番外編 〜ルシファーの花嫁 悪役令嬢と、悪魔のプリンス15〜
ーーー儀式は、雪の輝く村で行う。そう、ルシファーは言った。
ルシファーのお嫁さんが生きている頃、ルシファーはかなり多忙だったらしい。
だけど二人で一度だけ旅行をしたそうだ。この大地の北東にある小さな村。名を雪の輝く村。
かつて、人口の八割を滅ぼしたという、アビスの襲来からすらも逃れた程の、辺境の地にある集落だ。
「あいつ、雪が好きっていってただろ? そしたらたまたま見た雑誌で、凄い名前の村があるのを知ってさ。絶対ここに連れてってやろうって思ったわけなんだよ」
「「……。」」
「仕事詰めまくってさ、やっと予定ができたって時に、オレは言ってやったよ。“出張の同伴してくれ”って。したらあいつ、嫌とか言うんだぜ!? サプライズのつもりがよ。大失敗だよ!」
私達は、再び円盤に乗せられ、空を高速で飛んでいる。
海の向こうの土地だが、このペースであれば、日暮れには到着出来るらしい。
「オレ、滅茶苦茶ガッカリしてたら、あいつ、なんて言ったと思う? “仕事じゃないなら、連れてって?”だってよ! もう、なんか全部バレてたみたいでよ! もうなんか、恥ずかしいやら、嬉しいやら、可愛いやら……」
私達は、逃れようの無い空飛ぶ円盤の中で、延々と一人で語り続ける、ルシファーの惚気話を聞いていた。
ーーー苦痛だわ!
苛立つ私の隣で、レイルがため息を吐きながら、とうとうルシファーの惚気に、口を挟んだ。
「ーーーで? なんで僕達にそんな話をするの?」
途端にオドオドとし始めるルシファー。これは明らかにレイルを恐れてるわね。
「え、言っちゃだめだったか? これからあいつの魂が入るわけだし、事前情報があった方がいいかな、と……」
要らないわ。
不快以外の何物でもないわ。
レイルも呆れたように、ルシファーに言った。
「駄目ではないけどね。……ただ、惚気って言うのは、自慢話をしたいと同時に、一縷の不安を消すために、他人にその事実を認めて、肯定して欲しいからするんだよ。“全世界に愛されてる”、と恥ずかしげもなく豪語する、ルシファーらしくないな、と思っただけ。もしかして、奥さんとなんかあったの?」
「っ全世界とはいってないだろ! ……。」
ルシファーは相変わらず、レイルの言葉尻を捉えツッコむが、その後の言葉は続かず黙り込んだ。
「……図星? ならそっちを話しなよ。そんなラブラブフィルターのかかった惚気話より、よっぽどマシだ」
沈むルシファーに、容赦の無い追い打ちをかけるレイル。
だけど、レイルの言葉には、全文賛成だ。
「……あーー……いや。多分、オレの思い過ごしだとは思うんだよ」
「良いから、言ってみなよ」
「……あいつな、オレのことが好きだった。これは惚気とかじゃなくて本当に。ーーーだけどな、あいつ、臨終の際、オレの手を振り払ったんだ」
「?」
「オレ、あいつの最後に立ち会ったんだ。ずっとその手を握って、昔話をしてた。だけどあいつ、なんか急に水が飲みたいって言ったんだ。オレは一瞬だけ手を離して、サイドテーブルに置いてあった吸い飲みを取った。……一瞬、……ホントに一瞬だったのに。偶然かもしれない。だけど、何であいつはあのタイミングで言ったのか、未だに引っかかっちまうんだ」
「……直接、“放して”と言われたわけではないんだ。気にし過ぎだと思うけどね?」
「いや、後な、オレはこれまで何十回とこの儀式で、あいつに会ったんだけど、……その都度、あいつから、“新しい相手を探せば?”、って言われるんだよ。別にあいつが、冷たく当たってくるわけじゃないよ? 仲が悪いわけでもない。……ただ、何でだろうってな」
影のある表情を浮かべるルシファーに、私の闇の部分がムクムクと膨れ上がる。
今は慰めて、“気にし過ぎだ”って、レイルみたいに言ってあげればいい所なのに。
……分かっているのに、私は留まることができなかった。
「それは、もう確定なんではなくて? ルシファーの奥さんは、既に貴方にもう愛想を尽かしているんでしょう。なのに性懲りもなく、力があって出来るからと言って、何度も何度もしつこく何十回も目覚めさせて」
「ま、マリアンヌ!?」
「“引っかかってる”、などと気付かないふりして、本当はわかっているんでしょ? きっと慎ましい奥さんだったんでしょうね。そういう方って、思ったことを、正直に言えないもの。ーーーねえ。あなたのエゴで、貴方の奥さんは迷惑をしているのよ。もう、終わりにして、奥さんの仰るよう、新しい方に目を向けるのが賢明なのではなくて?」
私は蔑むような目を向け、ルシファーに言い放った。
ルシファーの表情が固まる。
そして、ふっと力が抜け、悲しげな微笑みを浮かべながらいった。
「そう、ーーーそうなん だよな。 ……だけど、オレ、やっぱりあいつがいいんだ。 話聞いてくれて、ありがとな」
違う。
何でそんな事言うの?
