神は、トラベラー〈異世界人〉を召喚し賜うた①
章分けしてみました。この話から4章となります。
ゼロスが大活躍(?)の章になりそうな予感がしてます。
「うー……ん」
ゼロスが捏ね上がった肉の前で、腕を組み唸っている。
俺はゼロスに声をかけた。
「相変わらず素晴らしい出来だね、ゼロス。」
「いや、駄目だ。失敗だよ」
ゼロスはそう言うと、ため息をついた。
ゼロスの前には、黒髪が美しい、引き締まった身体をした人間の男が横たわっている。
魂が入っていないので、ただの肉塊ではあるが、その内に秘めたパワーは、ゼロスが初めて人間を創造した、アトムと同じくらいだろう。
「俺はとても素晴らしいと思うよ。一体何がいけないか、皆目見当がつかないよ」
「ーーー……これはね、レイスを入れる身体の試作だなんだよ。そもそもレイスって、僕と違って無限に力が湧いてくるでしょ? それを閉じ込められる器って……。いろいろ考えてはみてるけど、……まあ、無理だよね」
全知全能にして、万能の神が弱音を吐いた。
確かに、レイスはこの世界の全てを、その身から創り出した。それこそ、このゼロスの身すら創り出したのだから。
それを人間レベルまでその力を落とし、閉じ込めるとなると、それは難しいだろう。
そう、例えるなら、全開の蛇口の水を小さな器で受け止め、溢れさせないようする様なもの。コップでは無理だし、風船だって、直ぐに割れてしまうだろう。
ゼロスは若干投げやり気味に、暗い笑みを浮かべる。
「ふふ……無理なんだよ。レイスの力の奔流を例えるなら、土石流でも生易しい。メテオだよ。メテオをどうコップで受け止められるっていうのさ……」
どうやらゼロスも俺と同じ事を考えていたらしい。……そうか、蛇口どころじゃ無かったね。
俺はゼロスの気が紛れるように、話題を変えた。
「ねえ、ゼロス。試作を作ったという事は、何かひとつでも閃いたという事だよね? 一体今回はどういった試作だったんだい?」
「ああ、うん。ゲートを体内に埋め込んで、溢れ出るマナを帳の外に逃がせないかと思って。……だけど駄目だ。大人の男のサイズでも、レイスの力を逃がせるほどのゲートは埋め込めない……それこそ巨人サイズなら、何とかなるかもしれないけどさ。そんなことしたら、本末転倒だ。 出来ないよ……」
ゼロスはそう言って肩をすくめた。
どうやら、優しい巨人の物語は、この世界には生まれないらしい。
険しいを通り越して、とても悲しげに試作の人間の身体を見つめるゼロス。
俺はその悲しげな表情に、幹が締め付けられる思いに駆られた。
「ああ、ゼロス。ゼロスは本当に凄いよ。俺にはそんなアイデアすら、とても思いつかなかった。そう。ゼロスが無力なんじゃなくて、レイスの力が、ちょっとアレなだけだよ」
“レイスの力が凄すぎる”、なんて言う言葉は、当然俺は飲み込み、濁した。
そんなことを言ったら、今のゼロスは更に傷つくだろうし、レイスの力について、俺はただの“個性”だと思っている。
だから、ゼロスとレイスには、単純に力比べなんてして欲しくないんだ。ゼロスにはゼロスの魅力があるんだから。
俺はゼロスに言った。
「実のところ、俺は力を押し込め、身体を創る事なんて、二の次じゃないかな?と、思う。なぜなら、レイスが学びたいのはその心。人としての心を学ばなければならないと、レイスは言ったんだ。だったら、それに必要なのは、本来身体では無いはずだ」
「心……。そう、そうだね! 最悪身体は完成しなくたって、人間達のように、相手を思いやる事をわかってもらえれば、それで良いんだから!」
