番外編 〜ルシファーの花嫁 悪役令嬢と、悪魔のプリンス12〜
今回も引き続きルシファー目線の回です。
マジかよ……。
山と積まれた書類ファイルと、テーブルの上には、可愛らしくポーズを取る、手のひらサイズのマリアンヌちゃんそっくりのフィギュア。オレはそれらの前で、呆然と佇んでいた。
レイルに次を促されてから約三時間。
魔物共の農園の冠水設備の施工図案から、牧畜飼料の配合調整。それに魔物共の空腹感を抑制するホルモン丸薬の調合。更に魔物共のための、人間に代わる食料用に、植物を遺伝子操作して造ろうとしていた、マンドラゴラの完成。やがてくる大規模スタンピードの際、人間が生き残れるよう、対魔物武器の設計図作製。勇者の聖剣回収の為の、誘導計画シナリオの台本執筆。それに、オレの嫁のフィギュア作製まで、全てが完了していた。
情報管理については、ほぼ完全なるオート化システムを組み立てやがった。
マジかよ……。
しかもこの中で、一番時間掛がかったのものが、オレの嫁フィギュア製作だった。
……多分一番どうでもいいやつに、一番時間かけたぞ、コイツ。いや、嬉しいんだけどね? 出来は申し分ない。
あーーー……、マジかよ……。
もう、認めざるを得なかった。
「ーーーレイル、お前ってやつは天才か!? いや、始めは正直意地張って、「こんなの無理だ」って言わせてやろうと思って、無理難題を吹っかけたけどもさ! まさか全部クリアしやがるとは、お前天才過ぎるだろ! マジもうお前、オレんトコに来い。給料は弾むぞ。マジでお前が欲し過ぎる!」
オレは目の前に起こっている夢のような現実に、興奮気味にまくしたてた。
無い。 無いっ。 仕事が無い!!
レイルの奴になんと叩かれようが、構うもんか! そう覚悟を決めて、俺は褒めまくったのだが、レイルは面白くなさそうにオレの発言を制止した。
「……それって僕に死んで亡者になれって事?」
「あ、いやすまん。そう言うわけではないし、何なら寿命全うした後でも全然良いし……」
突然クールになってしまったレイルに、オレは戸惑った。
オレ、なんか変なこと言ったか?
「これで終わり? じゃ、さっさと寝よう。丸薬作ったせいでなんか臭う。浴場はある? 無ければ水だけでいいけど」
「お、おお。あるよ? あるけど、……なんか怒ってる?」
「別に怒ってなんていない。つまらないだけだ」
「……何が?」
「全部だよ。見ての通り僕は何だって出来た。この記憶のせいでね」
「記憶? 七割もあいつの魂がありゃ、そりゃ結構残ってるかもしれねえが、何でつまらないんだ?」
話をさっさと切り上げようとするレイルに、オレは食い下がった。
こんだけ手伝ってもらったんだ。話を聞く時間ならたっぷりあった。
「僕はね、物心ついた頃から、一人の人生で吸収し得る記憶が既にあったんだよ。魔術は元より、薬学に至っては伝説の薬の調合方法すら知ってた。所々記憶の欠けはあったけどね」
そう、オレの嫁はいろんなものに興味を持って取り組んでいたけど、1番力を入れてたのが薬学だった。
オレの教えたものは全て作れるようになってたし、自分でも研究開発して、色んな薬を作り出してたっけ。
「ルシファーが僕の書いた“トキ☆バラ”を読んだのってあれ“ノルマンの禁書司書の速読”でしょ。あれね、僕3歳の時、視察に連れて行かれて知ったんだ。そして、2週間で速読をマスターしたよ。それからは世界中の本を読み漁った。欠けた記憶を探す為にね。別にこれは、僕の天才自慢でも何でもないよ?」
「ああ、続けろ」
オレの促しに、レイルは語り始めた。
ーーー僕は新古関係なく、様々な本を読み漁った。権力と金の力を使い、ノルマンの禁書はもとより、各国の博物館の本すら読み漁った。権力を維持するための会見以外、僕は文字以外を見ない生活を続けた。
それでも、僕に欠けた記憶は見つからなかった。
そんなある時、マリアンヌを見つけた。
彼女に魅せられ、追いかけた。
僕の意思で、彼女と戯れ、それは楽しい時間だった、……と、思っていた。
だけど、今にして思う。あれ程マリアンヌに惹かれたのは、彼女は僕の探していた“記憶の欠片”を持つ者だったからだ。
恋でも何でもなかったんだよ。
僕はずっと前から、考えていた。
ーーーこの僕の中にある、僕じゃない記憶は何?
僕はずっと前から、不思議だった。
ーーー僕の記憶より、多くあるこの記憶は何?
僕は、やっと気付いた。
ーーー僕の記憶って、……この記憶を探している記憶しかない。
僕の周りには、僕を天才だの、神童だの囃し立てるやつはいくらでも居た。
本当の僕の技量も知らず、適当にあしらってるだけで、“天才”、だよ?
