番外編 〜ルシファーの花嫁 悪役令嬢と、悪魔のプリンス10〜
今回、視点がコロコロ変わります。
そして、6000文字を超えてる回になります。
大変ですが、頑張って読んでいただければ嬉しいです•́ε•̀٥
「えー、その。怪文書を送って悪かったな」
潰れたハデスを無かったことにしながら、ルシファーは言った。
「ーーーともかく、お前らの拘束の期間は3日。と言っても、間もなく日付は変わるけどな。そんでその後は、元の場所にきちんと帰すから安心して欲しい。そして、こちらに滞在してもらう間は、こちらから出来うる限りのもてなしはする」
ルシファーはボソリと「もう、亡者共は信用出来ん。馬鹿ばっかりだ」と呟くと、ごく自然な動作で指を鳴らした。
パチンと、心地よい音が響くと、広間の扉が開いた。
「「およびでしょうか? ルシファー様」」
入って来たのは二人の男。
二人は貴族である私ですら見惚れる優雅な敬礼をすると、その面をあげた。
金髪の大きな美形と、銀髪の小さな美形。
私は思わず顔を赤らめた。だって、……その二人が尊いほどに美しすぎたから!
これは、何? あのラース様すら、凡夫に見える、この美しさは何!?
私が目を見開き、瞬きすら惜しんで目の保養を必死でしていると、ルシファーは二人に声を掛けた。
「よお、ベリアル、セーレ。……と、アスモデウスは?」
「ああ、兄貴なら空腹で、とても来られる状態じゃないって。見たら我を忘れて食っちまいそうだって」
ベリアルは、その美しい顔の後ろで手を組みながら、それに答えた。
「……そっか。すまんな。んじゃアスモデウスには、後で“もう後400年の辛抱だから、お大事に!”、と伝えといてくれ」
「って、軽っ! 400年ですよ!? 後400年も満たされないとか、地獄なんですか!?」
ベリアルは驚愕してツッコミを入れる。
その美しい顔は、ツッコミを入れるときも美しい。
「まぁ、ここは地獄だな。間違いない!」
「いや、そう言う意味では無いんですが。……クソっ、勇者のやつマジでいつか殺してやる……」
その美しい顔は歪んでも美しい……。
「いいけど、やるのは400年後以降にしてくれよ? 本当に、どーしよーも無いんだから。とにかくそれまでは、省エネで頑張ってくれ」
ベリアルは憎々しげに顔を歪ませたまま、黙り込んだ。
やはり外見が美しくても、やはり魔物。ゼロス様の遣わされた勇者とは、相見えぬ存在のようだ。つまり、やはり悪魔は人類の敵。
私は、その美しい容姿に騙されないようにと、固く心に誓った。
「悪魔の中じゃお前達が1番人間に近い姿をしているから、この二人も安心しやすいだろ。二人の世話を頼むな」
「了解す!」
「……っ」
ベリアルはウインクを飛ばしながら明るく返事をしたが、セーレは床をにらんだまま、無言で佇む。
何か機嫌でも悪いのかしら? 美形のしかめ面は、とても迫力があるわ。
ベリアルはそんなセーレを気にせず、とろけてしまいそうな笑顔をこちらに向け手を差し出してきた。
「あ、そうだレイル。この剣返しとくな」
そう言ってルシファーはレイルに剣を返してきた。
レイルはもう斬りかかるつもりはないようで、剣を腰の鞘に収める。
そしてそれを待って、ベリアルが再び声をかけてくる。
「それでは紳士淑女の方々、お部屋にご案内いたしましょう」
あぁ、とろける……、じゃなくて。
私はその手は取らず、ルシファーを見た。
「大丈夫。こいつらはちゃんと分別もある。本当はオレが案内してやりたい所だが、まだ片付けなきゃいけないことが立て込んでてな」
ルシファーはそう言うと、私とレイルの頭にポンと手を乗せた。
私はすぐにその手を叩いたが、レイルはなされるがまま、ルシファーに撫でられていた。
「ま、明後日の夜には間に合わせるさ。楽しみにしてるぜ」
ルシファーはそう言うとひらひらと手を振り、踵を返した。
「さ、それじゃあ俺達も行こうか」
ベリアルがそう言い、私達の腰に腕を回した。
そう、腰。背中でも、掌でも無く、腰!? 何なのこのプレイボーイは!?
だけど私達は抗うことも出来ず、彼らに付いていくしかなかった。
◇
亡者達のすすり泣く大穴の上の橋を渡りきり、私達は恐ろしい血肉に飢えた魔物達の檻の前を横切る。
『人間っっ!!食わせろォーーーっっっ!!!うおおおぉ』
「ヒッ!」
檻をを大きく揺らす巨大な魔物に、私は思わず小さな悲鳴を上げ、前を歩くその背にすがりついた。
セーレだった。
セーレは体を大きくビクリと震わせたかと思うと、ものすごい目で私を睨んできた。
「ご、ごめんなさい……、びっくりして……」
反射的に謝ってしまったけど、ふとこちらに非はないことに気付き、小さな反撃を繰り出す。
「……ふん! 私達は客人よ。しかも不当な手段で連れてこられたね。そんな恐ろしい目で睨んでないで、もう少し丁重に扱ってくださいな」
「っ黙れ! 人間ごときが!!」
ーーードンッ!