俺の言葉に、ゼロスは目を輝かせた。
「じゃあ、せっかく身体はここにあるし、これを検証に使ってみよう」
俺は、再び太陽のように、明るく笑うゼロスを見てホッとした。
「一体どんな実験をするんだい?」
「この体に、事前に“記憶”を入れた場合、ちゃんと不具合なく生きる事ができるかどうか、だよ」
「なる程。レイスが記憶を持ったまま、人間達と過ごせるか、と言うことだね」
「そう。……どんな記憶にしようかな?」
ゼロスが黒髪の男を見ながら、そう呟いた時だった。
「侍が良いでござる!」
見ればゼロスの背後に、ラタトスクが跪いていた。
ゼロスは振り返り、ラタトスクをじっと見つめ、声をかけた。
「……変わった栗鼠だね?」
そう言えば、ゼロスにはまだ紹介していなかった。
俺はゼロスにはラタトスクを紹介する。
「この子はラタトスクと言うんだ。俺に実った木の実をあげたら、こうして忍者になってしまったんだ。俺に仕えてくれてね、ラタトスクのお陰で、俺はお殿様にでもなった様な気分なんだよ」
「……木の実を食べたら、忍者になるの!?」
「いや、そう言うわけではないよ」
「そうなの。ああ、驚いた。それで、アインスに木の実? いいなあ、僕も食べてみたい」
「いいよ」
俺は二つ返事で黄金のリンゴをゼロスにあげた。……ごめんね、ルシファー。
だけど流石にゼロスは、俺の木の実くらいじゃ、全く変化は見られない。まあ、当たり前といえば当たり前だね。
「甘い! これは美味しいよ、アインス!」
「それは良かった」
俺は嬉しくなって、枝を揺らした。
葉音の響く中、跪いたままのラタトスクが再び言う。
「して、侍の件は」
「いいよ」
ゼロスはリンゴを頬張りながら、二つ返事でその記憶を、“侍”に決めた。
◆
ゼロスがその身体の額に触れながら、脳に記憶を刻み込んでゆく。
ーーーお前の生まれは、長州薩摩藩の片田舎だ。
父円堂陶謙と、母、円堂静恵に、伸芳の名を与えられた。
伸芳は、いずれ父を超える為、幼少の頃より剣技を磨き、やがてその腕を認められ、誠に仕えるべき、運命の主と出会う。
しかし世は戦乱。
戦い、戦い、戦い続けれども、一人の手で全てを守ることなどできる筈もなく、伸芳は國を焼かれ、落ち延びる事となる。
命を預けたはずの主は切腹し、唯一残された主の血を継ぐ幼子の手を引き、逃げ延びた山中を彷徨う。
そして、夜もふけようという頃、小さな洞を見つけた。
幼子は疲れのせいか、わしの背に担ぐやいなや眠ってしまった。背から幼子を降ろし、横たえさせると、青ざめた幼子の顔が、月明かりに浮かんだ。
ーーー恐ろしかったろうに、泣き言1つ漏らさなかった。
わしは己の無力を嘆きつつも、いつかこの泥にまみれた幼子を、一国の主として立てようと心に誓った。
!?
だがそのとき、不意に太腿に鋭い痛みが走った。
ーーー見れば、毒蛇がその太腿に喰らいついていた。
目の前の、天と地が入れ替わる。ぼやける視界にわしは驚愕した。
ーーーあり得ない。何かの間違いだ。
討ち死にでも、切腹でもない。晒し首ですらない。
ーーー終われる筈がない。あの子を、殿と呼べるまで、わしは死ねんのだ……。
ゼロスはその額から手を離し、次に魂のマナを集め始めた。
そして直ぐに、その手の上には、炎のように赤く輝く魂が出来上がった。
ゼロスは迷いなく、それをその胸に落とす。
赤い輝きは、引き寄せられる様にその胸に溶け、一拍後、伸芳が、ゆっくりと目を開いた。




