番外編 〜ルシファーの花嫁 悪役令嬢と、悪魔のプリンス18〜
『っルッドルフ様ぁあああああああああああああああああーーー』
その影は目でも追うのもやっとの勢いで、ルドルフ様に突っ込んでいった。
そして私は思わず驚きに目を見開いた。
「っジュリさん!?」
『私達もおりましてよ? リーナ』
『やっほー! リッちゃん! あれ? なんか若返った?』
振り向いた先に見たものに、私は思わず目頭が熱くなった。
「マリーネット様! それに、ローザにリュシカ! メイちゃんも!!」
その目に映ったのは、もう、永遠の別れを済ましたはずの面々。
ルドルフ様をひたすら追い続け、見事にゴールインしたジュリさんに、かつて私をいじめた領主の娘、マリーネット様。
そして、ガルシアさんに自称1番弟子としての付き従った女剣士のローザ、料理修行の旅の途中、ガルシアさんと意気投合してたリュシカ。そして、私の親友で彫刻家のメイちゃんコト、メイジ。
そこで私は、ふと1つの疑問をルシファーに投げかけた。
「ルシファーって、いつか言ってなかった? “私の魂を復活させられるのは、50年に一度だけ”って。……みんなにあえて嬉しいよ? だけど、こんなにボンボン復活させちゃっていいの?」
私の言葉に、ルシファーとルドルフ様が同時に顔を見合わせた。
「あー……いや、元々は、魂は全て、オレの采配で復活させて良いことになってたんだ。但し、“生前の体部が残っている場合”、だった。50年に一度という条件で、“体部無し”での再生方法を、神から賜ったんだ。多分、神様的にはオレに仕事をサボらず、頑張るようにって、ハッパかけるつもりだけの、大した意味のない条件だったんだろうと思う。……実際、始め1000年って言われたの条件が、50年になったしな……95%OFFってもうむしろ、不用品処分的なやつだろ……?」
ルシファーの話の語尾が、若干暗くなった気がした。
「ここに再生した5人は、魂を拾い上げるに、十分の輝きを放った。オレは、神からの言葉を裏切ってはいない。ただ、身内をどうこうするってのは、何か反則のような気がしててな……」
「……じゃあ、私だけが、50年の約束に縛られてるってこと?」
「いや、多分神に交渉すれば、そんな条件、直ぐ撤回してくれると思う。……だけど、それをしたらオレはただ神に甘え、甘露を乞うだけの存在になっちまう。ーーーオレは、いつだってお前を想ってる。これは、オレなりのケジメなんだ」
ーーー……。 相変わらず、なんて真面目な人なんだろう。
神様に与えられた条件の中で、常に自分の可能性を探る、そんな面倒で不器用な生き方。
ーーーそれが神に創られた者達の在るべき姿と師に教えられたんだ。
私がまだリーナとして生きていた頃、ガルシアはさんは、そう話してくれた。
ルシファーの考えは分かった。だけど私は……、
ーーー私は言葉を飲み込み、頷いた。
「そう。いいと思うわ。私は50年に一度で十分だもの」
そう、会えるだけでも、十分、奇跡なんだから。
「え、……十分……、そっか……。そっか、十分……なんだ……」
……ずぅーん、と、音が聞こえてきそうなほどに凹むルシファー。
私は、試しに言ってみた。
「他の人を探してもいいのよ?」
ルシファーの心がそう決めたのであれば、私が何を言ったって、朝が来れば私の魂はまた散っていってしまう。
だけど私の予想が正しければ、その体に、脳に同期された、この魂の記憶は、全て私に残るはずだ。
但し、魂が散り、欠片しか持たなくなった私は、もう、リーナでは無い。リーナの記憶を持った、マリアンヌなのだ。
ーーーもし、ルシファーが“リーナの記憶を持つ、他の人”を受け入れてくれるなら、私は、この人の側に居られる……。
私の言葉に、ルシファーは困ったように笑いながら言った。
