番外編 〜ルシファーの花嫁 悪役令嬢と、悪魔のプリンス16〜
ちょっと細く書いてみたら、想像通りめちゃ長くなってきてるこの番外編……。
もう本編より番外編のほうが長くなっている事実は気づかないふりをしています。(;´∀`)
やがて辺りが暗くなり、闇が忍び寄る頃、誰が言うともなく、その雪合戦は終わった。
私とレイルは共同戦線を張り、ルシファーを狙い、ルシファーは、レイルのそのチャーミングな顔面を集中的に狙った。
そして結局、昨日ルシファーに技術を底上げされたにも拘らず、私達は一球たりとも、ルシファーにぶつける事は叶わなかった。
闇の中で、ルシファーの影が言う。
「ーーーさて、そろそろ夜だ。始めるぞ」
私の中に緊張が走った。
「心配するな。魂を抜かれる方も、入れる方にも痛みは無い。そしてその間の意識はなく、そうだな、少し眠るようなものだ」
レイルの影がルシファーに近づき、軽い調子の言葉が飛ぶ。
「僕の方から抜いて、マリアンヌに入れるんだよね。その間に寒さで僕凍死、なんてことは無い?」
「ねーよ。その間、お前の身体はオレが責任持って結界で保護しとくからな。まあ、万が一何かあっても、オレがお前を全力で守る。心配すんな」
少し沈黙の後、レイルが答えた。
「ーーー、そう。なら、安心だね」
レイルの言葉に、何故か言いにくそうにルシファーが言う。
「じゃあ、いいか? ーーーその、レイルの方から魂を取るぞ?」
「良いよ。……言ったでしょ。ルシファーの奥さんの受け皿としてじゃなくても、僕は、もう僕なんだ。大丈夫だよ。ーーー、むしろ今更そんな役目、受けたくなんて無いよ」
「……そっか。ありがとな、レイル。じゃ、マリアンヌちゃん、ちょっとだけ、マリアンヌちゃんを貸してくれ。あ。あいつの魂が入ってる間も、別にマリアンヌちゃんに変なこととかしないからな! それは神に誓って約束するから!」
ルシファーは、聞いてもないことに対し、あたふたと言い訳をする。
ーーー、無害すぎるわ。この魔物。
「ーーーしょうがないわね」
私は精一杯の虚勢を張って、それに応えた。
「ありがとな。明日の朝には、きちんと元の場所に送り帰すから」
そう、優しい声で言うルシファー。
ーーーそうか。これで、お別れなんだ。
その時、突然辺りが明るくなった。
「「!?」」
明かりはないのに、ルシファーの周りの空気が、ぼんやりと深い青色に輝いている。
その範囲はどんどん大きくなり、ルシファーの周り、半径10メートル程の場所、全てが輝き出した。
光の空間の中には、ダイヤモンドダストの様な、キラキラと、輝く微細な何かが、空中に静止している。
「これは?」
辺りを見回すレイルに、ルシファーが答えた。
「磁場を作り変えたんだ。魂の結晶を解きやすくするため、そして、分解しても魂が壊れたり、逸れて飛んでいかないよう、保護するためにな」
ぼんやりと輝く青い光は、私達を照らし出す。
そして、ルシファーはレイルに手を翳した。
レイルの胸から、光の糸を引く、灰色がかった紫の、輝く小さな丸い宝石が浮かび上がってきた。
ルシファーは翳していた手でそのたまをつまみ上げ、反対の手で、まるで吸い上げるように、光の粒子となった宝石の一部を取り出した。赤味がかった、オレンジ色の魂の欠片。
それと同時に、レイルは糸が切れたように、その場に崩れ落ちる。
そのレイルの体を、ルシファーは片腕で、大切そうに抱きとめた。そして、その体を青く光る魔法の結界ボールの中に閉じ込める。
「ーーー約束の時だ。今こそ、神の盟約に従い、オレの花嫁を復活させる」
私の胸から、薄い黄色の宝石が浮かび上がる。
痛みは無い。
ただ、何かに引っ張られているような、むず痒いような、そんな気は少しする。
「我が花嫁よ。今夜、この魂の欠片を受け取り、過去の色を取り戻せ。失くした過去よ、今一度蘇るがいい」
ルシファーが、私の胸から出る宝石に、それを近づけた。
ーーーそして、2つの宝石は合わさり、パールオレンジの優しい輝きに染まる。
ルシファーが言った。
「ーーーまた、会えたな。 リーナ」
◆◆◆
私は目を見開いた。
私は、全てを思い出していた。
目の前には、今にも泣き出しそうな顔でこちらを見つめる、私の大好きな人。
ただその姿は、私の記憶とはかけ離れた、異形の姿。
だけど、間違うはずがない。
私は、その人に声を掛けた。
「ーーー……ガル、シアさん?」
私の呼びかけに、嬉しそうにその魔物は笑った。
「ああ。……また、50年経ったよ」
ーーー……。
いや? ちょっと待って?