は?
「マリアンヌ!!」
私が不満げに言い放つと、セーレは苛立ちを隠しきれない表情でこちらを振り向いた。
ーーー所までは分かる。
私はそのまま壁を背に、所謂“壁ドン”をされていた。……いや、して貰っていた? ……いや、違う。やっぱりされていたで良い。
一拍遅れて、レイルが私を呼ぶ。
だけどセーレは気にしない。動かない。顔が近い! 近いから!!
「ーーー黙れ。……頼む、黙ってくれ。……お前の声を聞くと、切なくて、この胸が苦しくなるのだ」
は?
「マリアンヌはルシファー様のもの。……分かっている。そう、分かっているんだ」
よ、呼び捨て?
「しかし、分かっていれど、この気持ちは抑えられない。僕はそれでも、溢れ出すこの気持ちを必死に耐えていた。マリアンヌを見ないよう、その声を聞かないよう、その存在を感じないよう! 例えマリアンヌに嫌われようとも、これが僕にできる最善だったのだ」
セーレは、頬を染め、切なげに喘ぐ。
その顔で、その表情は反則ですよ!!
「ーーーなのに何故? その繊細な指で触れられた、僕の背中が燃えるように熱い。何故その声で、吐息で僕の耳を震わせる? なぜ、こんなにも僕を苦しめる?」
ものも言いようですね。分かります。鼓膜の振動のことですね? だから黙れと?
「ルシファー様の物……。いや、関係ない。マリアンヌが僕を受け入れてくれるなら、僕は、ルシファー様すら裏ぎ……」
「受け入れません」
私は、セーレに言った。
途端、セーレはまるで置いていかれた仔犬のような顔をする。だからそれ、反則なのよ!!
◆〈レイルSide〉
僕達は、気が狂ってしまった巨大な魔物を閉じ込めた檻の前で、マリアンヌに迫るセーレを何時でも刺せるよう、剣の柄を握った。
マリアンヌが必死で抵抗している中、ベリアルは面白そうに笑いながら僕に言う。
「心配すんな。セーレの奴、部屋に入った時から、孃ちゃんにずっとソワソワしてたんだ」
「ーーー危険はないと?」
「ああ。証拠にセーレの奴、孃ちゃんには髪の毛一本触れてない。本人の同意がなけりゃ、俺達は手は出さないよ。そういう約束だ」
「だけど、明らかに誘惑してるよ?」
僕が言い募ると、ベリアルは憎々しげに目を細め言った。
「クソ勇者のせいで、俺達は飢えてんだ。その位は勘弁してくれよ。そこの檻の中のやつだってそうさ。人間に手が出せず、とうとう空腹に理性が壊れたんだ」
僕はその言葉に疑問を持つ。
「……、魔物は、居ないでは無く、封印されていた? 一体何故?」
「……昔、勇者にそそのかされたのさ。そのせいで俺達は神の怒りを買い、1000年の断食を言い渡された。ルシファー様が農業やら牧畜やらを教えてくださって何とかなってるが、人間じゃなけりゃいけない奴とか悲惨だよな。ドラキュラとか、絶対千年持たねーで滅ぶぞ、あいつら」
同情する様にため息を付きながら言うベリアルの言葉に、僕は1つ気付いた事を聞いた。
「ルシファーがさっき、400年とか言ってたアレ。もしかして?」
「そうさ。俺らが解禁される、約束の時だ」
「……。」
僕は、そう言って笑うベリアルの横顔に鳥肌が立った。
ーーー後400年の後、この古の魔物達が再び世界に溢れ出す。しかも理性を失うほどに空腹の状態で。
それって不味いでしょ? みんな魔物なんかいないと信じ、魔法などもう攻撃する術は廃れつつある。勇者だって農耕技術ばかりに注力してる。
ーーーこのままでは、世界は再び滅亡する!
僕が生唾を飲んだその時、ベリアルが柔らかな笑顔を浮かべ、僕に言ってきた。
「ところで、男女差別って俺嫌いなんだ」
「は?」
突然何? 意味が分からない。
「ルシファー様との約束は明後日だろ? 今晩どう? 俺が究極の夢を見せてやるよ」
突然何? 意味を分かりたくない。
「沈黙はイエスとと……」
「っ、っ、っ遠慮っ、します!」
僕は、先程とは比べられないほどの鳥肌を立てながら叫んだ。
◇〈マリアンヌSide〉
「何これ?」
案内された部屋の扉を開けた瞬間、私は3人の悪魔を睨んだ。
もうこの際、レイルも悪魔の括りに入れておきましょう。
美しく整えられたゴシック調の部屋の中央に、天幕付きのキングサイズのベッドが4つ、くっつけられている。
セーレが私の質問に、大真面目に答えてくれた。
「いざという時は、狭いより広いほうがいいだろう」
……いざって何よ?
ベリアルが相槌を打つ。
「いざという時は、俺も誘ってね?」
……だからいざって何よ?
