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番外編 〜ルシファーの花嫁 悪役令嬢と、悪魔のプリンス14〜

「ーーー……美味しいわね、これ」


 私は、用意された食事に、素直な感想を述べた。


「おお、まだまだ作ってるからしっかり食えよー」


 こちらに背を向けたまま、部屋の角でフライパンを振るルシファーに、レイルが声を掛ける。


「ルシファーって、料理上手いね。これは何?」


「ふろふき大根。食べることは、生きる上で最も尊い行為だ。オレはこう見えて、料理に手は抜かねえよ」


 圧力鍋の蓋を開けて、アチチとか言ってるルシファー。

 ホントに“こう見えて”、よ。人の生き血を啜ってそうな姿のくせに、ふろふき大根って……。

 私は、出汁の染み込んだ、そぼろ餡の乗ったふろふき大根を一口食み、納得の行かない幸福感に包まれた。

 塩味は薄いものの出汁がよく効いていて、シンプルながらどれも一級品の味付けだった。

 ルシファーが最後の一品を完成させ、私の隣の席についた。


「んじゃ、食ったら、早速精油の生成手順を教えるぞ。完成までに最低三年はかかるから、オレの作りかけを出しながら、手順だけ教えるからな」


 そう言って、自分もカリカリとした食感の、香り高い厚切りベーコンに齧り付いた。

 私は、ハグハグと食べ物を頬張るルシファーを見て、ため息をついた。

 ルシファーに、もう恐ろしさは感じない。どちらかと言うと……あれだ。ボーイスカウトのリーダー的な感じ?


「……マリアンヌちゃん、今オレの顔見て溜息つかなかった?」


「……いいえ?」


「でも、わかるよ。ため息も吐きたくなるよね」


「どう言うこと!?」


 そして私達は、完全に威厳の失われたルシファーと、遅い朝食を頂いたのだった




 ◇




 暗い部屋に、ルシファーの魔法で作り出されたフィルターが、淡く、青く、神秘的な光を放つ。

 そのフィルターからは、ポトリポトリと、ゆっくり小さな雫が絞り出されてゆく。


「いいか? 世界の至るところに生えているハーティには、多くの言い伝えがあり、神具のモチーフになっていることもある。オレ達の間じゃ有名な話だ」


 私達は今、ルシファーの手から紡ぎ出される奇跡の秘術を前に、今は忘れ去られた伝説を聞いていた。

 マナで作り出した緻密な極小穴を持つフィルターに、もう何万回と濾したハーティーの製油を落とし、更に重力魔法を用い、針に糸を通すような操作で圧力をかけながら、更に蒸留している。


 ルシファーは、神経を研ぎ澄ませ、あり得ないほどの精密な魔法を駆使しながらも、話し続けた。


「ハーティは、神々により初めてこの世界に創造された植生物だった。その頃、世界はまだ不安定だった上、幼い神々が好奇心に任せ様々な実験を行っていた。その中でハーティは、どんどん強靭な生命力を持つようになって行ったんだ。ほら、そこいらの雑草より、よっぽど生命力強いだろ? 砂漠や、氷の大地にだって生えてるんだ」


 それは、この世界の創世神話。

 私達の創世神といえば、絶対神ゼロス様を指す。

 ーーーだけど、神々……? 創世神は他にもいるの?


「だけどある時神は、とある実験で、思いもよらぬ結果を生み出してしまった。そして、実験のその余波で、世界の3分の1が消し飛んだんだ」


「凄まじいね。想像もできない。だけど、地表部だけなら、確かにまだ再生の余地はあるよね」


「いや、地表部だけじゃない。この世界の核を含む、総ての質量から見て、3分の1が消え去ったんだ」


「っ!?」


 ルシファーの話は、私達の想像を遥かに凌ぐ。それには、レイルすら言葉をつまらせた。


「その時、その衝撃で生まれた獄炎に、神の御使いである八大天使様は、その身を黒焦げに焼き焦がされたそうだ。……“マナの破壊”。それは、この世界における、絶対の禁忌として、その時定められたそうだ」


 八大天使様は物語で伝え聞いたことがある。

 絶対神ゼロス様の手足として働き、ゼロス様から無二の愛と、至高の美を与えられた存在。その天使様の歌声は、生命を再生させるとも言われ、勇者すら遥かに凌ぐ存在と、伝えられている。

 私はその壮絶で、無慈悲な過去に、思わず聞く。


「そ、その実験って、ゼロス様がなされたと言うの?」


「いや……。あー……その実験をしてたのは、魔王様やオレ達の崇拝する神様だよ。魔王様は、その実験に、実際立ち合われたそうだ」


「……っ」


 邪神と魔王、そしてゼロス神様。

 伝説が当たり前のように息づくその話に、私とレイルはもう、黙り込むしか無かった。


「で、甚大なダメージを受け、強靭だったハーティも流石に絶滅の危機を迎えた。だけどその時、ゼロス神の慈悲により、“命の水”が、ハーティに与えられたんだ」


「命の水?」


「そう、世に存在するマナを集約し、液体になるほどの濃度の結晶体。神のみが創り出せる奇跡の水だよ」


「マナを、……結晶化? 出来るわけ無い」


「まあ、神様のやる事だ。オレ達に理解できるわけなんかねーだろ。……ホントに、何考えてんだろな?」


 ルシファーは、何故か憎々しげにそう言った。 

 話をしている内にも、ハーティの濾過は進み、透明な瓶には琥珀色に輝く液体がポトリポトリと溜まってゆく。


「そうして命の水を与えられたハーティーには、特別な力が宿った。命を修復する、神秘の力だ。今こうして見せてるハーティーの精油の生成方法は、単純にエキスを搾り取るものじゃない。その、生命エネルギーそのものを取り出す方法さ」