ここは怒る所でしょう!? “勝手な事言ってんな!”、って、レイルにツッコむ時みたいにかかってきなさいよ!
ーーー……ねぇ。かかって、来てよ。
ーーー……これじゃ、私が悪役じゃない……。
円盤は止まらず進み続ける。
だけど、もう、誰も口を開こうとはしなかった。
◇
空が薄暗くなってきたのが、この曇り空のせいだけではない頃、円盤は静かに高度と速度を落とし始めた。
まだ秋口だと言うのに、空を覆う厚い雲からはふわりふわりとぼたん雪が舞い落ちてきていた。
円盤の縁から下界を見れば、そこは一面の白銀の世界。
やがて降り立った丘の麓には、小さな集落、雪の輝く村が見えた。
私は円盤から、ふわふわの新雪の上に飛び降りた。
「わふ! 寒い!」
円盤に張りていた保護結界から出た瞬間、刺すような冷気が私を襲い、思わず変な声を上げてしまった。
ルシファーはそんな私を見て笑い、荷物袋から毛皮のブランケットを取り出した。
「これでも被ってろ」
そう言って、ルシファーは、ブランケットを私の頭に落としてきた。
あれから、初めて発せられたその言葉は、いつも通りのルシファーの声。
私は泣きたくなって、頭までブランケットを巻き付けた。
ーーー暖かい。
「まったく、儀式に使う約束の場所なんていうから、どんなトコかと思ってたら、……惚気話に出てきた、思い出の場所で再会したいだけって事で合ってる?」
「言うなっ! そんな言い方したら恥ずかしいだろっ!」
「僕としては、“儀式”だの、“約束の場所”だの言ってる方が恥ずかしいと思うけどな……」
「あ、夜までまだ時間あるし、雪合戦でもしようぜ!」
「はぁ!? 何言ってるの……ブッ」
驚いたレイルが何か言おうとしたところ、レイルの顔面に雪の玉が飛んできた。
その向かいには、至極楽しそうに、片手で3つの雪玉をジャグリングするルシファー。
「っの!」
顔を抑えながら、レイルが10球もの雪玉を誘導射撃魔法を使いルシファーに投げつける。
ルシファーはそれを避けながら、私の方に手を翳した。
その途端、私の前に巨大な雪だるまが出現する。
「!?」
「ハンデだ! レイルは魔法使っていいぞ。マリアンヌちゃんはおまけで雪だるまバリアも付けちゃう♪」
「魔法無しで、僕に勝てるとでも?」
「バーカ!バーカ! 人間の体で身体能力がオレに敵うかよ! 本気でかかってこいやぁっ」
そう言いざま、再びルシファーの投げた雪玉が、レイルのデコにあたって砕けた。
レイルは激怒し、雪玉の数を増やして追跡する。
その時、雪だるまに、ボスっと、雪玉がぶつかった。
「ち、ちょっと!? 私はこんなモノに参加するなんて言ってなっ……」
ーーーボスっ、ボスっ
「!?」
「何だって!? 聞こえないよ? マリアンヌちゃん! 早く投げてこないと負けになっちゃうよーーっ」
上空から雪玉を投げつつ、私を呼ぶルシファー。
ーーー私は、火力重視の射的魔法に、雪玉を載せて放った。




