番外編 〜ルシファーの花嫁 悪役令嬢と、悪魔のプリンス13〜
すみません、先程間違い投稿しました。(汗)
私は、ひたすら後悔していた。
……正直、腹立ち紛れとはいえ、我ながらレイルになんて酷いことをしたんだろうと思う。
訳の分からない所に連れてこられ、右も左もわからない場所で、ケダモノ共の中に、レイルを放り込んでしまったのだから。
だからと言って扉を開け、レイルを探しに行く事も出来ず、私は、雪を見つめながら、ただ時が過ぎるのを待った。
いつもならば、日の出を迎える時間になっても、外の闇の景色は変わらない。
そしてとうとう時計の針が正午を指そうかという頃、突然扉がノックされた。
ーーーコンコンコン……。
私は恐る恐る声を掛けた。
「……誰?」
「おはよう、マリアンヌ。僕だよ、レイルだ。遅くなってすまない。なかなか起きてこない奴がいて……」
「! レイル!」
聞こえてきたのは、元気そうな聞き慣れた声。
私は慌てて立ち上がり、扉に駆け寄り鍵を開けた。
開かれた扉の前には、元気そうではあるけれど、泣きはらした後のように瞼を腫れ上がらせたレイル。そして、妙にスッキリした顔のルシファーがポケットに手を突っ込んだまま、並び立っていた。
レイルは酷い顔をしているけど、何かが吹っ切れたような、曇のない笑顔を私に向けている。
「ちょっとレイル、……何が、あったの?」
「……はは、やっぱひどい顔だよね?」
レイルは何かを誤魔化すよう言い淀み、私の問には答えない。
ーーー背筋が寒くなった気がした。
「……何を……何をされたの? 何を言われたの!?」
あのいつも笑顔のレイルが泣くなんて、一体どれほどの拷問を受けたのか……。
レイルは少し照れたように頭を掻きながら、それは衝撃的な言葉を吐いた。
「……大したことないよ。頭を押さえつけられたりとか、……ああそうだ。“僕が欲しい”って言われたかな」
「「!?」」
「どっ、どう言うこと!?」
私は思わずレイルの肩を掴んだ。
「いや、僕にはそんな気も無いし、どうもこうも無いよ。それから、……なんか僕に、“そんなの無理っ”、と言わせたかったとかも言われたよ。……まったく、意地が悪いよね?」
いや、ちょっと待って。“そんなの無理”? 何が? 一体、何を無理強いされそうになったの? いじわるって、その程度で済ませていいものなの!??
ここ迄で、既に有罪確実のルシファーが、レイルの証言を止めようと声をかける。
「お、おいレイル? お前何を……」
レイルは、証言を続けた。
「それから、僕が自分を見失ったとき、ルシファーは僕にこういってくれた。 “僕等は魂に惹かれ合う者、そんな同志なんだ”」
そう言って、少し照れくさそうに笑い、頬を染めるレイル。
って、どんな同志よ!??
それに、な、なかなかキュンとくる口説き文句じゃない。
「ま、最終的に和解して、一緒に寝たんだけどね。……いやあ、まさか、僕もあんなに泣かされる事になるとは、思わなかったね。おかげでこの様だよ」
寝たって……、泣かされたって……。
私は自責の念に駆られ、この哀れな生け贄となったレイルを抱き締めた。
「……っ」
「……マリアンヌ?」
「……ごめんなさい! 私があの時、レイルを追い出したばかりに……」
私は、その頭を強く抱きしめながら、あの悍ましいケダモノを睨む。
「ち、違うだろっ!? ちょ、マリアンヌちゃん!? こんなヤツの言う事信じるんじゃねぇぞ! 違うからな!」
ルシファーの言葉に、レイルは慌てて私を引き離し、物悲しげにルシファーを見る。
「……え? ……ルシファー。僕に言ったあの言葉、全部嘘だったの……?」
事後に、裏切るとか最低ね!!
「はあ!? っ本気に決まってるだろ!!? そりゃもう、全部心の底から本気で言ったけどっ!? けども!! チクショウ、コノヤロー!!」
……自白したわね。
ーーーこの、……この、ケダモノがぁ!!!
ルシファーは、私に縋り付くように手を伸ばしてくるが、私はそれから逃れるように後ずさり、汚物を見るような視線を向けながら言い放った。
「……不潔……。近寄らないで下さる?」
レイルはとても嬉しそうに、ルシファーを見つめている。
……だめよレイル、どうか戻ってきて!!