「……こうやって取り出してしまったら、代を重ねる毎にハーティに秘められた力は、いずれ無くなる、なんて事はないの?」


「無いな。人間が子孫を増やすごとにその力は薄れるか? 進化はすれど、劣化はないだろ。もうハーティーは、そういう植生物として、存在が書き換えられてるんだよ……、と。出来たな」


 ルシファーが、フィルターを消し、瓶を取り上げた。


「ほら、これを二年ほど寝かせる。そうすると不純物が沈殿し、茶透明の上澄みができる。その上澄みが、“ハーティの精油”だ。そして、完成品がこれだよ」


 そう言ってルシファーは2つの小瓶を私達に渡してきた。

 これが、レイルの求めてた、奇跡の薬……。

 レイスも神妙な顔をし、まじまじとその小瓶を見つめている。


「ーーー……因みにな、オレの嫁や友人達は、それを化粧水として使ってたぞ。ほうれい線が消えるだの何だの言って、それはもうふんだんに、惜しみ無く」


「「何やってんの!?」」


 懐かしそうに語るルシファーに、レイルと私の言葉が被った。

 ルシファーは、一瞬肩をビクリと震わせ、何やら言い訳を始める。


「ほら、……だってハーティってどこにでも生えてるし、その、凄い安上がりな素材だったんだよ」


 いや、そういう意味じゃないんだけど……。

 レイルが肩を落としてボヤく。


「……あーあ。僕って、必死に美容液の作り方を追い求めてたんだ……、なんかもう……」


「いや、天才になってるし、結果オーライじゃないかな! ほら、それより作れるようになりたいんだろ? フィルターの組み上げ方教えてやるから、元気だせ、な!」


 落ち込むレイルに、ルシファーは慌てて話題を変えようとするが、レイルは白けた目で、ため息を吐きながら、言った。


「いや、いいよ。こうでしょ? サイズは魔石を使えばなんとかなると思うし」


 その指先には、サイズこそ違えど、さっきルシファーが作り出していたのと全く同じ、輝くフィルター。

 それを見たルシファーが、驚愕して叫ぶ。


「っおま、お前っ! なんで出来るん!? いや、出来ていいんだけどさっ! もうちょい努力してから出来るようになれよ!! オレなんかさんざん殴られながら、10年かかったんだぞ!? 一目見てって、お前、ふざけんなよ!?」


「やだなあ、僕は努力して天才を手に入れたんだって、ルシファーが言ってくれたんじゃない。自分の凡才を棚に上げて、僻まないでくれる?」


「ほんっとに、可愛げないなっ!」


 また、キャッキャウフフを始めた男共に、私は、溜息をついた。

 レイルは確かに、何かが吹っ切れたようで、その培った能力を余すことなく、ルシファーイビりに注ぎ込んでいる。

 もういっそ、ルシファーが不憫にすら見える。

 こちらに矛先が向いてないから良いようなものの、本当にルシファーは、何てものを目覚めさせたんだろうと、思わずには居られなかった。


 私達はその日、ルシファーに様々な失われた技術や知識を学んだ。


 なぜ魔物達の敵である人間の私達に、ここまでするのかは分からない。いくら奥さんの魂の件があるとはいえ、流石に異様だ。

 ただ、私はいつの間にか、この不思議な魔物を信頼し始めていた。



「じゃ、肉体強化の魔法の仕組みも教えとこうか。マリアンヌちゃん医者志望だろ? 患者にかけてやりゃ、長時間の手術に耐えてくれる。内部への直接攻撃は一定レベルまでしか効かないよう、生物には、神に書き込まれたプロテクトが掛かってるんだ。だけど、強化や保護するための魔法なら、それをすり抜けられるって訳だ」


「確かに生命を維持できる範囲での体温上昇は可能だったけど、そんな抜け道が……。創世神様って、結構ガバガバね」


「ガバガバ言うな。慈悲と言ってやってくれ! ……いや? まてよ、実際、ガバガバなのか……?」


「ねぇルシファー、この魔法陣てさ……」


「お、面白い組み立て方するな。だけど、……」



 ーーーまるで昔からの幼馴染と戯れるような、そんな心地よい時間。



 夜になると、またルシファーの部屋に押し入ろうとするレイルが羨ましくて、私も押し入ってやった。


 ルシファーは驚いていたけど、嫌がる素振りは見せず私を招きいれてくれた。

 1つしかないベッドを私に譲り、ルシファーとレイルは、床の硬い布団を引っ張り合う。夜が更けるまで談義を交わし、私が一つ欠伸をすれば、二人は笑顔で互いを罵りながら、自分が私の貞操を守るだなどと、笑顔で言ってくる。私は、笑った。

 二人にそんな気が無いことなんて、火を見るより明らかなのにね。


 私は、その夜、遊び疲れた子供のように眠りについた。




 ◇




 翌朝、ルシファーは朝食の後に、嬉しそうな笑顔を浮かべながら言った。


「それじゃ行こうか。今晩の儀式を行うための、約束の地へ」


「「……。」」


 私達は同時に黙り込んだ。

 言葉を返す事ができなかった。



 ーーー楽しかった。



 ルシファーと、レイルとで過ごした、この楽しかった時間。

 だけどそれは、数奇な魂の導きによって、たまたま交差しただけの時間だったんだ。

 ルシファーが望むのは、その嫁であって、マリアンヌでもレイルでも無い……。


 そう思った時、私の中に小さな闇が生まれた。






 ーーー魂なんて、消えてしまえばいいのに。


 ーーーそうすれば、この人(ルシファー)は、(私達)を見てくれるかもしれないのに……。






 私は、私とレイルの中に遺された、魂の消滅を望んだのだった。

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