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神は、トラベラー〈異世界人〉を召喚し賜うた②

 ◆


 目覚めたとき、わしは白い空間にいた。

 右も左も下もすべて白い。ただ、高い空だけは、輝く緑色をしておった。


 ーーーここは何処じゃろう?


 わしは起き上がり、ぼんやりと己の手を見る。そして身体を見下ろし、着物を着ておらんことに気付いた。


「なんじゃ? わしの着物はーーー…… 」


 そうだ。

 わしは着物を着ておった。重い鎧をまとい、山を駆けていたのだ。あの幼子と共に!


「若っ!!」


「ここには、江之助は居ないよ」


「!!?」


 突然掛かった声に、わしは身構えそちらを見た。

 そこに居たのは、白い布を身体に巻き付けた、面妖な格好をした黒髪の若者。……しかし、これは何と表現すれば良いのか、……この世のものとは思えぬ程に麗しい…。


 わしが思わず、その天人のような姿に見惚れていると、若者は笑顔で、わしに声を掛けてきた。


「こんにちは、伸芳。突然の事で驚いてるね。僕はこの世界の神、ゼロスと言う」


 この世界? ここは筑前では無いのか?

 わしは事が読めず、目の前の神と名乗った若者に問うた。


「神? ではここは高天原(タカアマハラ)と言う事か? 信じ難いが、確かにここは筑前では無いし、ゼロス殿からは唯ならぬ何かを感じる。……ゼロス殿が、まことに神と言うならば、どうか頼む。わしをあの筑前の山中に帰しては貰えぬか? わしは、若を……江之助様をお守りせねばならんのだ」


 わしは目の前のゼロス殿に、膝をついた。しかしゼロス殿は眉をひそめ、憂いを浮かべた面で首を振った。


「残念だけど伸芳は、毒蛇に噛まれ、その生を終わらせた。もうかつての世界に行くことも、江之助に会うことも二度と叶わない」



 ーーーそんな……。



 わしはその言葉に絶望し、目の前が暗くなった。


「伸芳は、まだ若い。まだやり残した事だってある筈だ。この世界でもう一度、やり直してみないかな?」


 ゼロス殿は、わしの肩に手を置きながら、優しくそう言った。


 しかし、



「ーーー無い」


「え?」


「無いわ! 江之助様をお守りし、いずれ我が主君とする事だけが、我が唯一の願いにして道であった! ここには江之助様はおらん。守るべき主無くして、何が侍か!? しかも、たかが小さな蛇ごときに負けた、愚鈍なわしにこれ以上生き恥を晒せだと? もはや鬼畜にも劣る無情さよ。……なぜ、わしをせめてあのまま死なしてはくれなかったのか……」


 わしは、この身体が砕ければとすら願いながら、白き大地を思い糞に拳を叩きつけた。

 噛み締めた唇から、叩きつけて裂けた拳から、血が滴る。

 ゼロス殿は、そんなわしを憐れみ、見下ろしながら言った。


「あー……、えっと……。実はーー……、実は、そう。伸芳に助けてほしいんだ! それで、無理矢理申し訳無くも、こちらに引き寄せてしまったんだよ」


 ゼロス殿は、その麗しい面に憂いを湛えながらわしに言った。


「こ、この世界には、魔王と言う、とても強い力を持った人類の敵が居る」


「マオウ?」


「そう、そしてこの世界には、魔王を倒す勇者と言う存在が居る」


「……ならば、ユウシャにマオウを成敗させれば良いのでは? わしに頼みなど……」


「そうなんだけどっ、今この世界の勇者と魔王は、戦えない事になっているんだ。だけど……えっと、その、小さな島がね、魔王の手に落ちそうになってるんだ……。 そこを守って欲しい!」


 ……小さな島。

 わしの生まれた地も、小さな島であった。

 先祖の植えた、松の巨木が並び立つ浜辺の地。小さけれど、そこに住まう人々は皆、慎ましくも逞しく生きておった……。


 ーーーそこに、マオウと言う名の鬼が出たと言うのか。


 わしは面を上げ、ゼロス殿に言った。


「……なる程。愚鈍なわしに果たせるかは分からぬが、今一度、この命を掛けてみよう。相分かった。その役目、このわしが賜わろう」


 わしの言葉に、ゼロス殿は微笑んだ。

 そして言う。


「良かった。とても辛い役を引き受けてくれてありがとう。この世界に慣れてもらう為に、その身体は一度幼い赤子へと変える。そして、魔王に狙われている島で成長し、いずれ来る大災害を止めて欲しい」


「赤子に? 一体何故?」


「だっ、大災害が来るのは直ぐじゃないんだ。そうだな……18年後くらい? それまでに、この世界の事と、この世界にある力の使い方を学ぶと良い。記憶はそのままだから、体を鍛えて刀術をもう一度極め直してもいいね」


 ゼロス殿はそう言うとわしに近づき、鎖骨の間を細い指で突いた。


「ーーーそれともうひとつ、この身体には特別な力を与えた」


「特別な力?」


「そう、その力の名は“風穴”。お前の意思で、その質量やエネルギーに関係なく、全てを吸い込み彼方へと消す力だ。使い方によってはとても恐ろしい結果を招く事もあるが、僕は伸芳を信じている。上手く使うといい」


 わしは己の拳を固く握りしめ、言った。




「相分かった。だが、わしは、己の信じる武士道を貫くまで」




 ゼロス殿は、嬉しそうに笑うと、わしを幼い赤子の身へと、転身させた。




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