◇
ーーーちゃんと誤解を解くまでは、秘術は教えん!
その後ルシファーが、怒りのオーラを立ち昇らせつつ放ったその一言に、レイルはあっさりと折れ、笑いながら昨晩の事情を話してくれた。
「……え、じゃあレイルには生前の記憶があるってこと?」
どうやら、その話では生贄にはなってなかったものの、到底信じられないような内容だった。
理解に苦しむ私に、ルシファーが補足を入れてくる。
「まあ全部完璧にではないけどな。あいつの知識だけってとこだ。ーーー例えばオレの嫁は、雪が好きだった」
そう言って、ルシファーは立てた指の先に、それは美しい雪の結晶を魔法で作り上げた。
溶ける事なく、その場でクルクルと回転する雪の結晶を、ルシファーはレイルに差し出し言った。
「どうだ?」
「……どうと言われても。確かにキレイだけど、別にただの水が固化したものでしょ?」
レイルは返答に困りつつ、レイルらしい答えを述べた。
ルシファーは肩をすくめ、今度は私にそれを差し出して言う。
「マリアンヌちゃんはどうだ?」
「どうって……。……いつまででも見ていたいくらい綺麗だわ」
「……時間の無駄だよ?」
私は口出しをしてきたレイルを、キッと睨んだ。
「ーーーまぁ、そういう事なんだ。レイルには知識、マリアンヌちゃんには好みや性格なんかがよく出てるって感じだ。あ、これマリアンヌちゃんにあげるね。溶けないように魔法で固化しておいたから」
そう言って、ルシファーは小指の爪程の美しい雪の結晶を、私の手の中に落としてきた。
触れば雪のように冷たいが、私の体温で溶けることもない。
私は、それを大切にコンパクトにしまった。
「それで、レイルが欠けた記憶の一部を知りたいって言うから、それをオレの部屋でするんだ。良かったら来ねえかなと。ちょっと遅くなったけど飯も準備した」
そう言うルシファーに、私は、なんと返事をしたものかと迷い、レイルを見た。
私の視線に気づいたレイルが、いつものチャーミング王子スマイルで言ってきた。
「大丈夫。なんかルシファーって魔物の癖に全然怖くないし、危害も加えて来ない。きっと僕の事が好きなんじゃないのかな?」
「せめて“僕等”と言え」
すかさずツッコミを入れてくるルシファー。
確かにレイルの言う通り、初日はその異形でびっくりしたけど、一緒にいる内に全く恐れはなくなっていた。まあだからと言って、心を許して信じるなんてことも出来ないんだけど。
「ほら、やっぱり僕のこと好きなんだ」
「だから、“等”をーーーっ、言わねえ! もう何も言わねえ! は、調子に乗んなよ?」
ルシファーが唾を飛ばしながら、レイルに怒鳴っている。だけど害意は全く感じられない。
「へぇ……言わないの? 僕が好きって言ってくれたら、1000年に1回くらいなら、短期で、まあ1週間位なら働いてもいいかな? なんて思ったんだけど。まあ、だって嫌われてる人の下でなんか働きたくなんかないし……?」
ニヤリと嫌らしい笑みを、レイルはルシファーに向けた。
「な? なんだと……? ……ひ、100年!」
「900」
「150」
「……910」
「!? っ400!」
「750」
……何をやってるの? この人達は。
「500!!」
「いいよ」
「! ホントか!? よっっし!!」
高らかに、ガッツポーズをキメるルシファー。
「ーーーで、何を言ってくれるんだっけ?」
「! くっ……れ、レイル が…… モニョモニョ……。 ……こ、これでいいんだろ!? コンチクショウ!! いいか、約束絶対守れよ!?」
「……僕、契約書に、サインしたっけ? 契約に於いて、口頭の約束は有効にならないんだけど」
「っお前ぇえぇーーーーっっ!!」
……この上なく楽しげに笑うレイル。
これ、明らかにレイルがルシファーを翻弄している。
もはや、ルシファーより、吹っ切れて自重の無くなったレイルの方に畏怖の念が湧いてくる。
ーーークゥ……。
……。そう言えばお腹が空いたわ。
レイルが無事ならまあいいか。
私は、ため息を付きながら、二人で楽しげにキャッキャウフフと追いかけっこをしている男共に声を掛けた。
「私も行くわ」
何故かルシファーが、“救済の女神”、と私の事を呼んできたけど、無視する事にした。




