神は、魔王と取引をし賜うた
こうして、戦乱の時代を生きた伸芳は、小さな島に送られ、様々な伝説を残す事となる。
そして、今後、ゼロスやレイスによって記憶を入れられた特別な力を持つ人間や魔物、聖獣達は“転移者”と呼ばれるようになっていった。
彼らはそれぞれに、多くの伝説を残して行くわけだけど、それはまた、いつか話そう。
ともあれ、赤子となった伸芳を、小さな島に送り届けて直ぐ、ゼロスは帳の向こうから、慌ててラムガルを呼び寄せ言った。
「ラムガルっ! 頼みがあるんだ!」
……ゼロス、必死だね。
かつてレイスに頼み事をした時、もしそれ程の熱心さがあれば、キメラはあそこまで強大な力を持つことはなかっただろう。
先程まで、レイスと宇宙怪獣の続きを真面目に創っていたラムガルは、ゼロスにも真面目に答えた。
「いかがされましたか? 何なりとお申し付けくだされ」
「18年後に、攻め滅ぼしてほしい土地があるんだ!」
「!? なんと!?」
ゼロスにしては珍しく、説明がかなり突飛だ。
焦っているんだね。ゼロス、頑張って!
ゼロスは深く息を吐いて、もう一度ラムガルに言った。
「いや、実際本当に攻め滅ぼしてほしい訳じゃない。ええと、実はね、とある実験をしてたんだ。そしたら、作り込みをし過ぎて、こうでも言わないと、切腹をされそうになってしまって……」
そうして、ゼロスは事のあらましをラムガルに説明をした。
事情を聞き終えたラムガルは、大きく頷いた。
「賜りました。では、余が18年の後に、島を襲えば良いということですな」
快く引き受けると言ったラムガルに、当のゼロスが目を見開いた。
「……え、いいの? だって、勘違いとか、しょうがないものでもなく、本当に、悪役だよ?」
何度も聞き返すゼロスに、ラムガルは、笑った。
「ゼロス神様は、何時もレイス様を思って下さっておられる。この件とて、レイス様の願いを叶えようと思っての事。ならば余が協力せぬ訳に行かぬのでございまする」
ラムガルの言葉に、ゼロスは呆れたように笑った。
「ラムガルは本当にレイスが好きだね。……僕なんて、たまに勇者に剣を向けられたりもするから、羨ましいよ。そうだね。じゃあ、心苦しいけど、宜しく頼むよ、ラムガル」
……ゼロス、勇者に記憶があれば、きっと間違っても剣を向けるなんてことはしない筈だから、そんなに自分を卑下しないで。
「それでは早速、配下のイビルアイを遣わせ、状況を監視しましょう。……しかし、小さな島とはいえ、数百人程の人間がおりますな。それに全く危害を加えないようにとは、なかなかそこが難所ですな」
「あ、それなら、大丈夫。伸芳以外の島民や獣達全て、特別な加護を付けて、魔物からの攻撃はほぼ……99%効かない様にしておいたから。更に、島に結界を張り巡らせて、中で起こった衝撃は、外に行かないようにした」
ラムガルの懸念に、ゼロスはすぐに答えた。
既に手を回しているとは、なかなか準備が良い。
「ほう、ならば余が本気を出しても、問題ないと」
「あ、でも伸芳にはかけてないから程々にしてね」
「わかっておりますとも。では、幼少の頃は、比較的ランクの低い魔物を充てさせましょう。して、18年後には、余と渡り合える程となる様、調整をしてゆきます」
「そうだね。そのへんの調整は任せるよ」
ゼロスは嬉しそうに言い、じっとラムガルを見た。
「? どうかなされましたか?」
「うん、ありがとうラムガル。レイスの身体の目処が立ったら、ラムガルにも創ってあげるよ」
「いえ、神に感謝を捧げるのは、我らの立場。しかし、余にも……とは、一体?」
「勇者の身体だよ。今の人間達から産み出される身体じゃなく、記憶やその力、全てに耐えられるし、帳の外側にだって行ける、魂に見合う専用の体を創ってあげる。……ラムガルって、勇者と仲良いでしょ? 」
ゼロスの言葉に、ラムガルは慌てふためきながら答えた。
「なっ、な……よっ、予はそこまでっ……」