「おいおいおい、毎回言ってんな、それ。何回も言うけどな? オレが逢いたいのは、リーナだけだ。他の人って簡単に言うなよ。今だって仕事に追われて、50年に一回の休みもようやく捻り出せてる感じなのに」
ーーーそうよね。
ルシファーは記憶だけのマリアンヌなんて、きっと望まない。
私はルシファーに肩を寄せた。
「り、リーナ?」
だったら、私の内に、もうちょっとだけ、この大好きな人の近くに居ようーーー……。
◆◆
夜は更けてゆく。
ルドルフ様とジュリさんは、大人カッコいい愛を語り合い、マリーネット様達は、ちょっとした女子会を開いている。
そして私は、そこから少し離れた場所、世界樹様の根の上に腰を下ろしていた。背中から、ルシファーは私を抱きすくめている。……そうしてくれと、私が依頼した。
「え!? いや、マリアンヌちゃんに変なことはしないって約束したし、過度なボディータッチはほら、……セクハラで神罰下っても嫌だし……」
「下らないわ。早くして頂戴」
「ハ、ハイ」
と言う訳だ。
本当にこの人は、昔っから小心者なのだから。
私が後ろから回されたその手に頬を埋めていると、世界樹様の声がした。
『ーーー、そうだルシファー。“黄金のリンゴ”、ってどう思う? 美味しそうかな?』
その声に、ルシファーの腕がビクリと大きく震える。
「……いや、味云々より、嫌な予感しかしないんですが?」
『そんなに悪いことでは無いよ。……多分……。実はね、俺、木の実を生らすことが、出来るようになったんだよ。実はだけにね!』
「……で?」
ルシファーは世界樹様のツリージョークを華麗にスルーする。
『それが金色のリンゴなんだ。しかも種無しリンゴだよ!』
「ええ、良かったです。その種から、どんな化物が産まれたのかと心配せずに済みました」
『化物なんて! 唯、その木の実をね、可愛い栗鼠にあげたんだ。ラタトスクっていう名なんだけどね』
「……はぁ」
『ラタトスクがリンゴを食べた途端、……ラムガルくらい強くなってしまったんだ。……まさか、そんな事になるなんて、予想もしてなかったんだけど』
「っはあ!?」
「っ!」
コホッ……、ルシファーが驚愕の声を上げ、腕に力を入れた。
そして私の背からルシファーはふわりと離れ、世界樹様の本幹の前に飛び上がった。
「ちょっ! この前言ったばかりなのに、何やってんですか!?」
ルシファーの怒鳴り声に、黒い影が木の枝から走り出した。
そして、殺意を立ち昇らせながら、ルシファーを睨む。
「拙者の名はラタトスク。御アインス様に仕えし影なり。我が主、御アインス様に無礼な暴言を吐くお前は何奴か?」
「やかましいぃっ!! 栗鼠がカッコつけてんじゃねぇえぇぇーーー!」
「ぬおおおおおおーーー!!!」
ルシファーが怒声と共に巻き起こした突風に、ラタトスクはあっけなく飛んで行った。
『ああ、ルシファー。ラタトスクは、昨日までただの栗鼠だったんだ。乱暴はよしてあげて』
「いや、今だからこそです。力を使いこなせるようになったアレに、オレが敵うはずないでしょう! いいですか!? 木の実はもう、絶対に他の奴に食べさせないでください!! 絶対にっ!」
そう叫ぶルシファーはもう涙目だ。
世界樹様は、『ハイ』と控えめに返事をされた。
「まったく……」
ルシファーは、頭を抱えながら降りてくると、また私を後ろから抱き包んだ。
「……」
ルシファーがため息と共に、その額を私の肩に乗せる。髪が少しくすぐったい。
しばらくの沈黙の後、また世界樹様の声が響いた。
『……ルシファー、ごめんね』
「そう言うなら、自重して下さい」
『ーーーそれは、難しいな』
「……」