周りのレベルが低すぎた。
この記憶を探してるうちに、僕は僕と、そして対等に語らえる者も無くしたんだ。
僕の中に僕はいない。僕の周りに誰もいない。だけど記憶も見つからない。
僕は、なんの役にも立たない、空っぽなんだよ。
ルシファーに会って、この記憶が誰の物なのかを知った。
僕の魂に混じったせいで、こんな事になったというのも理解できた。そして、“僕は、ルシファーに逢うために、こんなふうに生まれて、存在してたんだ”、そう考えたら、妙にしっくり来たんだよ。
「ーーー……だけどルシファーは、僕を望まなかったね」
レイルが暗い闇を灯した瞳でオレを見た。
「そりゃルシファーの言う通り、嫌だよ。男と、しかも魔物とそんな雰囲気になるなんて、気味が悪い以外の何物でもない」
レイルの言葉に、オレは頷いた。
「だな。お前を迎えに行った時に言ったし、さっきも言った。そしてお前も、それに同意した。だから何だ?」
レイルは目を見開きながらオレを睨み、口元には笑みを浮かべている。
そしてそのまま、その瞳から、澄んだ涙が溢れ出した。
とめどなく、とめどなく。
レイルは、オレを責めるような憎しみのこもった震える声でいった。
「ーーーだけどね、僕にはそれでも、僕の唯一の存在価値を、否定されたと感じたんだよ」
「……っ」
「まあ、構わないんだけどね。僕もちょっとルシファーの事を勘違いしてただけだよ。特別かもしれない、なんてね。やっぱり同じだよ。他の奴らと何も変わらない。さあ、仕事は終わり。さっさと寝れば?」
ああ、そうか。
ーーーだからこいつは、こんなに捻くれていたのか。
どんなに頑張っても、どんなに望んでも、“自分”を手に入れられなかったんだ。魂に遺された、記憶のせいで。
確かにあいつが生きた時間は79年。対してレイルは16年。そりゃ、記憶の重圧に押し潰されてしまうだろう。
ーーーでもな、
「お前はさ、ちゃんとお前だよ」
オレはレイルの泣き顔を見ないよう、レイルの頭を抑え、下を向かせた。
だって、男は無様な涙なんて、見せたくないだろ?
「実際、オレの嫁はお前みたいな天才的な閃きはなかったし、そんなに性格は歪んじゃいなかった。その知識も、回転の速さも、腐りきった性格も、全てお前が努力して手に入れたものだ」
レイルは動かない。
表情は見えないから、オレの話に、何を感じているのかもわからない。
「あのな、オレの嫁はもう死んだ。この世界の何処にも居ない。ここに居るのは、不思議な記憶を持った、天才レイルだけなんだ。そうだろ? 不思議な記憶の断片を探したのはレイルが望んでしたことだし、マリアンヌに出会ったのも、記憶がマリアンヌを求めたからじゃない。お前が、記憶を探す過程で、マリアンヌに惹かれ、望んで共に過ごしたんだ」
オレの言葉に、レイルが小さく身じろぎながら言った。
「……っマリアンヌの事、呼び捨てだよ」
細けぇなあ。
「良いだろ? 同じ魂に惹かれるもの同士。そう、オレ達は同士なんだよ。そうだろ? “レイル”」
レイルの頭がオレの手から離れ、ポスンとオレの懐に額を埋めた。
その体は小刻みに震えている。
レイルは、震える声で小さく言った。
「ーーー……っ、そ うだね」
その声には、もはや憎しみの感情は消え去っていた。
……と言うか、なんだか素直で、逆に困る。
オレは手持ち無沙汰になった宙に浮いた手で、レイルの頭を軽く叩きながら言った。
「お、おーい、レイルくん? ガキじゃねんだから、離れませんか?」
「ーーー、なに? 僕、仕事を手伝って疲れたんだよ。ちょっとくらい休憩させてよ。ここはブラック企業なの?」
いや、休憩はいいんだが、……ここでか?
オレは結局、レイルの気が済むまで、そこに立ち尽くした。
◆◆
「そう言えば、聞いてなかったな。欠けた記憶ってどの部分だ? お前程のやつが追って、全く見つからないなんてな?」
オレの質問に、オレから離れて以降、向こうを向いたままのレイルが答えた。
「ハーティーの精油の精製法だよ。エーテル作れるクラスのヤツの」
「……。」
……オレは絶句した。
「お前、ホントにヒントゼロで、それの方法追いかけてんのか?」
「うん。知ってるの?」
「あ、ああ。……まあ、流石にお前でも難しかったみたいだな。時間もできたし、明日オレが教えてやるよ」
「ホントに!? たまにはボランティアもするものだねっ」
振り返り、こちらを嬉しそうに見るレイルに、オレは肩を落とした。
あのな、レイルよ。ハーティーの精油の生成方法は、ハイエルフ達が、一万年かけて編み出した技法なんだよ……。
なんていうか……、 うん。おつかれ。