レイルがやれやれと肩をすくめながら言った。
「誇り高いマリアンヌに限ってあり得ないね。何れにせよ、僕は相部屋みたいだ。いざという時は、よろしくね」
「で、出てけーーーーーーっっ!!!」
私は、怒りのあまり我を忘れ叫んだ。
そして三人を締め出し鍵を掛けた。
ドアの外から声が聞こえる。
「あはは、マリアンヌごめん、冗談だよ」
「……閉め出されてしまったな」
「そーだな。しゃーねー。じゃ、レイルは俺達の部屋に来いよ」
「え」
「ルシファー様からもてなすようにと言われた。僕達は客人に粗相は出来ない。こっちだ。案内しよう」
「待って!? 粗相どころか喰います宣言したよね!? 行くわけ無いだろ!」
「ばぁーか。何言ってんだよ? おい、セーレ。お客様はお疲れみたいだ。俺たちの部屋でゆっくりマッサージでも受けて、リラックスしてもらおうぜ」
ーーードンドンドンッ
「ま、マリアンヌ!! ごめん!! 僕が悪かった!! 頼む、お願いだからここを開けて!! マリアンヌ!」
「ほら、そんなに強く叩いて、赤くなってるぞ? 見せてみろ」
「うわぁーーーっっ! 触るなっ、舐めるなぁーーーっ! 手を出さない約束なんじゃないのか!? マリアンヌっ、早く開けてくれ!!」
「男の子だろ? そのくらい我慢しろよ」
「だっ男女差別反対っ!!」
ーーー……。
私は悩んだ結果、開けないことにした。
一緒のベッドで眠る気にはならないし、何より、今までの仕返しよ!!
おほほほほほほほ! とくと泣き叫びなさい!!
あー、私今までで、一っ番、悪い事をしてるわ!
悪い事って、最高☆
私は頬を上気させながら、その扉の前の悲鳴を心ゆくまで聞いたわ。
やがて外からの叫び声が消えた頃、私は、ふと窓の外を見た。
「! わぁ雪!」
窓の外には深々と、あの光る雪が降りしきっていた。
そのあまりの美しさに私は、無意識につぶやいた。
「……一緒に、見たかったのにな……」
ん? 一緒に? ……誰と?
私は、自分の口から出た意味不明な言葉に、口を抑えた。
そして、誰もいない一人きりの部屋で、ずっとその雪を見ていた。
◇〈ルシファーSide〉
オレは、亡者共の名簿をチェックしていた。
今日の一定量の自我のある奴らの死者は、25337名。内、魂の復活が可能なのは162名。人間が3名に、魔物が153名、聖獣が2名に動物が2名……。まぁ、今は神の怒りのせいで復讐もできないから、多分全員エデン送りだな。
エデンから出ていきたいって言いだした奴らは、今日は80名だったか。ま、来週纏めて送り出してやれば問題ないだろう。
往生しろよ。
そして、俺は名簿のチェックと同時に、精霊ヴォイスにより、世界の情報を収集している。
当然、神々の住まう森の出来事もだ。寧ろあそこが一番ヤバイ。
その時、ヴォイスが俺の耳に一つの情報を伝えてきた。
俺は思わず名簿から目を上げる。
「ーーーは? ゲート? 待て待て待て。そんなの駄目に決まってるだろ。全部回収しろ! ん? 帳の外で創ってるから無理? 何やってんだよ、ホントこんな時に!」
ーーーコンコンコン
誰かノックしてきた。またハデスか? さっきプレスされたばっかなのに、懲りねえやつだな。
まあ良い。無視だ。絶対に、明後日だけは、オレはフリーになるんだ!!
オレは、再び名簿に目を走らせながら、ヴォイスに伝える。
「分かった。帳の外のゲートに関しては、オレからラムガル様に直接交渉と依頼をするから。暇な亡者共が居るから、そいつらを開墾作業の手伝いに回す。帳の内側は、一つ残らず回収してくれ! 頼んだぞ! 後グリプスの宝箱、ミスリルの出現率高すぎだから、回収してミスリル鉱に返しておいてくれ。ーーー代わり? 毒の罠でも仕掛けとけばいいだろ」
ーーーちくしょう。まだ、地下に眠った聖剣ヴェルダンディー様の回収とかの目処も立てられてねえってのに。
畑なんか耕してないで、さっさと取りに来いよ! おのれ、勇者め!! ボケっとしすぎだろ!?
オレが苛立ちに紛れ、全く関係ない勇者を罵倒していると、またノック音が聞こえた。
ーーーコンコンコン
なんだよ、面倒くせえな。
ハデスだったらまたプレスしてやる。
オレはそんな事を考えながら、声を掛けた。
「だれだ?」
「ーーー分別の無い奴らに、セクハラを受けた者だけど」
声変わりして尚、澄んだ響きを持つ男の声。
その声にオレはフリーズした。
……え? レイル?
……セクハラ?
インキュバス、素で大暴走! 見境無いな……。また、お兄さんはむらむらにつき自粛中(笑)
レイルは「煩い! さっさと責任者をだせっ!!」と、クレーマーの様に必死で叫びましたとさ。