『何故なら俺は、この世界が、余すことなく大好きなんだ。ルシファーが大切にしているものは、全て大好きだよ。そして、君が掃いて捨てるような、路傍の小石も、極悪と罵るその感情も、この世界を壊しかねない強大な力だって、全部、全部、俺は大好きなんだ』
「……」
『ただ、存在してくれるだけで、俺はそれを全て愛しいと思う。そして、その愛しい者達から願い乞われれば、俺にできることなら、なんだって叶えてあげたいと思う。ラウの件だって、君にとっては野放しに出来ないと身慄いを覚える事だったかもしれない。だけど、アビスにとっては、その壊れかけた心が救われる事でもあった。善悪は、等しくそこにあるんだ』
「ーーーならっ、その博愛の為に、世界を滅ぼしても良いとでも言うんですか?」
『俺はそんな事は言わない。だって俺は、ただの樹だ。俺はただ、風に葉を揺らし、世界の音に耳を傾けるだけ。おっと、耳は無いけどね』
優しく笑い、歌うように言う世界樹様に、ルシファーは怒りをまぜた声を上げた。
「何を言ってるんですか!? 馬鹿みたいな力をバラ撒いておいて!」
『ーーーごめんね。でも、俺は、頼まれればきっと、これからも、俺に出来うる力をそれらに注いでいくだろう。さっき、誰にもあげないと、ルシファーと約束をした木の実だって、欲しいといって来る者があれば、きっと、俺はルシファーへの罪悪感を感じながらもあげてしまうんだろうね。ーーーそして、きっとその都度、君に謝るんだ』
「……っ」
『俺は何にもできないただの樹だ。種だけを撒いておきながら、無責任にまたルシファーに頼る事になるんだろう。“俺は、この世界が大好きなんだ。どうか、大切なこの世界を守って欲しい”って』
ルシファーは、私の肩に顔を埋めたまま、小さな声で言う。
「……オレ、弱いんですよ。オレこう見えて、滅茶苦茶弱いんですよ。そりゃ人間よりかは強いですが、周りに馬鹿強いやつが多過ぎるんですよ」
『強さは、決して、その身に秘めたマナの保有量では決まらない。俺は、ルシファーの事を強いと思うよ。己の力で、困難を切り開こうとする勇気。いつも更に上を求めようとする、止まない向上心。誰であれ、誠意を忘れない真っ直ぐな心。己の弱さを知り、慢心せず、他者を大切にする優しさもある。その強さや光に惹かれて、みんなルシファーを好きになるんだよ。君は世界から愛されているんだ』
「……」
『そして、ルシファーは、その貰う分と同じだけ、この世界を愛してる。何に置いても、守りたいと願ってるんだろう?……ハイエルフ達が聖域の番人だと言うなら、ルシファーはきっと、この世界の管理者なのかも知れない。大変だろうけど、俺は、君にピッタリの役だと思うんだ』
ルシファーが、震えながら、呟くように言った。
「……ちくしょー……。……やるしか、無いじゃないですか……、なんつー無茶振りしてくれるんですか……」
ーーー格が違う。
私は、思い知った。
背中で小さく震えるこの人が抱える、重すぎる宿命を。
そう。この人は、神話に出てくる英雄なんだ。
神々の創り出す邪悪に立ち向かい、数多の仲間を集め、世界を守る英雄。
リーナのコピーは元より、今の私ですら、この人を煩わせる事があってはいけないのだ。
大好き。
……ずっと一緒にいたい。
優しくて、気の小さいこの人なら、私の記憶と、私の想いを打ち明ければ、きっと会いに来てくれる。
ーーーでも……。
私はルシファーの腕からもぞもぞと這い出し、立ち上がった。
そして、白み始めた空を見つめ言った。
「さよなら、ルシファー。50年後にまた逢いましょう」
「……リーナ……」
紫紺の雲がたなびく空を背にした私を、ルシファーが見上げる。
私は笑顔を向け、ルシファーに言った。
「守ってね? この世界を。そしたらまた、逢えるから」
気丈に振る舞うつもりだったのに、目尻から、一粒だけ、涙が零れた。




