなったのだ。

 しかし参ったのは、赤子とはなんとも不便なもので、やたらと眠くなる。歯がない上、頬の筋肉が弱く、上手く喋ることすらままならんし、臓腑が小さいせいか、大して食えもせんわりに、すぐに腹が減り、直ぐ催した。

 しかし、わしを拾うてくれた者達は、そんなわしに笑顔でもって世話をしてくれた。


 いつしか、わしはこの者たちを、本当の父と母のように錯覚を始めた。いや、この世界に最早わしの家族はおらぬのだから、この者達こそ、わしの新たな父と母で間違いは無いのだろ。


「ノブマサ。それが、お前の身を包む布に縫い付けられていた名前だよ」


「ノブマサ、貴方は私達の家族よ。私がママよ」


「ノブマサ!じゃあ俺がパパだな!」


 この若い夫婦を見ていると、妙にくすぐったい様な、温かい心持ちになる。

 駆け続けた戦乱の中で落としてきた、“慈愛”と言うものなのかもしれん。


 わしは、呂律が回らぬ拙い口で、一生懸命に、この想いと感謝の気持ちをふたりに伝えた。


「あゆがちょうもーしゅあえましゅ。てぃてぃうえ、ははうえ」


「「……。」」


 二人はわしの言葉に目を見合わせた。


「……き、聞き間違えか?」


「……聞き間違え……、偶然よね……?」


 そしてわしはまた、眠気に襲われ、眠りに就いた。



 ◇



 わしは、けたたましい悲鳴により、無理矢理眠りから掬い上げられた。


「ノブっ!! いやぁーーーー!!! かえっ、返してぇ!! 私達の赤ちゃんっ!!」


 母上の悲痛な悲鳴が聞こえる。ふと目を上げると、桃色と言う、あり得ない色の頭髪をした若い男が、わしを抱えあげていた。


「!!?」


 その男の姿を目にした瞬間、わしの体は凍りついた。何故ならその男の頭には、紛うことなき“鬼の角”が生えていたのだから。


「かっかっか! 誠にもって、人は恐ろしいものよのう! その悲痛な声を聞いていると、身の毛がよだつわ!」


 鬼はそう至極可笑しそうに言いながら、地に臥す母上に向かって、妖術を放った。


 ーーーやめろ!


 もがけど幼いこの体では、この鬼を止めることは叶わない。

 その妖術は凄まじく、大地はまるで火石でも打ち込まれたかのように弾け、母上は枯れ枝の如く吹き飛んだ。


「うぅ、ノ、……ノブ、マサ……」


 吹き飛ばされ、ドロにまみれてなお、這いずりながらわしの名を呼ぶ母上。

 わしは、泣き叫ぶ事しかできない。


「チッ、これが神の加護って奴か。面白えな。まぁいい。俺様の目的はあくまでお前だ、伸芳」


 鬼が、わしに目線を落とし、にぃーっと、残酷な笑みを浮かべた。

 この赤子の体に、迷い無く話し掛けてくるところ、わしが何者なのか、この鬼は知っているのだろう。


「俺様は天の邪鬼という鬼だ。さて、どうしてくれよう? 魔王様はお前に絶望を与えよと、俺様に言った。四肢をじわりじわりと舐め食す、餓鬼共の餌にでもしてくれようか?」


 マオウ……? そうか、この鬼は、ゼロス神が申していた、マオウの手先か!


「そういや、確か人間と言うやつは、他の人間を痛めつけると苦しむと聞いたことがある。一人ずつ、吊し上げてみるか?」


 鬼はそう言い、わしを拾い上げてくれた、この村の皆に目をやった。


 わしは、目を見開き、鬼を睨んだ。




 ◆




「おおーーー……」


 ゼロスとラムガルは、イビルアイの映し出した映像に、釘付けになっていた。


 天の邪鬼は、ラムガルの指示通り、伸芳を誘拐し、山の洞窟の中で、人間達への拷問方法を、伸芳に語って聞かせた。

 そしてその話の間、伸芳はハムスター……じゃ無くて、小鬼たちにペロペロと体を舐められていた。

 レイスなら喜びそうなその責め苦に、伸芳は耐えられずにキレ、“風穴”を発動したのだった。

 可哀想に小鬼たちは、伸芳の作り出した暗い穴に吸い込まれ、宇宙の彼方に消えて行った。

 天の邪鬼は、命からがらその場を離れ、その後に、果敢にも鬼のアジトへ乗り込んできた村人達の手によって、伸芳は無事保護された。


 それを見届けたラムガルが、ゼロスに言う。


「……ゼロス様、あの力は少々、チートすぎはしませんか? 力を与えたとはいえ、天の邪鬼程度が敵う物ではありません」


「まあ、元々レイスの力を吸い込むつもりで、創った物だからね。もし使いこなせるようになったら、ラムガルでも敵わないんじゃないかな?」 


「なんと……」


 言葉を詰まらせるラムガル。

 ゼロスは慌てて言葉繋げた。 


「だっ、だけど、ほら! あの力に、伸芳自身も相当驚いてるよ。あ、今の聞いた? “この力は破滅の力、そう易々と使って良いものではない”、だって! 多分そんなに使うつもり無いんだよ。それに、ラムガルは、帳の外でも平気だし、死なないし……ね? 大丈夫、大丈夫……」


 呆然とするラムガルを、慰めるように、優しく言うゼロス。

 だけどラムガルは、18年後の決戦を前に、固唾を飲まずには居られなかったようだ。



 やがて、伸芳は、立ち上がれるようになった1歳の頃から、刀術と魔法を習得し始めた。

 3歳になる頃には、体力はともかく、技術は大人達と引けを取らないところまで己を磨き上げた。

 天の邪鬼は、あの手この手と手を変えては、伸芳にちょっかいを掛けるのだが、それすらも、伸芳を成長させる糧となった。

 また、伸芳が8歳の頃に、島を訪れたドワーフと出逢い、伸芳は、この世界に初めて、“刀”を作り出した。

 ドワーフは、この不思議な少年の熱意に当てられ、後にこの地に根付く“刀鍛冶師”として、留まった。


 そして、伸芳が13歳になる頃、小さな島の端にあった小さな村は、各所に天然温泉が湧き、畳のい草がふわりと香る、“エキゾチックアイランド”へと生まれ変わっていた。

 そしてちょうどその頃、とうとう天の邪鬼は、伸芳の恋人を攫った罪により、風穴に吸い込まれてしまったのだった。



 ◆



「……天の邪鬼……」


 ゼロスが切なげに、つい今しがた散った、鬼の名を呟いた。

 ラムガルは、画面を見つめたまま、低い声で言う。


「……いえ、天の邪鬼の奴は良くやった。あの力の前に13年。よく……良く耐えたと、余は心から讃えてやりたい」


 ラムガルは、震えながら拳を固く握り、天の邪鬼に黙祷を捧げた。




 ーーーその時だった。




 突然、空が割れた。


「ただいま。……ゼロス、ラムガル、何をしている?」


 レイスだった。


 そして、そのレイスの腕には、かつて風穴に吸い込まれたハムスター達と、天の邪鬼が抱えられていた。


 ゼロスとラムガルが同時に叫ぶ。


「「レイス(様)!!」」


 俺は、大切そうに抱えられるハムスター達と、驚愕に目を見開きながら、レイスに襟首を掴まれ、だらんとぶら下がる天の邪鬼を見て、只々、ホッとした。


 そして俺は、レイスと、ハムスター達と、天の邪鬼に言ったんだ。





「おかえり、皆」






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