……コトの間は、私眠ってるんじゃなかったの?
え?
ーーー私、……マリアンヌなんですけど!!!?
「どうした? リーナ」
心配げに、私を見つめながら聞いてくるルシファー。
私はその視線から逃れるよう、顔を背けた。
「い、いえ? ち、ち、ちょっと混乱しているだけ」
「……そうだよな。やっぱお前的には、こんなちょくちょく起こされて迷惑だよな。……マリアンヌって子にも、説教されちまったよ」
「いえっ! そういう意味ではないんだけれどもっっ!!?」
ちょっと黙って。
ちょっと考えさせて、この状況!!
私は、切なげにため息をつくルシファーを、ちょっと無視して、何が起こったのかを考えた。
私はかつて、リーナという名の天才美少女だった。
勇者に惚れられていたのは自覚していたけど、見合うはずも無し。私なんかにかまけてないで、とっとと勇者の使命を果たしなさいよ、なんて思ってた。
当時の私は理論で力を求めたのに対し、勇者はただの力押し。そりゃもう強かったし、立場上尊敬はすれど、さして興味は湧かなかった。
そこに突如現れた、神の御使いガルシア様。
彼は、マナの保有量こそ唯の人だったけど、その知識と、理論詰めの使い方により、勇者すら凌ぐ力を発揮した。
私はその神業に、ひと目で心を奪われた。
とはいえ、その時は、まさかこの人と一生を添い遂げられる事になるとは、思ってもみなかったけど。
ーーーガルシアさんは、とても忙しく、慌ただしい人だった。
仕事にかまけて、私を後回しにされる事も多々あり、不貞腐れたことも何度だってある。
だけど、私が死ぬその今際のとき、ガルシアさんは、仕事を全てほっぽりだして、私の手を握ってくれていた。
「仕事は?」
私が聞くと、ガルシアさんは泣きそうな顔で笑いながら言った。
「いいんだよ、そんなもん……。それよりさ、覚えてるか? ほら、リーナがジュリと珍獣の捜索に行ったときにさぁ……」
私は思った。
この人には、まだやるべき事がある。
まだ、やり残した事をある事を、私は知ってる。
私の手なんか繋いでる場合じゃないでしょ? 私なんかにかまけてないで、しっかり使命を果たして。貴方も、もうおじいちゃんなんだから。早く、この手を離して、また、みんなの為に走り続けて。
ーーー私なら、いつだって我慢出来るよ? 貴方が大好きだから。
「……まさか、そんなに気にしてたなんてね。何千年前の話よ?」
「え!? 何が? なんの話? 何千年って、オレ達が人間だった頃のこと? 8800年前くらい前だけど??」
思わず出た私の呟きを、ルシファーは耳聡く拾い上げ、執拗に食い付いてくる。
私はため息をついた。
「取り敢えず、何処かに座って話しましょうか」
「お、おう」
◆
いつの間にか雪雲は散り、天頂には、ポッカリと大きな白い月が浮かんでいた。
シリウス学園のあった土地では月は消えたけど、遠く離れたこの地には、満月が輝いている。
白い月が、白い雪を照らし、静寂に満ちた幻想的な美しい風景を浮かび上がらせていた。
私達は、月明かりに照らされた、雪原が見渡せる丘の上で、倒木の上に腰を掛け、並んで座った。
ーーーで、 どうしろと??