ゼロスは微笑んだまま、ラムガルの答えを待つ。
「……っしかし、ゼロス神様のご厚意ゆえ、ありがたく賜りたく申し上げます」
「うん!」
ラムガルは、ブツブツと言い訳をしながらも結局、ゼロスの申出を受けた。
実際、内心ラムガルは、きっと喜んでいるとは思うよ。
ラムガルは、本来の勇者と仲がいいのは勿論の事、記憶を失ってる勇者の事も、何時だって正しく歩めるよう、身を呈して見守っているくらいなんだから。
それからゼロスとラムガルは、並んでイビルアイの映し出す映像をながめ始めた。
伸芳は、無事島民に拾われ、優しい家族が出来たようだ。
「……うん。今のところ大丈夫そうだ。ちょっと島の人間達が、伸芳の感覚に戸惑ってるけど、概ね問題ない」
「では、そろそろ魔物を出しましょうか」
「そうだね」
「え!?」
俺は思わず驚き、声をあげた。
「ゼロス、ラムガル。伸芳はまだ赤子だよ?」
俺の言葉に、ゼロスとラムガルは、顔を同時に見合わせた。
「え、……だって、ヘラクレスとか赤ちゃんの時に、毒蛇絞め殺してるって言うし……」
「うむ。英雄たる者、いっときすら気を緩めず、運命に立ち向かわねばならぬのです」
「……そう、……だね」
流石だ。神の試練は、獅子もびっくりのスパルタぶりだ。
「うむ。では、いでよ。天の邪鬼」
ラムガルがそう言うと、ラムガルとゼロスの前に、掌ほどのまるまるとした、ハムスターに角が生えた様な小鬼が現れた。
天の邪鬼が、じとりとラムガルとゼロスの睨みながら言う。
「何でございましょう? ラムガル様。面倒くさいんですが」
このハム……いや、小鬼はかなりふてぶてしい。うん、天の邪鬼だ。
だけどそのふてぶてしさも、愛くるしいその姿のせいで、ほほえましさしか沸いてこない。
「天の邪鬼よ、お前に力を与える。東の孤島にいる“伸芳”という子供をさらえ。そして己の弱さをとことん叩き込むのだ。仲間の小鬼共は、お前の好きに使え」
「ガキを? そんな難儀な事、ヤなコッタ」
天の邪鬼は、ラムガルの指示をそっぽを向いて断ったが、ラムガルは気にせず、天の邪鬼に手をかざした。
その手にマナが集まり、天の邪鬼に注がれていく。
やがてそのマナの本流が止まったとき、ハムスターの様な小鬼は消え、代わりに桃色の髪をした、男が立っていた。
その男、体格こそ大きくは無いものの、よく引き締まった身体には、隆々とした筋肉がついている。
腰の辺りで帯で留められた動きやすそうなパンツに、草履。腹を晒しで巻いて、その上から、長い赤い羽織を羽織っていた。
口元にはニヤリと軽薄な笑みを浮かべ、腰には“酒”と書かれた瓢箪がぶら下がっている。……ちょっと酒呑童子と混ざって無いかな? いや、良いんだけどね。
そして天の邪鬼の頭から生える二本の角の内側、一本は折れていた。
あれは確か、事情を知らないルドルフと初めて対面した時、その物言いに、どつかれて折れたんだったか。……可哀想に。
「かぁーっ、冗談じゃねえぜ。なんだこの貧弱な身体はよ。全く以て気に入らねえ。相変わらず、最悪だな、ラムガル様よ」
天の邪鬼はそう言うと、はっはっと嘲笑った。
ラムガルは、そんな天の邪鬼を気にする素振りもなく言う。
「気に入ったようで何よりだ。いいか、伸芳を殺す事はならん。あくまで生かして、思い知らせるのだぞ」
「嫌だね。楽勝だが、期待はすんなよ」
「では行くが良い!」
「ケッ!」
天の邪鬼は、つまらなそうに吐き捨てると、その身を空に溶かした。
ー
天の邪鬼が去ってから、ゼロスが心配げに、ラムガルに尋ねる。
「……大丈夫なの?」
ラムガルは笑いながら、ゼロスに答えた。
「やつはアマノジャクですからな。思ったことと逆の事を言うのです。それが期待するなと申しておるのですから、我等は見ておきましょう」
「ラムガルは、魔物たちの事を良く理解しているんだね。……分かった。僕等は見ておこう」
ゼロスはそう言うと、再びイビルアイの映し出す画面を見つめた。




